こころづくし





気付いてしまうと気になって仕方ないことは世の中にはそれなりにある。
元就はあまりものごとに執着が無い。政務のこと、戦のこと、そのための駆け引きと、あとはせいぜい碁の手順を考えること。それらはどちらかといえば徹底するきらいがあるが、逆に言えばそれ以外はどうとでも受け入れられる。
要するに、さほど興味が無い。
子供の頃からそうだった。誰それの見た目が美しいとか、誰が誰を好きだとか、遊び仲間として選ばれた子供たちは年相応になれば女性を見くらべそういうこともしたり顔で言いあっていたが、元就にとっては見かけの美醜はまず興味の対象外だった。どうやら自分の外見が人並み以上に優れていると気付いたときも、ならばそれを謀略の駆け引きに利用できはしないかと冷静に考えたことだ。
ましてや好き嫌いや惚れたはれたなど、まさにどうでもよい、関わりたくもないことだった。元就は、ひどく偏ったことながら自分以外は(そして育ての親や兄以外は)「嫌い」だった。事実である。―――何故なら他人は理解できないから。
そして他人は、常に元就に冷酷だった。忘れようとしていた思いだすも忌わしいことだが、身寄りがなくなり城を乗っ取られたとき、重臣の一人に身を辱められた。あげくに放り出され元就はあやうく路頭に迷うところだった。心の傷は深く、もしも義母が救いの手を差し伸べてくれなければ、そのまま元就は生きていたとしてもこころが壊れていたことだろうと思う。
あまりの傷だったのか、それが切っ掛けかはわからないが、そのしばらく後の数カ月、元就は記憶が完全に抜けている。
その前後に色々と苛立つ、思い通りにならないことが多かったせいかもしれない。ようやく手に取り戻した毛利の采配だったが、重臣たちを処罰(処刑)して落ち着いたところで調べてみれば毛利は以前にも増して弱体化し、豪族たちは好き勝手に振る舞い、すでに毛利の家は風前の灯かと思われた。元就は誰にも頼らず、日輪だけを心の支えに自身を奮い立たせ、冷酷非情の将として次々に刃向う者を処断して傾いた毛利を立て直した。
自分を押し殺すことにも慣れて、眉ひとつ動かさず手駒の首を斬れるようになった頃、南蛮のあやしげな僧侶に会った。
・・・いまひとつはっきりしないが、その直後からの記憶は断片的となり、ある日気づいたとき、元就はぼろぼろの恰好で毛利の城の前に立っていたのである。身に覚えのない衣服、覚えのない武器。同時に覚えのない感情がふと断片的に零れたが、そのことは胸のおくにしまいこんだ。
元就が不覚にも記憶をなくし居所知れない間も、それ以前に強力な一頭体制を敷いていたことが功を奏したのか、側近たちは影武者をたてよく毛利を守っていた。元就は、自分の知らない期間を封印した。どこで何をしていたか、まるで知らないのは不安で心細くもあったが、すでに終わったことに違いなく、過去を振り返っている余裕は、部下たちに縋りつかれる元就には些かも無かった。



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自分以外を「嫌い」だった元就には、だから現在の己の状況は不思議でもあり、在る意味興味深くもある。
元親のことは、相変わらず理解できないことが多い。―――というより、なにもかもが言って見れば正反対だった。感じ方、考え方、人との対応、当然見た目も、食べ物の好みも、行動原理も、行動範囲も、枚挙に暇が無い・・・
それが今は。
「相思相愛ってかい。へぇ!」
ふらりと出会った前田慶次は、そう言って目を丸くしたものだ。―――もっとも、彼は恋愛ごとには頗る許容範囲の大きい男だったので、それ以上のことは野暮だとばかりあまり訊かず(元親からは訊き出したのかもしれないが)、ぽんと元就の肩をたたいて、元親はさぁ、あっちこっちにもてるしちょっかい出すから気をつけなよ?と真面目な顔で言ったものだ。
「もてる?ちょっかい?」
「そうさ。・・・ここだけの話、こいつ、数年前に手酷く失恋してるらしいんだぜ!そのせいですっかり守備範囲の広い男になっちまって」
「・・・守備範囲?誰でも見境なしということか?」
「そう、そう。もうその相手のことが忘れられなくてしばらく塞ぎこんで暮らしてたって側近の、ええと誰だっけかが言ってた―――」
「慶次!おいてめぇ適当なこと言うな!!」
元親はそれを聞いて横で憤慨していた。元就は首を傾げた。



「・・・まぁ、そうであろうな」
元就は慶次と別れた後一人納得したように俯き、呟いた。元親が覗きこんで、何がだ?と訊き返す。
「貴様の、・・・もてる、という話だ」
真面目な顔でさばさばと言えば、元親は呆れたように盛大に溜息をつく。それから白髪を苛立ったように片手でかきまぜた。
「あんたは、ったくよぅ。なんでも鵜呑みにすんじゃねぇよ!俺がもてるだとぉ?もてたためしなんざねぇよ、特に女にはな」
「そうなのか?」
「・・・認めるとそれはそれで情けないが」
元親は肩を竦めた。
「おまけに見境無しに手を出すとか・・・そりゃ慶次の野郎が、の間違いだろ。あいつこそ老若男女関係無しじゃねぇかよ」
元就はそうぼやく元親をじっと見つめている。元親は、元就の視線に気づいて、非常に困ったように立ち止まった。つられて立ち止まった元就へ腰をかがめ顔を近づける。頭ひとつぶんほど低い位置にある元就の双眸をじっくりと覗きこんだ。
「おい、毛利。・・・なんかへんなこと考えてやがるだろ?」
「・・・別に。」
ふい、と元就は横を向く。元親は、ほらやっぱへんなこと考えてやがる、と呻くように言った。
「あのなぁ。・・・俺が惚れてる相手は、あんただけなんだから。慶次の言ったことなんざ気にするな。ってぇか、気にしてくれるな。頼むからよ―――」
「その言い方は些か引っ掛かるな、長會我部。何か心にやましいことでもあるか」
元就が素っ気ない表情のまま言えば、元親は、あぁもう!と愚痴をこぼし、慶次への恨みごとをぶつぶつと口の中で言った。
それから、周りをそっと見回した。二人で慶次と別れたあと、街道筋を歩いているところだったのである。人の往来が途切れたところで、元親は元就をさりげなく引き寄せると掠めるように元就の唇に自分のそれを一瞬重ねた。
唇が離れて、元就は突然のことにぽかんとしていたが、やがて目元をさっと染めた。
「・・・このような場所で。わきまえよ。恥を知れ」
元就がにらみつけると、悪い、と首を竦めながらも、元親は舌をぺろりと出して笑った。
「・・・けどまぁ、あんたが妬いてくれることは、俺は嬉しいんだがな」
「ばっ。馬鹿を申すな!誰が妬いておるか!――」
元就は反射的に声を荒げて言い返した。元親は、はいはい、と笑っている。それから道の先を指差した。
「わかったわかった。・・・機嫌直せよ。詫びに、団子おごってやる。そこにある茶店で」
元就は首をのばして嘘ではないと確認すると、ひとつこくりと頷いて素直に元親の隣をついて歩いた。



けれど、一旦気になると忘れ難いことはやはり、ある。
別に、元親が“もてる”ことは元就は否定しない。事実である。元親はもてたためしなど無い、と言うが、あの熱狂的な部下たちの元親への心酔っぷりを“もてる”と言わずしてなんと言うのか?―――同時に、女性方にも密かに人気があることも、元就は知っている。いつでも連れだって歩けば通り過ぎる女たちの視線が元親へ注がれていたことだ。それくらいは我も気付くというに、あのような誤魔化しを言いおって、と元就は馬鹿にされたようで少しばかり不満である。
でも、別にそのことで不安を感じるわけではない。元親が人に好かれることは間違いなく、受け入れられることだ。・・・何故なら、自分以外の者が嫌いな元就でさえ、今は元親がとてもとても“好き”だから。
元就が気にかかっていることは、それではない。
“こいつ、数年前に手酷く失恋してるらしいんだぜ!そのせいですっかり守備範囲の広い男になっちまって”
“その相手のことが忘れられなくてしばらく塞ぎこんで暮らしてたって―――”
慶次の言葉を思い起こすと、つんと胸が痛くなった。
(・・・誰だ?)
元親は、皆に好かれる。元親自身も皆を平等に大切にする。
・・・だからこそ、気になった。元親が執着し、忘れ難く想う相手が過去にいたというのは、元就には興味深く、同時に知りたくないような、複雑な心境だった。
(もしかして本当は・・・今もその相手を好いているのだろうか。その者がいれば、・・・あるいはその者が現れて元親を受け入れれば、我よりも)
―――そこまで考えて、どうにも元就は居心地が悪くなった。手にしていた団子はまだ串にささったよっつのうちひとつしか減っていない。
「おい、毛利。・・・どうした、具合悪いのか?」
大好きな甘味がすすまないなんて、と元親は心配そうに覗きこんできて、元就は眉を顰めると、別に、大事ないと突っぱねて無理やりに団子を口の中にひとつ、入れた。咀嚼するその口元を元親はなにが楽しいのか、にこにこと笑顔で見つめてくる。
(・・・その者も、甘味が好きだったろうか)
元就は胸をおさえた。元親は慌てて、急いで食べて喉つまったか?と茶を手渡す。別にそういうわけではない、と言いながら元就は差し出された茶を不貞腐れた表情で喉元に流しこんだ。淹れたての茶は熱く、元就はむせて咳き込み、元親は焦ったように大丈夫かと声をかけ、背を擦る。
そうして、ふいに思い出した。
(・・・さんでー、と言ったな・・・)
先日、酔っ払った元就に元親はそう何度も呼びかけた。
不覚にも通じ合った喜びですっかり忘れていたが、あのとき元親の妾ではないかと最初に疑ったのは元就自身だった。何を言ってると怒ったように否定されてそのままになっていたが、慶次の話とあのときのことはぴたりと元就の中で符合した。
(・・・そうだ。違いない)
元親は異国の文化にも鷹揚であり、むしろ興味がある。さんでーとは聞きなれぬ名前だったが、外つ国の者だったのかもしれなかった。元就は考えれば考えるほど当てはまる思考の道筋にどんどん迷いこんでいく。
そしてさらに気付いて、元就は眉を顰めた。
(・・・しかし待て。何故我を見て長會我部は過去の妾の名を呼ぶのだ?)
“あんた、サンデーなのか?”と。
(・・・もしかして、・・・以前好いていた者と我が、似ている?)
急激に体の芯が冷えた。元就は、寒いと呟いた。元親は空を仰いだ。まだ日暮れには時間があり、訝しげに元就を見て、やっぱあんた具合悪いんだぜ、もう今日は無理をすんな。と優しく言うと、街道筋の、以前此処を通ったときにも立ち寄った宿へ向かった。
元就はそこへ着くまでの間、ずっと俯いて歩いた。



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粗末ながら温かい食事を与えられ、元親はすっかり上機嫌だったが元就はやはり俯きがちだった。あまり食べず、そのままあてがわれた部屋の薄い布団に潜り込む。
元親は何も言わず、隣に敷かれた布団ではなく元就の布団に素知らぬ顔で潜り込んできた。元就はじろりと元親を睨んだ。
「狭い。出ていけ」
「なんだよ。あっためてやろうってんじゃねぇか。寒いんだろ」
元親は元就にはおかまいなしである。よしよし、とまるで子供をあやすように背後から腕をまわして元就を抱きしめる。
(・・・癪にさわることよ)
元就は苛立った。意地でも、とばかりに元親のほうを振り返らない。元親は元就の不機嫌に気づいているのかいないのか、抱き締めながら器用に手を動かして元就の襦袢の紐を解く。元就は、思わずかっとなって怒鳴った。
「いいかげんにせよ。人の気も知らず、毎夜毎夜サカりおって!!・・・貴様が欲しかったは我の体だけか!?」
言ってしまってからしまったと口を噤んだが、元親の手の動きは当然止まる。強引に元親は力を籠めて抵抗する元就を自分のほうへ向かせた。
「おい、・・・あんたこそいいかげんにしろよ。なぁ。機嫌悪い理由もだいたいわかってるが、だったら俺にちゃんと言え」
「・・・ッ」
「俺はやましいことはない。何度でも、完全に否定してやるぜ。どうなんだ、元就?」
こんなときだけ、名前を呼ぶ元親をずるいと、元就はきつい眸で元親を睨んだ。それすらも受け止めて、元親はにやりと笑う。
「誘ってんのか?」
「・・・ふざけてばかりよな、長會我部。」
「・・・ふざけてねぇって、言ってんだろ!くそっ、慶次になんざ会わなきゃよかったぜ。畜生」
元親は元就を仰向けにさせると、自分はその上からのしかかるように覆いかぶさり、互いの額をつけた。当然視線はうんと近くなり、唇も語るたびに掠めあう。しかし口づけするわけではない。
「・・・なにが心配なんだ。言ってみろよ、元就」
「・・・知らぬ」
「あぁ、そうかよ。・・・だったら、今日はちょっくらきつくやるが、文句言うなよ?」
「・・・ふん。我がいつも無抵抗と思ったら大違いぞ。貴様なぞ斬り捨ててくれるわ」
どこか、遠い昔にあったつらいことと重なって、元就はそんなことを言ってしまった。自分を辱めた部下と元親が同じのわけがないのに。
その言葉に、元親が今度は驚いた。
「・・・元就、おい。どうしたってんだ?なにをそんな悲しんでる?・・・そんなに俺の・・・慶次の言ったことが気になるのか?」
ひどく優しく、声を顰めて訪ねてくる。元親特有の掠れた声は元就の鼓膜と同時に心までじんじんと甘く震わせる。かなしくなどない、自惚れるなと突っぱねたが視線を合わせられない。
元親は降参したように溜息をついて身を起こした。
「わかったよ。・・・ほんとに、なにもない、・・・とは言えねぇが・・・」
それを聞いて、やはり、と元就は本当に哀しくなった。
「けど、やましいことじゃあねぇんだ。いろいろあるのは誰でもそうだろ、これでも四国背負ってそれなりの年月を生きてきてるんだからよ。・・・あんただって、そうだろ?」
「・・・知らぬ」
「不貞腐れるなよ、なぁ。昔のことは確かに大事だが・・・今の自分があるのは昔のおかげだが、でも」
元親は元就の額に口づけた。それを最初に、次々と、あちらこちらへ羽の当たるように口づけていく。頼むからよ、俺を嫌わないでくれ、と懇願する。必死さの滲んだ声に、元就は余計哀しくなった。
だから、言ってはならないと思いながら口を開いた。
「・・・さ・・・さんでー、とは、誰ぞ」














「・・・は?」





元親は、動きを止めた。
ぽかんと口をあけて、元就を見つめている。元就はきゅっと口を引き結んだ。言ってしまったからには納得いくまで聞きだそうと思う。
「少し前、我をその名で呼んだではないか、貴様。覚えておらぬとは言わせぬ」
「・・・ええと・・・」
元親は身を起こし布団の上に胡坐をかいて座った。元就も起き上がり、正座した。元親がなんともいえない面映ゆい表情で元就を見つめる。掌は困ったようにあごをずっと撫でている。
「貴様も四国の頭領なれば、腹をくくれ。我に言えぬか。酔って忘れていると思っていたか?残念だが覚えているぞ」
「・・・あぁ・・・そっか・・・」
「気に入らぬことがあれば言えと貴様は言うが。・・・なれば言う、我の顔を見て他者の名で呼ぶとはどういうことだ。・・・言ってやろうか、長會我部?おおかた我はその者に似ているのであろう?」
徐々に元就の論調は冴え、けれど同時に心は重く暗くなる。
「つまりは先程我が言ったとおりということだ。・・・貴様は我のこの身が欲しかっただけであろう―――」
「・・・おい、おい!待て!!一体どこをどう考えりゃ、そういう結論になるってんだ!?」
元親が慌てたように否定した。元就は意地になって言い返した。
「では、誤魔化さず話せ。さんでーとは誰だ。何故我を見てそう呼んだのだ」
「・・・はぁ。いや、ええと・・・」
元親は俯いて、がしがしと白髪を、今度は乱暴に掻きむしっている。元就は苛立ちをおさえて正座したまま真正面から元親を睨む。・・・こういう状況をどこかで見たな、とふと思い出した。育ての親の松の方が、父親の浮気をこんこんと問いただしているのを覗き見たときだったか―――
(・・・腹立たしいことよ!)
何故こんな男にこの我が、と元就は苛立つ。苛立つが、気になるのは仕方ない。疾く答えよ、とまた苛立った声で命じる。
・・・やがて元親の体が、俯いたまま震え始めて、元就は少しばかり蒼褪めた。
怒らせただろうか、と一気に心配になった。しかし気になるものは気になるのである。ここまできてあとに引けぬ。意地になって口を噤んで、でも不安に苛まれながら、元就はじっと元親の返答を待った。



かえってきたのは、豪快な笑い声だった。
元就は、あっけにとられて元親を見た。元親は我慢していたものが、せき止められていたものが溢れるように腹をかかえて笑っている。しばらくそうやって元親が笑うのを元就は見つめていたが、やがて我にかえり勢いよく立ちあがった。
「―――おい、元就!何処行くんだよ、おい待てって!」
元就の腕を元親は慌てて掴んで、引き寄せる。元就は振りほどこうと激しく自分の腕を上下に振った。
「貴様、我を愚弄するか。・・・よかろう、貴様とは金輪際、これまでよ。もう知らぬ」
「い、いや!待て、悪かった!笑ったのは謝る、な?機嫌直して―――」
「戯れ言を申すな!なんだ先程からのその態度、・・・最初から我をからかっておったか?やはり貴様は我を騙しておるだけなのか?」
「わあぁ!ったく、なんであんたはそう短絡的なんだよ!?いいから座れ!!」
元親はぐいと強引に元就の腕を引く、勢い余って元就の体は元親の胡坐をかく脚の上に座る格好になった。そのまま背中から再びぎゅうと抱き締められる。なのにやっぱり元親は、謝りながら、元就の耳元でくつくつ笑っているのである。
「・・・そんなに我が面白いか。我を嘲笑うか」
震える声でそう言うと、元親は笑うのをやめた。すまねぇ、と耳元で真摯な謝罪の声が響いた。
「すまねぇな。・・・そっか、サンデーって呼ばれたのは覚えてたか。・・・けど、肝心のことはなーんも覚えてねぇんだな、あんた」
元親の声は、どこか寂しそうだった。元就は訝り、黙った。
信じられねぇかもしれないが、と前置きして、元親は少し震える声で元就に告げた。力のこもった声だった。
「俺が呼んだのは、あんただ。・・・あんたは覚えてなくても、あんただ。慶次が言ってた、俺のふられた相手ってのも、あんただ」
「―――な・・・なにを馬鹿な!」
元就は驚きと悔しさに身を震わせた。どうしてそんなやすい嘘をつくのか、と吐き捨てるように言えば、信じろ、と元親はきっぱりと言う。
「俺は嘘はついちゃいねぇ。俺は二度あんたにふられた。・・・三度目にやっとあんたを振り向かせた。だから、俺は、あんたを絶対手放さない。あんたが俺を嫌っても、絶対にあんたを見ることをやめやしねぇ」
「ざ・・・戯れ言を・・・」
「思いだしてくれとは言わねぇからよぅ、・・・元就」
元親は、元就を振り向かせた。それから何度もその口を吸った。元就の体は次第に力が抜けていき、腕は元親を求めその首へ縋りつく。互いの零す透明な滴の音を静かな夜に聞き取りながら、元親はその合間に何度も言葉にした。
「思いだすのが無理だって知ってるからよ。・・・信じてくれよ、なぁ。そんな可愛い嫉妬で、俺を困らせないでくれ。俺を泣かせないでくれ」
最初っからあんただけだ、と。
元親は次第に日頃の夜の彼に戻り、獣のように元就の衣服を剥ぎ、皮膚にざらついた舌を這わせる。そんなに我の体がよいか、と先程のとおり元就が拗ねたように言うと、元親は低く笑った。
あんたの体はいい、確かに、と。元就が気色ばむと、その頬を舐めてさらに言葉を被せる、―――“あんただけだ。”
「こんなに夢中になれる、あんたっていうひとりだけをずっと見てるってのに!・・・あぁ、くそっ、俺はどこまで説明しなきゃならねぇんだ?なぁ元就?」
―――そこから先は酷いものだった。
言葉どおりなのかそうでないのか、いつもの夜より元親の元就の扱いは手強く、なかなか離してくれず、元就は何度も鳴いて、何度も果てさせられた。合間に囁かれる言葉が元就の思考を止める。あんただけだ、と。
(そんなはずがない、・・・我は“さんでー”などではない)
否定しても否定しても、元親の強さに圧倒されて押し流され翻弄される。とんだ洗脳だ、と元就はそんなことを思った。元親から離れられなくなるための儀式を毎夜通過している。そして元就はそれが、いやではない。
「・・・“我”が、好きか?」
やがて意識を手放す前に、元就はそれだけようやく、問うた。元親はひとつ目を細めて笑った。
「当たり前だろ。・・・まぁ、あんたが好きだって言うのに、飽きることはねぇからいいんだが」
「ならば、何度でも言え」
元就は命じた。
「我に・・・疑う隙なぞ与えるな」
「・・・了解したぜ、元就」





翌朝、いつも以上の体の痛みに不機嫌な顔を隠しもせず、元就は黙々と朝餉を食べた。元親は大変機嫌よく米の飯を何杯もおかわりしている。
着替えて外に出て、少し歩いた。人垣が途切れる。―――元親は隙を見て、また昨日のように元就に口づけた。元就は元親を睨みつけた。
「貴様・・・往来ではするなと昨日あれほど」
「だってよ。あんたが言ったんだぜ!あんたに疑う隙を与えるなって」
元親は笑っている。元就は自分の言葉を思い出して赤面するとふんと顔を背けた。
「本当だったら今すぐ、またあんたを抱きたいくらいだ。全然足りてねぇ」
「なっ・・・馬鹿を言え!昨晩何度したと・・・」
「足りねぇもんは、足りねぇよ。しょうがないだろ」
「この獣めが・・・」
元就の罵詈雑言もものともせず、元親はよしよしと愛しい人の髪を撫でた。



「しょうがねぇだろ。・・・あんたがこんなに好きなんだからよ!」


※甘いのを目指してみまし た・・・Rつけるか迷ったけどこの程度ならいいかなぁと・・・ピンクのRにしてみた・・・すいません