コイビトバトン





(12)


翌日、元親は滅多に乗らないバスで登校した。
心配して待っていた姉と弟たちに先夜は家に帰るとこってり絞られ、当分新しい自転車も、勿論バイク購入もお預けだと言われたことを、車窓を流れる景色を見つめながら思い出してやれやれと肩を落とした。あの事故は元親が立っていたところに相手が居眠り運転で突っ込んできただけで、元親は何も悪くないのだが、姉弟たちの気持ちもわかるだけに当分はおとなしくしていようとも思う。
元就はというと、昨夜初めて、あの後元親を送って家までやってきた。彼は目の前で長身の元親と元親とよく似た女性の姉弟喧嘩をしばらく黙って見ていたが、そのうちに声を殺してくつくつと笑い始めたのだった。元就がそうやって笑うのを初めて見た元親はただ呆気に取られたが、元就がいたことにそこでようやく気づいた姉は赤面し、弟を送ってきてくれた礼を述べて彼を家へ招きいれようとした。元就は、けれど丁寧に、もう遅いし母が家で待っているので今日はこれでと暇乞いをした。
マンションのエントランスまで足をかばいながら無理矢理見送った元親に、別れ際、元就は呆れたようにもういちど笑顔を見せた。
「明日は、早く起きねばバスに乗り遅れるぞ、長曾我部」
「お、おう。・・・日の出が拝めるようにがんばってみるぜ」
最初に日の出を自室から見たこと、それを嬉しくて言ったとき、すでに誤解は始まっていたから元就からは何も言葉がもらえなかったことを、元親は思いだしてなんとなく気後れしつつそう言った。元就はそれに気づいたのかどうか。自分のよりは大分上のほうにある元親の目をじっと覗き込み、やがて呟いた。
「それはよい。・・・我と同じ景色が見られることよ」
すでにさっき泣いていたのと同一人物とは思えない、日頃の鷹揚な物言いに戻っていたが、元親はそれすらもとても嬉しかった。
「毛利。明日」
「うむ」
「明日、・・・また、明日、な」
元就は少し首を傾げ、それからみたび、ふわりと笑うと元親に背を向けて帰って行った。



学校の最寄のバス停に降り立つと、見慣れた姿が立っている。
「・・・毛利?」
元就はその声に気づくと、読んでいた本をバッグに片付けて元親に近寄った。
「待っててくれたのかよ。別に、俺自分で歩けるぜ?」
「・・・今日くらいはな。我に責任が全く無いとも言えぬし」
「あんたのせいじゃねぇよ」
元親は苦笑すると、すれ違うクラスメートや後輩に挨拶をしつつ、元就と並んで歩く。
「ただ、自転車だけはなぁ。ほんっと参った、気に入ってたんだが」
ゆっくり歩きながらひとつ溜息を吐いた。元就が、そんなに壊れてしまったのか、修理は不可能なのか?と眉を顰めた。
「あぁ。ありゃ、だめだ。フレームもなんもかんもぐしゃぐしゃにイっちまって、修理の仕様がねぇ。買い替えるしか、ねぇわな」
「・・・そうか」
「でも、まぁ。チェレステ欲しいと思ってたし、あいつも気に入ってたけど、諦めて新車購入するさ。バイト増やすかなぁ・・・姉貴を説き伏せるほうが先かな?」
「・・・チェレステ?」
耳慣れない言葉に元就が小首を傾げる。元親は気づいて説明した。
「あのメーカー特有の色さ。綺麗なグリーンでなァ。BIANCHIと言えばチェレステって言われて、人気がある色だ」
「・・・グリーン?」
「おぅ。で、次はその色にするかと思ってよ。今日帰りに店寄って見てこようと思ってる。・・・お前、好きだし」
「・・・確かに緑は我は好きだが。貴様も好きであったか?」
「・・・ばーか。ちげーよ。」
元親は、元就の頭にぽんと手をおくと髪をぐしゃぐしゃにかき混ぜる。
元就には、乱暴な仕草が心地よかった。



「俺が、お前を、好きだから、ってこった」
「・・・・・・」
「あーあ!恥ずかしい台詞だぜ畜生!ったく、あんたは、俺にばっか言わせやがって、時々俺イジメにあってんのかと思うぜ」
「・・・・・・」
「なぁ?毛利?」



元就は当然というべきか直接の言葉を元親に渡すことはやはりなかった。昨日も、結局そうだった。言葉がすべてではないとわかっているけれど、元就の口からその言葉を聞いてみたいと元親は思う。
それでも、―――もし元就が軽々しく何度も元親に「好きだ」と告げたとしたら、それはそれで違和感があるだろうと思う。寡黙で、無表情で、でもその白皙の面の下に少しだけ寂しがりな元就がいる。人からの好意を受け取っていいものか、黙ってみているだけの。
それがわかっただけで十分だと元親は思った。
足りない分は、元親が補えばいいのだ。何度でも、何度でも。



しばらく黙って二人で歩いた。元親の携帯が唐突に歌い出して、元親は慌ててポケットを探った。
取り出してみると、発信者は元就である。
元親はまじまじと送信者の名前を見つめた。ゆっくりと隣を歩く元就を見ると、いつの間にか右手に携帯が握られている。
元就自身は黙ったままだ。前を向いて歩き続ける。元親はしばらく自分の携帯と元就の横顔を交互に見比べていたが、やがて同じように真面目な顔で画面を開いた。



『恋人バトン』



「・・・なぁおい、毛利。これって」
「黙って読め」
ぴしゃりと促された。元親は肩をすくめて読み始めた。幸村から昨日回してきたあれを、律儀に自分に回したのだろうか。見慣れた質問項目を読み進む。
・・・やがて、元親の口元は綻んだ。そうして、笑い出す。
元就は携帯をかばんに戻すと、勢いよく早足で歩き出した。
「っと、・・・おいおい、待てよ!待てって、毛利」
「・・・貴様と一緒に遅刻はごめんだからな」
「俺、足首ひねってっからよ、早く歩けねぇんだよ!」
それを聞いて、ぴたりと元就の足が止まる。振り返らないまま、数刻。
元就は、後ろにいる元親へ手を差し出した。
元親は、その手を、そっと握る。
「今だけ、だ。怪我をしているから、仕方ない」
「おう」
「・・・遅刻は、許さぬ」
「おう。しっかり引っ張ってくれよな。手ぇ、離さないでくれよ?」
なぁ、毛利、と。いつもの元親の声が元就を呼ぶ。元就はそっぽを向いたまま、それでも強く元親を引いて歩いていく。
元親は後ろから、黙ってついて歩いた。
途中で市子と浅井に会った。同じように浅井が市子の手を引いている。よぅお二人さん、と陽気に元親が声をかけると、二人は少し吃驚した様子だった。元親は、俺も足ひねっちまってよ、とのんびりと言った。それを聞いて市子が、長曾我部さんも?市とおそろいね、と笑って、ねぇ長政さま?と浅井を見る。
市の笑顔を見て浅井は少しばかり目元を染めた。少し躊躇していたが、やがて、微かに、笑った。ぎこちない笑顔だったが、元親はそれを見てにこりと笑った。
向こう側から、真田と佐助が走ってくる。伊達が送りの車から降り立つ。見慣れた光景。
ただ、つながれた手だけが、以前とはちがう新しい何かを含んでいて。
今日もいい天気だ。元親は、まだ反対の手に握ったままの携帯を再び開くと、画面を見て、もういちど笑った。





「恋人バトン」
■今付き合っている人はいますか?
いる
■その人と付き合ってどのくらいですか?
三ヶ月ほど
■今の恋人と付き合ったきっかけは何ですか?
向こうからしつこく絡んできた
■この恋人以外の過去にどれくらい恋人いました?
おらぬ
■一番長く続いた恋人はどれくらいですか?

■逆に短かった人はどれくらい?
今がはじめてだ
■今の恋人を色に例えるなら?
薄紅のような紫
■思い出があればどうぞ ?
あるが、割愛する
■実は浮気願望ある?
無い
■今の恋人に一言
今後も宜しく頼む









※注意※
この「恋人」とは【携帯電話】の事ではない。



このバトンを受け取った者だ。





(完結)

お付き合い有難う御座いました!初めてのパラレル作品でしたが、とても楽しかったです。読んでくださった方にも楽しんで戴ければ幸いです。
最後に、このバトンを回してくれたシイナさんへ感謝を。インスピレーションを有難う御座いました(^-^)(20070618 M.AOI)