おそろい





元就は不自然に片側の重い頭部を左右にゆっくりとふってみる。そうやってなお視界はきっかり半分しか存在しない。
首筋がひやり、と、誰かの気配を感じたがただの家鳴りか、乾燥した木材の咳払いらしかった。
ひとつ吐息。
半分欠けただけで世界はこんなにも狭い。



瞼が腫れていると気づいたのは昨日の朝だ。たいしたことはないと放置したのが悪かったか、今朝は痛みが増えて仕方なく医師を呼ぶと麦粒腫(ものもらい)と言われた。
子供の頃になって以来だなと元就は妙な感動を覚えたが、医師がぐるぐると頭ごと片目を包帯で巻き始めたので抗議の眼差しを向けた。
(なんだこれしきのことで大仰な)
しかし馴染みの老医師は、一日の我慢ですぞ明日には腫れも引くであろうと元就の容赦ない苦情にも動じず、当然包帯もそのままに部屋を辞したのだった。



泊り客がふわりと風を運んできて、元就は我知らず目を―――伏せる。
元就の正面にどかり、と胡坐をかくと、遅い起床で着崩した姿のままの元親は腕組みをし、眉をひそめ元就を覗き込んだ。
「一体どうしたんだそれァ。派手に包帯巻いて、怪我か?いつ?なんでまた」
「違う。怪我ではない。・・・ただのものもらいだ」
「ものもらい!?・・・なァんだ!安心したぜまったく・・・心配させんなよ!」
「貴様に心配してもらうほど落ちぶれておらぬ」
元親は屈託なく笑うと、あんたが駒、駒って呼ぶ奴らも随分心配してたぜ、さっきから。と告げた。
からかう口調に、黙れと言い切って立ち上がる。
家臣に心配されていることは面映くて仕方ないが、何よりこの男―――よりによって元親のいるときに、元親と同じ左目が見えなくなるなんて。
立ち上がると体の均衡が取れずにふらついた。すぐに、あぶねぇと逞しい手が伸びてきて元就を支える。
一旦はしがみつき、黙ってゆっくりほどいてさらに歩こうとすると、無理すんなよ視界きかねぇだろ? と、暢気に言うのだ。知っているんだぜ、と余裕のある態度が気に入らなかった。



一体いつから元親はこの欠けた世界にいるのだろうと元就は気が遠くなった。
剣戟を交わしたときも。 朝日を共に拝したときも。墨のこぼれたような夜の甘いひそやかな語り合いのときも。不自然さのひとつも感じさせない、欠けた片方の視界を補って尚余りある力。
それが傍にあることが不思議で仕方ない。
「まぁ、そのうち慣れるぜ。明日になったら包帯外れるだろうから、もうちょいの我慢―――」
「いいかげんその口を閉じろ。我はさほど気にもしておらぬわ」
「あぁ、はいはい」
そう言いながら元親は手を離さないし、元就も、傾いた視界を半分元親に預けている。
元就はきゅっと口を引き結んだ。
同じ片目。半分だけの世界。
つまらないことを考えてしまった。この状況をなんと言うのだったか?ふたつでひとつの片割れ月?―――ちがう、もっと、温くあまい言葉だ。



「“おそろい”、だなァ、俺たち。な、毛利?」



元親の顔を見上げると笑っている。
元就は呆れて、単純な鬼だと呟いた。
違いすぎるからあんたといると面白ェが、たまにゃこうやって同じなのもいいじゃねぇか、と。また元親は笑顔だ。
元就は応えない。ただ、おそろいのひとつ目がどちらからともなく近づいて口付けを強請る。



・・・しかし元就が遠近の分からぬせいか。
唇はするりと食い違うと、互いの鼻先と顎がぺろりと同時に舐られた。
二人思わず顔見合わせて笑ったのだった。                                  



2007年発行のチカナリアンソロジーの企画用に書いたもの。web用に(読みやすいように)改行を施してあります。