「たまゆら」





目的の街に着いたのは日が暮れたころだった。西の峰はうす紫に染まって一日の名残り火を惜しむ。家の軒先に灯りがゆらゆらと揺れていた。
本当は元親は、もう少し先の関所近くまで行くつもりだったし、できるはずであった。けれど日が傾きはじめた頃から、元就の様子がおかしくなった。時折立ち止まり、こめかみをおさえてうずくまる。
大丈夫か、と問えば、大丈夫だと応えて立ち上がり歩き出すが、しばらくたつとまたしゃがみこんでしまうのである。
元就は自分で「具合が悪い」とは言っていないが、元親はこれ以上は無理だと判断して、手近の街で休むことにしたのだった。元就にそのことを伝えると、すでに判断も鈍っているのか、元就は力なく頷いただけであった。いつもなら予定と違うことをすれば、反論のひとつもしそうなものなのにと、元親はいよいよ不安になった。
宿の一室に案内されると、元就はそのまま部屋の隅に倒れるように転がったので元親は焦った。額に手をあててみたが、さほど熱があるようにも感じられぬ。しかし呼吸は浅く苦しそうで、元親は宿の者に頼んで雑炊を作ってもらった。
さほど時をおかず運ばれた食事を、けれど元就はいっさい口にしない。すでに起き上がることもできなそうであった。無理矢理口元にさじで運んでみても、いやいやをするばかりだ。
途方にくれて、元親は元就を見つめるしかできない。
「なぁ、毛利、蒲団敷いてやるから、寝ろ。そんな板間の上じゃよけいひどくなっちまう」
元親はうすい粗末な布団を敷いた。
それから、元就の上衣を脱がせると、襦袢一枚にして寝かせた。
元就はその間、一言も発しない。人形のようにされるがままになっていた。





寝かせた元就の隣に胡坐をかいて、元親は心配しかできない自分を恨んだ。
あいかわらず元就は苦しい呼吸をつづけるばかりだ。時折体勢を入れ替えたいのか寝がえりをうつ。でも眠る気配は微塵も無い。苦しくて眠るどころではないのだろう。
なにか手だてはないか、と、元親が思案していると呼び声がした。元親は顔を上げた。
「―――長曾我部、」
元就の手が何かを探して空をもがく。元親は夢中でその手を取った。元就はじっとりと額に汗をかいているのに、指先は凍るように冷たく、元親はぞっとした。
「・・・なんだ。俺は此処に」
「――助けて、くれ」
闇を引き裂くようなあやうげな声に、元親は息をのんだ。おい毛利、と思わずこちらも、すがるように声をかける。
助けてくれと言ったのである。
そんな言葉は元就らしくない。
それほどに苦しいのだと理解して、けれどどうすべきか元親にはわからない。
「どっか、痛いか。どこが苦しい。俺はどうすればいい?」
「―――あ、」
元就は急に目を見開き天井を見つめ、また目を瞑る。それから激しく頭を左右に振った。まっすぐな髪が敷布の上でざくざくと音をたててからまる。
「毛利、おい、しっかりしろ、――畜生!なぁ、なにが欲しい?どうすりゃいいんだ?教えてくれよ、毛利」
元親が手を握り締めても、元就は握り返すことはない。口元がただ空気を求めるように動いている。元親は思わず、元就、と、人前でもないのに名を呼んだ。
「元就。どうすればいい。なんとか言ってくれよ―――」
祈るようなこころが通じたのか、元就はやっと元親と視線を合わせた。元親は顔を近づけた。言葉を聞きとろうとして、口元を注視する。
ぬらりと唇は紅く、元親は一瞬どきりとした。反射的に視線を逸らせた。血が、頭と同時に元親の男に集まる、元親は慌てて猛る欲を鎮めるために深呼吸をした。
(こんな状況でなに考えてやがんだ、おい!)
自分を叱咤して、元就の手をまた握り締める。
また、たすけて、と声がした。元親はもうどうしたらいいかわからない。どうしたら助けられる?と、おそろしく間抜けな言葉が出た。元就がそれを知っているはずもないのに。
「元就」
どうしようもなくて、元親は隣に寝転がるとその骨ばった体を抱いた。元就は抗わない。元親はさらに抱き締めた、―――そして気づいた。
熱いものが元親の腿に当たったのである。
驚いて、元親はかき抱く腕の力をゆるめた。片腕だけをそっと動かして、小刻みに震える元就の背をさすりながら、腰のあたりまで動かしてくる。そのまま、すこし躊躇しながら、そっと元就自身のある場所へ手を滑らせた。
元就の雄の象徴は、おそろしくはりつめていた。元親は驚いた。襦袢のあたる部分はすでに先走りの液だろうか、じとりと湿って重い。
指先がきつめにあたってしまったらしい、元就は悲鳴を上げた。
「すまねぇ、・・・」
謝る元親に、けれど元就はすがりついてきた。相変わらず体はがくがくと震えている。ちょうそがべ、と呼ぶ唇はやはり濡れて暗闇に光って、元親を誘う。
元親は、ごくりと唾を飲み込んだ。
「なんだ、元就?」
「・・・ッ、我を、嗤うか」
「なんでそんなこと―――」
「おかしいのだ。我は壊れる。壊れてしまう。たすけてくれ、――もとち、か、」
名を呼ばれて、元親は思わず元就自身を握りこんだ。元就はまたかすれた悲鳴をあげた、けれどそれはむしろつつましい女の嬌声に似ていた。





元親は、迷うのをやめた。
襦袢の裾を割る、燭の焔に元就の男根が照らされ浮かび上がる。もちろん一度も見たことなどない、他者に見せるものではない。けれどどうしてか、卑しいとは思わなかった。
すでにはりつめ、解放を求めて浮き出た血の筋が波打っていた。何故こんなになっているのかもわからない、そして普通ならばとっくに果てているはずであった。解放されないから苦しいのだろうかと元親は思った。元就の潔癖な性質がそれを拒んでいるのだろうかとも思ったが、元就とて男で、国主である。子種の宿し方も女の愛し方も知っているはずであった。
元就が、苦しそうに顔を手で覆った。元親はどうした、とやさしく聞いてやる。覗きこめば、元就の目が潤んでいて、元親はさらに焦った。羞恥のせいでもあり、生理的な苦しさでもあったろう。くるしいか、と聞けば、こくりと素直に頷いた。
ようやく、元親は思い当った。
(・・・媚薬?か?)
昼間、南蛮人たちが元就になにやら粉のようなものをかけていたのを思い出したのである。あの場所柄や、元就をさらおうとしていたことを推測すれば、妖しい薬だという考えは限りなく正解に近いと思われた。
だとすれば、元就の体の中で淫靡な獣が吠え狂っていることは違いなかった。ただこの獣のおこす嵐の過ぎるのを待つしかない。
元親は自分にできることを考える。できることは―――





自分でも驚いたことだ。
元親は口をあけた。そそりたち震える元就自身を咥えてやる。むせるような雄の匂いが口中に広がって一瞬眉をひそめたが、そのままゆっくり頭を上下して刺激してやる。
元就は甲高い声を一度、上げた。
すかさず強く吸い上げれば、どくんとひとつ脈うった途端、元親の喉へおそろしい勢いで情欲の塊がほとばしった。三度ほどの衝撃をうけとめてようやくおさまると、元親は懐紙を取り出し口内の液体を吐きだした。本当は飲んでも元親は構わなかったのだが、妙な薬がからんでいるなら、それは当然の処置であった。
元就はぜぇぜぇと耳障りな呼吸音をたてて空気を吸う。薄い胸板が苦しげに上下していた。
元親の目の前で、たった今欲望を吐き出したはずのそれは、また震えながら立ち上がろうとしていた。やはり、尋常じゃねぇな、と元親は心底元就を哀れに思った。もともと性戯になぞ長けているとも思われない元就が、こんな状態になっているのはどれほどに苦しいだろうかと。
元親は、また元就を口に銜えた。今度は先ほどとは違ってまだ柔らかみが残っている。それでも元親が舌で筋を辿るようにすれば、たちまち張りつめてくる。元就の擦れた声がまた響いた。
その声を耳にしたとたん、元親はぞくぞくと震えた。
どうしようもなく、嬉しかったのである。
「元就、」
銜えこんだまま名を呼ぶと、元就の腰がゆらめいた。長曾我部、と呼ばれた。元親は元就を銜えたまま、ゆっくりと頭を左右に振った。
「元親、だろ」
名を呼べ、と、指図した。元就の体が震えた。上半身が少し起き上がったのがわかって、元親は愛撫を続けながら視線を上げた。
肘をついて起き上がった元就がこちらを見つめている。驚愕と羞恥にさいなまれて、表情は歪んでいた。元親はけれど、無視した。いったん口をはずすと舌で上下に舐め上げる。元就は顔を背けたが、嫌だとは言わず、逃げもしない。
「・・・悦いかよ?」
元親はわざと訊いた。元就は顔を背けたままだった。こたえろよ、元就、と。言いながらまた銜えると、元就は敷布に倒れ込んだ。両手で元親の頭を掴むと髪をぐしゃぐしゃにかきまぜる。
「あ、あっ、あ、―――元親、元親ッ」
またどくんと血流がうねり、元親の口内に吐き出される。元親はまたそれを、吐き出した。三度目は飲んでやろうと真剣に思った、愛おしさが苦しくて、元就の出した精を吐き出すことが罪悪としか思えず、元親は自分を責めた。
「なに、なんだ、元就、悦いか?いいって言ってくれよ、なぁ」
いつの間にか元親は夢中であった。掌が元就の襦袢をすべて剥ぎ、あらわれた骨の浮いた脇腹を、脇を、薄い胸板を撫でる。元就の切なげな声は、すでにとどまることはない。元親、と叫ぶように呼びながら、喘ぐ声は止まらず、元親はぞくぞくと震え喜んだ。
「悦いだろ?なぁ、元就、どうしてほしい?」
「んっ、んん・・・」
「言えよ、元就、なんでもしてやるから―――」
片手で胸元の飾りをつまんでやると、また別の声色が上がる。あいた片手で元就の片脚を持ち上げると、元親はその引き締まったしなやかな脚を自分の肩に抱えた。自然、おおきく秘所を開くことになる。袋を舐めていた舌は、やがて元就の小さくすぼんだ菊門をなめ始めた。
元就は、いや、と言った。
「いや?いやじゃねぇだろ、なぁ」
「元親、やめっ・・・」
元親はやめない。止められないし止まらない。息を吹きかけるとそこは面白いようにひくひくと肉襞がふるえ、ひらいたりとじたり、する。
その間もあいている掌は元就を包んで扱く。先端を爪をあてて開くように押してやると、とろりと液体があふれる、元親はそれを掬い取ると元就の秘所にそっとぬめる指を差し込んだ。
悲鳴が上がった。
でも、元親は聞こえないふりをした。ぐるりとかきまぜるように指をまわすと、さらにもう一本、差し込む。案外と簡単に入って、これも媚薬のせいだろうかと元親は先ほどまでと逆に、そのことは感謝した。
(・・・入りやがれよ、)
元親のものが、先ほどからじりじりと待ちわびているのだった。自慢ではないが体躯に比例して他の男どもよりは随分立派と言える雄の象徴を、元親は元就の体につきたてようとしている。俺は酷い奴だ、と口元を歪めた。
もはや元就がこうなった原因や、媚薬などどうでもよかった。
もっと言えば、元就が苦しいかどうか、この行為を望んでいるかどうかも、どうでもいいのかもしれなかった。
元親はただ、元就が欲しかった。





元親は棹の先端を菊のひだにあて、少しずつ押し込んだ。さきほど指を二本銜えていたその場所は、流石に抵抗を示した。それでもゆっくりと差し込んでいけば、やがて元親のすべてが元就の中に入った。女のそれのように潤滑となるものはほとんどない、そのかわりに熱い肉壁が直接元親にあたって擦れて、脳髄が一気に痺れた。
元親は、息を吐きだした。熱いな、あんたの中は、と呟いた。
元就は茫然と天井を見つめている。すでに両脚が元親の肩に抱え上げられていた。元就の視界の中で元就の足のつま先が揺れているのだろうなと元親は思った。
元親は、元就の内側を削るように小刻みに動きはじめた。
「―――いッ、あ、―――あああぁあ!!」
急に上った大きな声は艶めいていて、可愛くて、可愛くて。元親はその声だけでおかしくなりそうだった。同じ場所を小突いてやると、元就は面白いように何度も声をあげた。悦い場所にあたっているのだ、と、元親は嬉しくて何度も同じところばかり弾いて攻めた。元就の眦から泪がこぼれて頬を伝った。元親は少しだけ、ほんの少しだけ後悔に似た気持ちを抱いたが、やめるつもりは毛頭なかった。
すでに、あの南蛮人たちに感謝すらしていた。
そんな自分を内心嘲笑いながら、元親はひどく納得もしていた。俺は毛利がすきだったんだな、とぼんやり思った。好きで、欲しかった、こうしたかったのだ、おそらくずっと。
ただ嬉しかった。目の前にいる男は元親にとってどんな女よりも抱いていて幸せになる存在だとわかったからである。
直接の刺激も与えていないのに、内部を抉られて元就自身は白く光り、びくびくと震える。元就はなにごとか呟いたようだった。元親は、なんだ?と優しく訊いた。
もっと、と、震える声が懇願した。
元親は、涙が出そうになった。
「もっと、何だ?」
「もと、ちか、たのむから」
「なにを」
「もっと、して、―――あっ、」
「なにを―――」
「もっと我を」
元就の手が伸びてきて、元親を探していた。元親は片手を伸ばして、その手をひとつにまとめて握った。骨ばった手は必死に握り返してくる。





「―――あいして、」





元親は手を離した。
元就の棹を握ると激しく扱いた。同時に内部にささった杭も元就を攻め立てたので、元就はかわいそうなほどに声を枯らして、鳴いた。射精の瞬間、元親は元就の先端を元就の顔のほうへ向けたので白い飛沫は元就の顔を濡らしてどろりと流れた。
それを見ながら、元親はいっそう深く自身を元就へつきたてた。吐精の瞬間引き抜いて、元親は自分のものも元就の顔に向けた。元就は飛沫にまみれて、目を閉じたまま荒い息をする。
我にかえって、元親は自分の、もうすっかりはだけてしまった襦袢の袖で元就の顔をぬぐった。それから、そこかしこに口づけた。瞼も、額も、頬も、耳元も、首筋も、勿論唇だって、
「元就、元就、―――元就」
夢中だった。なにもかもが愛おしかった。
俺も媚薬に溺れているのだろうかとふと思った。もしかしたら全部まぼろしなのかもしれない、自分が元就を愛おしいと思うこころも、元就があいしてほしいと言ったことも、一緒にのぼりつめて果てたことも?
(・・・いや、ちがう)
元親は元就をこわれるかと思うほどに抱き締めた。
「元就、・・・あいしてる」
言葉にしてしまうと、とても気持ちが楽になった。別にいいのだと思えた。元就はどう思っただろうと少し心配になって顔を覗き込むと、元就はひどく眠そうな顔をしながら、それでも元親の唇をさぐりあてて自分の唇を押しあててくれた。
(俺は、間違いなく、ほんとうにこいつを)
(すき、なんだろう)
(こいつがどうであっても―――)





元就が眠ってしまった後、元親は二人分の体を拭いて清めた。それからきちんと元就に襦袢を着せつけた。
自分も同じようにきちんと着て、一緒に布団にくるまった。
朝がきて元親が目を覚ましてみれば、いつものように元就は先に起きて日輪に拝謁せず、まだ元親の腕の中だった。元親は嬉しくなってそっとそのまっすぐな髪に唇を押しあてた。元就、と呼べば、元就はうっすらと瞼を開けた。
「おはよう」
言うと、元就はきょとんと元親を見つめている。それから、抱き締められている元親の腕や、一緒に寝ている布団に気付いたらしい。ひどい勢いでその腕をひきはがし、起き上がった。
「貴様、なぜ我と一緒に寝ている!?」
「・・・なぜって・・・昨日あんたと」
そこまで言って、元親は口を噤んだ。元就の表情を見れば、何も覚えていないことは明白だった。
彼はいつもの、高飛車で、横柄で、ある意味無邪気な声と表情のまま元親に、腹が減った、と訴えた。
元親はそれを聞いて笑った。寂しさを感じながら。
でも、これでよかったのかもしれないとも思った。あの短い――たまゆらのような昨晩のことを全部元就が覚えていたとしたら、もうこのまま国元へ帰ると言ったかもしれない。もう抱くことはかなわなくても、この先もゆっくりと長く、少しでも長く一緒にいられるなら、それは十分元親には嬉しいことだった。
元就が、なにが可笑しい、貴様、と文句を言っている。元親は起き上がった。
「雑炊、喰うか?毛利」
元就は、それを聞いて、微笑を口元に浮かべた。
「いただこう、長曾我部」





呼びかける名が、いつもどおりの家名に戻っていたことだけが、どうしようもなくかなしくて、元親はそっと苦い笑みをこぼしたのだった。



媚薬ネタ一度チカナリでやってみたかった!楽しかったでっす!でもやりすぎたかもw 読んでくださった方、感謝!