モノクローム






足指の先にこつりと固いものが当たる。
元就は俯いてそれが何かを確認すると眉を顰めた。空になった酒瓶がころころとまろび、とすんと縁を越えて庭の土くれの上に落ちる。目を上げると、其処に昼間と変わらず縁に座って柱に凭れて、白い鬼は星を見ているようだった。
元就も黙って空を見上げる。
月が出ていないせいで、星は我が物顔で夜空を蹂躙していた。
先日終わった海戦の、海上を埋め尽くした無数の・・・矢束や具足や人だったもの、を、ふと思い出してしまい、元就はそんな自分を哂った。



夜空は嫌いだ。
この大地の上、もっと高い処にある場所が(其処はどんなところか元就には想像もつかないけれど)、そして星や月が。昼間と違ってなんの隔ても遮るものも無く自分の真上に在ることに慣れない。日輪の在るべき場所は元就にとっては神聖で永遠で、塵芥のような己たちが軽々しく見たり理解できたりしてはいけないはずだった。
だから己の全てを------内面までも、その対価として曝け出さねばならないような気がして------怖い。
「・・・よぅ。どうした」
元親が気づいて、ゆっくりと手を挙げた。元就は目を細めると、近寄ってその手にまだ握り締められている別の酒瓶を奪う。返せよ、という声は無視して庭先へ投げ捨てた。黒い地面に銀漢のように残っていた酒が溢れて拡がるのを横目で見ながら、凛と声を張る。
「腑抜けた顔だな、長曾我部」
「・・・キツイな、相変わらず」
たまにゃ優しい言葉とか、言えねぇのか、あんたは。
そんなふうに苦笑されて、元就はそれが元親の本音とは思わないけれど少しばかり傷ついた。
「・・・腹立たしい男だ」
人差し指を思い切り元親のひとつ目に、刺さるほどに近づけぴたりと合わせる。元親は動かないのか動けないのか、黙ってただ視線の焦点は元就に合わせて、やっぱり苦笑したままだ。
「そんなに拙い戦をしたか貴様は?我が到着したとき、計算以上に貴様の軍は善戦していて褒めてやろうと思ったくらいだが」
「・・・・・・そうかい」
「それとも、我らが援軍の到着が、遅きに過ぎたと?ならば我を罵ればいい、此処で」
「そんなことは言ってねぇよ。俺は誰も責めてねぇし、拙い戦をしたとも思ってねぇし、ただ」
そこまで言って、元親は黙った。
元就も黙って、腕を下げる。



四国が攻められたのは晴天の霹靂というわけではなかった。ある程度予測は出来たし、元就は共闘の盟約どおり駆けつけた。ただ運悪く瀬戸海が天候不順で到着が予定より遅れたのは事実だ。それでも長曾我部軍は大いに善戦していた・・・・・・実際、元就の最初の計算以上に。想定していた死者の数よりは犠牲は少なく、戦は勝利し、互いの領土は守られて、不測の事態があった割に結果は上々の首尾だったと元就は思っている。
元親が元就を、そして不運すら責めていないことも、けれど結果に納得していないことも、知っている。
誰も責めないと言いつつ、元親が己自身だけを責めていることも知っている。
自分たちには、失った兵士たちに対してこれ以上為すすべはなく、ただ弔うことしか出来ないことも。
知っている。



「海は、あったけぇようで、冷たいな、毛利」
「・・・・・・」
「なんであんなに、死んだ奴らの体も、冷たいんだろうなぁ。いつも思うんだけどよ」
「貴様は、まだ、慣れぬか。幾多の命を散らせる立場にありながらいつまでそんなことを?」
「いや?・・・慣れてると思うぜ?ただ不思議に思うってぇか・・・」
元親は考え込むように親指の先を噛んだ。
「すべてが、反対の顔を持ってるってのが、不思議だ」
話の逸れた先が見えず、元就は元親の隣に静かに正座した。元親は気づいていないかのように、自分の掌を見つめて閉じたり、開いたり、している。
「天気が良かったり悪かったり、生きてた奴らがもういなくなったり、海が酷く優しかったり突き放されたり、夜が来て昼がまた来て」
「たわけめ。当然のことばかりぞ」
「当然、だけど、不思議じゃねぇか?全部は足し引きすりゃ最後は平坦なのかもしれねぇよな」
元親が言っていることは、普段の彼の持論とはまるでそれこそ正反対のことで、だから元就は余計に腹立たしくて唇を噛み締めた。最後まで諦めるなと部下たちには言い、誰も見捨てないと言い、けれど自分の限界も知っている。知っているから、言葉通り大切な部下たちを守れなかったとき、元親はいつも自分だけを責める。そんなふうに全てを抱え込んでしまう彼を痛々しいとも愚かとも思うけれど、元就はそれが元親だと思っている。
元親でなければ、元就へ真っ直ぐにものを言うことは出来ないし、元就のやり方を全部否定して、それでもなお傍にいるという矛盾を具現することも出来ないだろう。
確かにそうやって、すべては加減の法則によって最後は無に帰すのかもしれない。それでも、元親にはそんなことに気づいていたとしても、言ってほしくなかったのに。
「ここで俺らがどんだけ頑張ったって所詮は、ってな」
「・・・そんなくだらぬことを言う男とは思わなんだ」
元就は吐き捨てた。
「泣き言を言うなら、我が屋敷にいるに値せず。四国に帰れ、大事な貴様の駒たちを連れて」
「・・・つれねぇなぁ」
「去ね。目障りだ」
辛辣としか思えない元就の言葉を受けて、元親はただ空を見上げ静かに笑っている。



「・・・星が、見てやがるなァ。毛利?」



ごつんと鈍い音がした。
元就の体は板造りの縁にぎちり、と。いつの間にか無理やりに押し付けられている。痛い、と確認するように呟いてみた。
元親は詫びもせずに元就の帯を器用に解いてゆく。そうして、言う。
「毛利。俺を抱いてくれねぇか」
元就は、きょとんと元親を見つめた。
「・・・それは、貴様が我を受け入れるということか?」
至極真面目に慎重に尋ねると、慌てたような声がかえってきた。
「あぁ、そうじゃねぇよ。そういう意味じゃなくて、いや、あんたがどうしてもってんならそれでもまぁ」
「・・・どちらなのだ」
思わず苦笑すると、元親も困ったように笑った。
「まぁ、あれだ。あんたから、欲しがってくれねぇかなと」
「・・・何故、我が。この状況で?」
「なんていうか。遊びだ」
「遊び?」
「あんたらしくねぇあんたを、抱いてみたい」
「・・・わからぬ男よ」
今度は元就は少し不機嫌な表情を作ってやる。ほんとうに、わからなくて。
元親は、それでも着物を脱がせる手を休めず、寧ろ先程とはうってかわって楽しそうに見えた。ツクリモノの笑顔かもしれないし、そうでないかもしれない。さっき自分で言った哀しい天地の理(ことわり)を考えてこうしているのかもしれないし、自分の思いつきに没頭して忘れているのかもしれない。
望んでいることは、なんだろう?
「なぁ、毛利。あんたにも、全然別の顔が、あんだろ?見てみてぇな」
「・・・愚劣な考えだな。そうして我の別の面を例えば知ったとて、それが貴様にとって何になる?」
「取り敢えず、嬉しい。得した気分になれて」
「くだらぬ」
「くだらなくねぇよ。・・・なにひとつ、くだらないモンなんか、ねぇんだぜ毛利。そうとも」
元親の手が止まる。
「毛利。抱いてくれよ毛利、俺を」
「・・・此処で、か?」
「おぅ」
「・・・否と言ったら?」
元親は、くつくつと笑った。
どこかその笑顔に抗えない魔性を感じて元就は眼を離せない。
「聞こえねぇな。・・・毛利、抱いてくれ、毛利」
“俺に、お前を、壊させろ”
耳朶に唇を寄せて囁く声はいつもの元親のものなのに、いつもよりずっと優しいような気がするのに。圧倒的にじんじんと元就の五感に訴え同時に拘束してくる。逃げることは叶わず。
元就は覚えず頷いていた。





押さえ込まれているのに誘ってこい、とは。
さてどうしたものかと元就は律儀に考えた。視線を不安定に彷徨わせていたらしい、おいちゃんとこっち向けよ、と些かぶっきらぼうな声が上から降ってきた。眸を元親のほうへ向ける前に、緩やかな口付けが降りてくる。
いつも以上に軽く、触れるような触れないようなもどかしい感覚に、元就は唇を小さく開いた。けれど元親の舌先は意に反して侵入してこない。相変わらず唇と口元の皮膚を、いったりきたりするばかりだ。なんとなくむっとして、少し首に力を入れて頭を持ち上げてみる。
待ち構えていたように、元親の舌先にぺろり、と舐められた。元就はさっと目元を朱に染めた。
「・・・案外簡単に、かかったよなぁ?ん?」
してやったり、と。子供と大人の中間の男の表情に、元就はふんと横を向く。柔らかく耳朶を噛まれる。ぎゅ、と瞼をきつく閉じると、そこへも口付けが降る。なにも普段と変わらぬ、長曾我部め、と心の中でなじった。
先程の話からずっと、元就は真剣に悩んでいる。相反するものがこの世には確かに同時に存在していて、「だから」元就のそういう面を見たい、という元親の論理は勿論あまりに突拍子もなくていい加減だと思ったけれど、自分でも不思議と反論する気にはなれなかった。興味もあったのかもしれない。
元就はこういう行為にあまり興味がない、から。
どうしても嫌悪感のほうが今も先に立つ。元親と反目する間柄から盟友のような関係にいつしかなって、何故という疑問もなく少しずつ体の奥深くまで探ることを赦した。けれどやはり、元就はそもそも他人の体温と直接触れ合うことは非常に慣れておらず------それは幼児のころの名残なのかもしれないし生来持っている性質かもしれないけれど------だから元親からの自分という存在への渇望は、ただ不思議な感情として受け止めることしかできない。
行為の最中は時折、毛利、好きだ、と。耳元に吹き込まれる。
一度たりとも応えたことはない。
別に応えを求められたこともないし、応えがないことに元親が傷ついているふうにも見えないから、それでいいと思っていた。元就の体はいつまでも不安げに閉じていて、それこそ最初に元親を受け入れたときは悲鳴を堪えるのに必死だった。今も、だいぶその衝撃に慣れた今ですら。元親がうっとりとひとつ眼を瞑る表情を見るのは切なく嬉しいような気分になるけれど、自分は元親の手の助けを借りなければ達することすら出来ないでいる。
なんの利益があって、こんな行為をするのだろう。
生み増やせない事実だけではなく、たとえそれが男女の交わりとしても、元就にとってはただ生き物としての義務のようにしか思えなかった。ずっと。だから、嫌悪しながらこの男に自分のいろいろを少しずつでも曝け出していることは、自身ひどく意外でもある。
なおそれ以上を見せろ、と、今この男は言って、そうして己はそれに応えようとしている。
何故だか可笑しくなって、低く喉の奥で笑った。



月が無い夜は暗い。
元就の着物は元親の手によって前あわせはすでにすっかり肌蹴ていて、ひやりとした夜の空気が嫌が応にも纏わりつく。すん、と、一度小さく鼻を啜ると、さすがに寒いと思ったのか元親はよいしょと元就の上体を抱き上げた。後ろの板戸を片手で器用に開けて、元就を片腕に抱いたままずるずると二人一緒に部屋の中へ入る。
板戸は閉められることはなかった。
「・・・部屋に入った意味がないな」
「だって、星が見えないじゃねぇか。星だって、見たいだろうよ」
「何をだ」
「あんたを。なぁ毛利、あんた、ほんとに」
「・・・なんだ?」
「・・・なんでもねぇ」
意味深な笑顔を向ける元親を軽く睨む。そんな格好で睨まれてもそそられるだけだと苦笑している。忌々しそうに着物の前を引き寄せると、ぐいと頭を大きな両手の平で掴まれた。先程とうってかわって鋭く噛みつかれる。呼吸をする暇も与えられずしばし続いた喰らい合いののち、やっと解放されて肩で息をした。体勢を整える暇もなく着物越しの元親自身へぐいと顔を押し付けられる。慌てて腕に力を入れて上体を支えると、元親を見上げた。
「どうすっか、わかってんだろ?」
「・・・何故我が?」
問い返す声は低くくぐもっていて、自分以外には聞こえなかっただろうと元就は思った。
その通り聞こえなかったのか、それとも聞こえないふりをしているだけかは分からないけれど。元親は下帯を自分でほどくと元就をじっと見つめる。期待しているというよりは、ただ、どうするのか見守っている。
元就は人より小さな紅い口元をゆっくり開けた。
海の荒くれ者たちと常に居るにしては元親は色も白く肌も滑らかで、どこか人間離れしていると思う。ぎらぎらした男らしい匂いがしないというべきか。それは元就も同じ、否それ以上であったけれど。それでも目の前に在る元親の象徴はひどく男のむせるような気配が溢れていて、自分はこれをいつも体に受け入れているのかと元就は今更ながらぼんやりと考えた。
舌先で少しずつ上下に湿らせる。猫が皿の乳を舐めているようだとふと思い、可笑しいような気分になる。仕方なく目の前の与えられた仕事に集中しようとする。外側ばかりをしばらく舐めていると、唐突にまた頭をぐいと掴まれ持ち上げられて、口、開け。と命令された。
慌てて口元を開こうとしたが、間に合わずそのまま顔にぬめった元親が擦りつけられる。ぬるり。顔を滑った。思わずかっとなって顔を上げると、元親は意外そうに、へぇ、と呟いてそのまま何度も元就の顔を自身に擦りつける。屈辱感に全身が震えた。
「・・・ッ 貴様、」
「ん?」
「何故、我が、このような」
「理由なんてねぇよ、俺がそうしたいだけだ」
「・・・鬼めが」
「おうよ。俺ぁ鬼だぜ?忘れてくれちゃあ、困る」
それから、元就を見つめて、まるで母親が赤子にそうするようにあーん、という仕草をする。知らず同じように口を開けてしまったらしい、元就の口の中に雄が侵入してきて、特有の生ぬるい苦味と汗の味が拡がる。反射的に口を閉じようとしてしまい、元親がいてぇ、と切羽詰った声を上げたので慌てて力を緩めた。
「歯、たてんなよ毛利」
「・・・ふ・・・、ぅ、」
「・・・辛そうだなぁ」
辛いのが分かっているのなら、やめさせよ、と元親をちらりと睨み上げる。元親は別段感じた様子もなく、やはりじっとこちらを見下ろしている。口の中の元親はずしりと主張を繰り返す。元就はどう動けばいいのか困ってしまい、ただじっと雄を咥えたままだ。
もう十分ではないのか。床にぺたりと上体をつけて元親の脚の間に顔を埋めている、誰がこんな己を想像するものか。自分でもぞっとする、と、元就は眉を顰める。元親がぐいと腰をすすめたのだろう、深くのどの奥に苦い先端が当たって、元就は嘔吐感に似たものを認識して激しく頭を振った。
それでも元親は元就を赦さない。
よしよし、と、いつの間にか頭を再び掴まれてゆっくり上下に揺すられる。いっそ噛み千切ってやろうかと一瞬思ったが、少しでも口元や舌を動かすとそのまま元親のものを飲み込んでしまいそうな錯覚に襲われて何も出来ない。ただされるがままに頭を揺すられて、そうして響いてくる、まるで赤子か猫をあやすような、よしよしという元親の場違いに優しい声を聞くしかない。やがて元就の口内の粘膜は熱を孕んで、元親の動きになじんでいく。出入りする彼の分身を感じることにだんだんと神経を研ぎ澄ます。
どういうわけか、突然ぞくりと肌が粟立った。
「ん、ん。う」
「気持ちいいだろ?」
あっけらかんと元親がそんなふうに問うてくるので元就は正直呆れた。よりいい気分であるのは貴様であろう、と反論したかったが出来ない------どころか、たとえ口がきけても否定は出来ないと思ってしまって。こんなことで敗北感を感じるとは無様な、と己を詰った。
けれど、仕方ないのだ。
たしかに、心地いいと思っているのだから。



どれくらい経ったのだろう、小刻みに揺れていた元就と元親の一致した動きが突然乱れて、元親が苦しげに息を詰めた。
元就があっと思ったときには咽頭に雄の証の液体が絶え間なく、波打って打ち付けられる。元就はぎゅうと眼を瞑ってその衝撃に堪えた。一回、二回、三回------上手く飲み込もうとしたけれど当然ながら舌に触れて、生々しい味に眩暈が起こるほどの屈辱を感じながら無理やりに嚥下した。それでも飲みきれなかった滴が喉にからんで、げほっと何度かむせた。鬼の腕が離れる気配に、体をひねって逃れて床に仰向けに転がる。天井を睨み、息を整えながら見上げると、元親はやはりぼんやりと、寧ろつまらなそうな顔つきでじっとこちらをうかがっている。
「き、貴様、う、ごほっ」
「・・・飲んでくれるたぁ、思わなかったなぁ。」
しみじみと言われて、また元就はくらりと世界が回ったように感じて眼を閉じる。片腕で顔を隠して、情けないことよ、と乱れた呼吸の端で呟いた。
何故自分はこんなことをしているのだろう。
「・・・貴様、これは、ごほっ。結局は我に対する嫌がらせか?報復か?」
「ん?報復?なんの」
「援軍が、遅れた」
「あぁ。そんなことか」
「・・・そんなこと?だと?」
思ってもいないくせに、と、元就は薄く笑う。
「よく言う。・・・・・・我が遅れねば死なずにすんだ者もいる、と、思うておろう?」
「まさか」
短い言葉で応じながら、元親はまたよしよし、と言いながら元就の髪を撫ぜる。嘘を申せ、と詰ると、あんたを責めてどうすんだよ、と笑っている。
ひゅうと風が吹き込むように冷えた何かを感じて、元就がはっと眼を開けると、元親はいつの間にか元就の頭を胡坐をかいた自分の脚の上に乗せて、黙って夜空を見上げていた。
「あんたの、せいじゃ、ないだろ?」
「・・・・・・」
「野郎どもの命が散るのは俺のせいだ。あんたは分かってるだろうに」
「・・・貴様だけのせいではない」
気紛れの、慰めのつもりではなく元就はそう言った。けれど元親はゆっくりと頭を否定する方向に振って静かに告げた。
「いいや?毛利、俺のせいでなければ、野郎どもの死は誰のせいでもなくなっちまう。あんたは知ってるはずだぜ」
俺たちは、そういう立場にいるんだろう?と。
「わかってるんだ。・・・でもなぁ、毛利。それでも」
元親は、今日はじめて泣き出しそうな顔をした。



「俺だって、誰かのせいにしたいときがある。もっと大きな、俺よりもっと大きな力を持った誰かのせいにしたいときが」



昼も夜も、生も死も、相反するもの全部掴み取って平然と俺たちを見下ろしてる誰かの。



元就は、呼吸を止めて、夜空を見遣る。開け放たれた引き戸の向こうに広がる、無限の。こうしている我等のことを哂っているかもしれない、何の感慨も持っていないかもしれない。漆黒に張り付いて瞬くあれらの輝きは誰かの命だろうか。それとも、ただそこに在るだけの、意味のない光、なのか?
「・・・あんたみたいに、きれいで壊れそうにないものも壊れることがあるんだと、だから仕方ないと。見せてくれよ、なぁ毛利?」
元親は再び元就に覆いかぶさる。
鬼はもう、泣いていた。



「俺を、抱いてくれよ。毛利」





元就は、元親の逞しい首元に縋りついた。
何かをしてやろうなどとおこがましく浅ましいことは考えまいと思う。元親が望んでいることはなんだろう?元就にはわかるようで、わからないようで、ただ淡々と静かに涙を流す元親のあちこちに口付けることしかできない。こうやって自分が動くことで何か変わるとも思えない、それでも自分にもこういう衝動があるのだと気づいたから。
舌を絡めあう間に体勢の上下が逆になる。仰向けにごろりと床に倒れた元親に今度は元就が覆いかぶさって休む間もなくその口の中を貪る。元親の手が元就の胸元を滑り下腹から内腿をゆっくりと掌を、まるで互いの温度を馴染ませるように行き来させている。早く、早く。心が疼いた。
「あぁ、毛利、あんたほんとに」
さっきと同じ言葉を紡いで。
「ほんとに、きれいで、やさしいんだな------」
自分だけではなく、なにもかもが、いつもと違って今は優しくて哀しいのだと元就は思ったけれど言わなかった。
元親の掌が元就自身を緩く掴むと上下に扱きはじめる。あ、と声を上げると上体が仰け反った。空いている元親の手の指が元就の歯列を確かめるようになぞる。甘くその指を噛んでやると元親は笑った。元就を掴んでいた手が後ろへ回される。指の侵入はいつもと違ってひどく鈍く甘くじくじくと元就を揺さぶった。あ、と、また声が出た。
元親は何も言わない。
指が増やされていくたびに、元就は、あ、あ、と声を上げた。中をゆっくりかき混ぜられて、いつもならば------そうすでにいつもならば。早くこの行為が終わらないだろうかと頭の片隅で考えている自分がいるのに。今日は何処へ行った、いないのだろうかと可笑しくなる。やがて指が引き抜かれて、追いかけるように切なく腰が揺れた。早く、早く。
早く。
「・・・抱いてくれよ、毛利」
焦るわけではなく、ただひとつになって、昼も夜も、生も死も、全部混沌の中に突き落としてしまえればいいのにと思った。



自分からゆっくりと元親の上へ腰を落としてゆく。注意深く息を吐き、少しずつ元親を飲み込んでゆく。元親は掌で顔を覆ったまま動かない。
全て咥え込むと、我知らず、切り裂くような掠れた声が出て、それに気づいて慌てて元就は口元を両方の掌で押さえた。元親は顔を見せて、少し笑うと、また抱いてくれよと呟く。元就は頷くと自分で動き始めた。
ゆっくりと上下に抜き差しを繰り返す。普段にない甘い痺れはどこからどこへ伝わっているのだろう。重力に逆らうその動きがじきに辛くなって、前後の動きも合わせると元親が切なげに呻いた。その声に更に何かが融けてゆく。
段々とオカシクなってゆく。
やがて口元を覆うてのひらの隙間から声が零れ出はじめた。止められない。つながっている部分に力が篭る、そのたびに元親も苦しそうに声を上げた。
「あぁ、毛利。もっとくれよ」
「う、う・・・あ、ああ、」
「抱いてくれ」
「う、ふ、ふぅ、んんっ・・・あ、」
「毛利、毛利。元就」
何気なくなのか意識的になのか、突然に名を呼ばれて元就の全身は痙攣した。腰が自分でどうしようもなく揺らめいて、羞恥と突き抜ける快感に、いまだ感じたことのない恐ろしいまでの駆け上る何かをもうどうしようもなくて、元就は口元から掌を外した。
「あ、ちょう、そが、べ」
「もうり、毛利」
「なまえ。名前・・・」
「ん?なに?」
「名前を、長曾我部、我の」
「・・・元就?」
小さく頷く。
「元就・・・」
「・・・もっ、と」
「元就、元就。もとなり。俺も呼んでくれよ。抱いてくれよ、全部で、なぁ、元就」
「ん。んっ、長曾我部・・・元親、もとちか、」
「もっと、呼んで」
「もとちか、元親元親もとちか、あ!ア、-----」
その名を求め、狂ったように呼びながら。
・・・はじめて、元就はひとつのままで達した。



やがて元親の動きも止まる。切なそうに息を詰め眉を顰めて吐精した。
内壁に打ち付けられる感覚に、何故か零れた涙を、元親が乱暴に擦ってくれた。





行為が終わってからは二人、脱ぎ捨てた着物にくるまってじっとしていた。
元親がふと、手を伸ばして板戸を閉めた。空が見えぬ、と掠れた声で抗議すると、元親は、もういいんだと笑っている。
「あんたが、風邪、ひいちまうだろ」
「・・・なにを今更」
「まぁ、そうなったら俺が看病してやるけどよ」
「ふん」
元親の体に回した腕に力を篭めて、ついでに逞しい背中をこっそりつねってやった。いてぇよ、毛利、と。いつもの元親の苦笑する声が聞こえてきて、元就は安堵する。それから、もとちか、と小さく誰にも聞こえぬように自分の口のなかで呟いて眼を閉じた。
次に名前を呼ばれるときは、こんなふうにただ暖めあう、どうでもいいようなときであってほしいと切に願った。








いただいたお題から激しく逸れたことをお詫びします_| ̄|○
でも楽しかった・・・!!!有難う御座いました!!!