カボチャ祭りの前と後






 トレーニングルームに向かう途中で、ジョミーは珍しい光景に足を止めた。
 そもそもトレーニングを必要としているのは艦内でもジョミーくらいで、おまけに何か(というのはつまりジョミーの力が制御を外れた場合だ)あると危ないので、一般のミュウは殆どこのセクションには近付かない。それでも何があったのかはジョミー自身の思念が筒抜けで、もれなく艦内放送されて全員に知れ渡っているのが腹立たしくも情けない所だ。
 そんな訳で、ジョミーを監督する立場にあるハーレイを途中で見かけることは珍しくない。よく時間の大切さについて説教を喰らい、トレーニングルームに追い立てられる。眉間の皺も珍しくない。トランプを三枚挟んで怒られたこともある。ブラウには好評だった。真面目で、何かあるとすぐ深刻な顔をするのでそれも珍しくない。
 珍しいのは、一人でベンチに腰掛けている、ということだ。きっちりしている性格だからか立場からそう振る舞っているのか、ジョミーは食事と会議の時以外でハーレイが座っているのを見た覚えが殆どない。なのに、こんな通路の途中で、他に誰が居る訳でもないのに座り込んでいるのに驚いた。そしてやっぱり深刻な顔で眉間の皺は今日も絶好調に深い。小さなスケッチブックとペンを持っている。白い紙をじっと睨んでいる。何か描いては小さく唸っている。
 絵を描く趣味があるのかな、と意外に思った。趣味の割には楽しそうには見えないが。
(あれ? 今日ハーレイの訓練の日じゃないよな)
 ジョミーが首を傾げると、ハーレイは顔を上げ、そこでようやくジョミーに気が付いたらしい。スケッチブックを閉じてすぐに立ち上がった。
 正直、別に立たなくてもいいんじゃないかと思いつつ挨拶をする。
「こんにちは、キャプテン。どうかしたの?」
 ぽろっと興味が素直に口からついて出た。ハーレイの眉間の皺が更に深くなった。突っ込まない方が良かったのかなとジョミーは誤魔化すように笑ってみる。
「えーと、こんな所に座ってるの珍しいなと思って」
 眉間の皺が渓谷レベルになった。
「…見苦しい所を…」
「え? 別に見苦しいとか思ってないけど」
「大した事では…毎年のことですから。それよりも、訓練の時間では?」
「いーからいーから。何か困ってるんでしょ?」
 そのように見えたのでそう言ってみる。ハーレイは首を振った。
「いえ。私もトレーニングルームに行かねば」
 ジョミーは翠の目をぱちくりさせた。
「何で?」
「そろそろ鍛えておかないと、間に合わなくなりますので」
「何に?」
 ハーレイは困ったように言い淀み、小さく唸った。
「…そのうち、お解りになるかと」
 眉間には海溝が刻まれている。訊かれたくないらしい。ジョミーは取り敢えず頷いた。当たり前と言えば当たり前に、ハーレイはテレパシーやテレキネシスの訓練室には行かなかった。

 謎はますます深まるばかりだ。
 ブルーに訊きに行ったが、相変わらず快眠空間でぐっすり眠っているし、長老の中でも比較的話しやすいブラウに尋ねてみたが軽く躱された。
「ああ、そろそろそんな時期だねえ。この季節はナーバスになりがちなんだよね、ハーレイはさ。気にしなさんな。そうそう、あたしも支度しなくちゃ。ありがとさん」
 ぽんぽんとジョミーの肩を叩くと、早足にどこかへ行ってしまった。ヒントのようで、更に謎のピースが増えただけのような気がする。取り敢えず、時期に関わることではあるらしい。
 もう一人、質問のしやすいヒルマンにも訊いてみた。ふむふむと話を聞いて、教授は口髭を撫でた。
「今年も良い物が実りましたからな。存分に腕を振るってくれると思いますよ」
 にこにこと、微妙にさっぱり分からない返事だった。
 言わないのには特に理由はないらしい。面白がっているだけだと、テレパシーの扱いが苦手なジョミーでも表情と口調で分かる。
 お茶に呼ばれたついでにフィシスにも訊いてみた。盲目の美女は頬に片手をあてて首を傾げた。
「そうですわね。ジョミーは今年初めてですもの、子どもの側でいいのではないかしら」
 大人と子どもに別れるらしい。長寿のミュウの中では若い方だ。子ども扱いには腹が立たないでもないが、それを言っていると話が進まない。
「…で、それって何なのさ」
「ご心配には及びませんわ。あなたの分は私がご用意いたします」
「用意? そういえばブラウも何か」
「それとは別です」
「別なの?」
「ええ」
「何なの?」
「うふふ」
 目一杯、じっとりと恨めしげな視線を向けたが、閉じた瞳はぴくりともしなかった。
「あーもー! 何なんだよ一体!」
「そのうち分かりますわ」
「今知りたいのに!」
「そう難しくはありませんのよ。切っ掛けがあればすぐに分かります。特にあなたなら」
「そうかなあ…」
 にっこりと頷いて、フィシスはもう一杯紅茶を勧めた。

 散々遠回りさせられて、解答は意外な所で開示された。
 息抜きにと思い育成部に行くと、子ども達がわらわらと走ってきた。全員が、オレンジ色の何かを手に持っている。ちょうど両手に乗るくらいの大きさだ。
「…カボチャ?」
 ニナがにっこりと笑った。
「そう! ジョミーのは私が選んであげる! 大きいの取っておいたんだから!」
「ありがと。でも、普通の大きさでいいよ。食べきれないから」
 カリナがくすくすと笑って首を振る。
「食べるんじゃなくて、ランタンにするの」
 カボチャ。ランタン。
 ジョミーはぽんと手を打った。
「あ、ハロウィンか!」
 子ども達は一斉ににっこり笑った。
「みんなで悪戯しに行くからね。お菓子ちょうだい、ジョミー」
 となると、ブラウの用意はお菓子で、フィシスの言っていた子どもの側というのはこちら側と推測がつく。
「うーん、ぼくも悪戯する方、らしいよ?」
「えー? そうなの?」
 何やら残念そうな声が上がる。ジョミーは苦笑した。
「みんなと一緒じゃ、駄目かな?」
 片膝をついて、ニナのふわふわした金髪を撫でる。ニナは上目遣いにジョミーを伺うと、少し小さな声で言う。
「前に作ってくれたおやつ食べたいなー」
子ども達の期待の籠もった視線が集中した。どうやらみんなの気持ちらしい。
 少し前に母の味が懐かしくなって、リオに手伝って貰いクッキーを作ったことがある。どうせだからと大量に作って子ども達に振る舞った。ジョミーが思った以上に気に入ってくれていたようだ。
「分かった。お菓子も作るよ」
 後でリオに相談しようと考えつつ請け合うと、ぱあっと笑顔が広がる。つられてジョミーも笑顔になった。素直な笑顔は、気持ちを温かくしてくれる。
「ところで、ランタンって飾るんだよね? 部屋の中に飾るの?」
「ううん、持って歩くの。だからほら、小さいでしょ?」
「飾るんじゃないんだ」
「飾りもするけど。だって、持って歩くの楽しいもん!」
 それもそうだなと笑って頷いた。
「畑に行こう、ジョミー!」
「カボチャ見せてあげる! ぼく達が育てたんだよ」
「へー、凄いなあ」
 子ども達に引っ張られ、農業プラントに向かう。
 蔓がわさわさとプラントいっぱいに伸びていて、葉の間からオレンジ色のごろごろとした物体が見える。大きな物も多い。確かに、良い物が実ったと言えるだろう。
 カリナがジョミーのマントをそっと引っ張った。
「好きなの、選んでいいよ?」
「有り難う」
「これ大きいよ!」
 子ども達があれこれとカボチャを見せに来る。なんだかんだで大きい物競争になり、ジョミーは一抱えもある大きなカボチャをランタンにする事になった。
「大きいなあ。…ぼく、これランタンにして歩く訳?」
「そう!」
 期待の眼差しがきらきらと眩しい。ランタンと言うからには火を入れるのだろうか。艦内で火事になったら危ないし電球あたりにしておいてほしいのだが、シャングリラでは意外と、イベント事は古式に則っとることも多い。テレキネシスコントロールの特訓が必要になりそうだ。
 そこでふと、ジョミーは疑問がまだ一つ残っている事に気が付いた。
(ハーレイに何の関係があるんだろう?)
 そう思った時、ドアが開いてタイミング良くハーレイが入ってきた。
 子ども達は一斉に振り向くと、ハーレイに駆け寄った。手に持ったカボチャを我先にと見せている。
「?」
 巨大カボチャを抱えたまま、そちらに近付く。ハーレイの手には例のスケッチブック。子ども達は歓声を上げて覗き込んでいる。
「キャプテン」
 ハーレイはジョミーを認めると苦笑いのような微妙な顔になった。
「どこにもいないと思ったら…ゼルが探していましたよ」
「訓練は終わったんだ。長いだけのお説教に付き合ってらんないよ」
 それよりもとジョミーはカボチャを抱え直した。
「ハーレイこそ、こんな所で何してるのさ」
 ハーレイが口を開く前に、足下で声が上がる。
「キャプテンにランタンにしてもらうの!」
「私、お城にしてもらうんだ」
「ぼくおばけ!」
 スケッチブックを見せてもらうと、ジャック・オー・ランタンの図案らしい、目と鼻と口のいろいろなデザインが並んでいる。だんだん図案は精緻になり、しまいにはそれこそ遊園地のアトラクション的な城の図案や、とんがり帽子をかぶったゴーストとコウモリの図案などがある。ジャックが消えて、ただのカボチャのランタンになっている。ただの、というのは正確ではないかもしれない。愉快に単純な顔のジャックに比べたら、作品の域に達しているレベルだ。
「これをハーレイが彫るの…?」
 とてもカボチャに彫れるとは思えない。しかし、ハーレイは当たり前のように、いつもの生真面目な顔で頷いた。
「毎年、私の役目になっています」
 ハロウィンの支度ってもっと楽しむものじゃないのかなとジョミーは思った。と、ハーレイは表情を和らげた。
「フィシスから聞いている。きみも好きなデザインを選ぶといい」
 ここぞとばかりに子ども達が、ハーレイの足下にじゃれついている。ついでに自分のカボチャ以外の物も持ってきてはあれこれと注文を出している。飾り付け用のカボチャだろう。それにいちいち頷いているハーレイは、本当に自分で全部やるのだろう。
「…なんかハーレイってさ、いいお父さんだよねー」
「は?」
 ジョミーは自分のカボチャに視線を落とす。自分の父親を思い出して、不覚にもじわっと目が熱くなった。それを振り払うように顔を上げる。
「自分でやる。折角だから教えてくれない?」
 ハーレイは笑って頷いた。
「分かりました。明日、技工室に来てください」
「うん。よろしく」
 明日はハロウィンの前々日だ。ちょうどいいだろうと思い、軽く返事をした。

 後から改めて連絡がきた。律儀だなあと苦笑しながら中身を見たジョミーは固まった。明日というのは早朝だった。報せの文面を凝視したが、朝の六時半という数字は動かない。溜息をついて、リオにお菓子の件だけは相談をしておき、快く了承をもらったのは十二時過ぎ。すぐ寝ようと話を切り上げた。
 しかし通信画面越しに、ひょいと気になる言葉が投げられた。
『ですけどジョミー。キャプテンにランタンづくりを教わるなら、そう簡単に時間は空かないかもしれませんよ』
「それってどういう意味?」
『…そうならないといいのですが』
 溜息と共にそんなことを言われても、全く分からない。
「で、どういう意味?」
『お出でになれなければ、ぼくが代わりに支度をしておきますから。ご心配なく』
「だーかーら! どういう意味!」
 そうですねえ、と沈黙の後。
『明日になれば分かります。分からない事を祈っていますよ』
 思念波には諦観と、困惑しているような、波立った心が含まれていた。それきり一方的に通話が切れる。
 性格的に、回りくどいのは苦手だ。しかしミュウは回りくどい言葉遊びが好きらしい。思念波が直接的な意志交換のツールでありすぎるのだろうか。とにかくジョミーは、今後自分がここでやっていけるのかに漠然とした不安を感じた。
 溜息を一つついて肩を落とす。
「…寝よ」

 翌朝、欠伸を噛み殺しながら指定の部屋へと向かった。手には自分のカボチャを持っているがやはり重い。何はともあれ、起きれただけでも良かった。ドアを開けて、ジョミーは目を丸くした。
「何これ」
 技工室は日用品から家具のような大きな物まで作るのに使う、相当に広い部屋なのに、視界一面床から天井近くまで、カボチャのオレンジで埋め尽くされている。
 口をぱかんと開けて呆然としていると、奥に褐色の人影が見えた。一瞬部屋に入るのを躊躇した。下手にぶつかろうものならカボチャに押し潰されて死にそうだ。自分のカボチャを抱え直し、意を決して――けれどそろそろと進んだ。
「ハーレイ」
 呼びかけると、ハーレイは顔を上げた。カボチャの向こうで立ち上がる。いつもの服装ではなく、つなぎの作業服を着ている。これまたオレンジ色なので下手をすると風景に紛れてしまいそうだ。
 ジョミーは、絵の中から特定の人物を捜し出す、子どもの頃に好きだった絵本を思い出した。
「おはようございます」
「おはよー。今日はよろしくお願いします」
「では早速服装だが、きみの分の作業着はあちらに用意してある。良かったら、着替えるといい」
 口調はいつもと同じように一歩控えている風だったが有無を言わせない圧力を感じた。ジョミーはそそくさと指さされた一角に向かった。カボチャを置いても良かったかもしれないが分からなくなりそうだったので、二秒悩んで結局持ったまま移動した。色はともかく、無闇に華麗なデザインのソルジャースーツよりはつなぎの方がいいなと、着替え終わってから思った。金の飾りやら赤マントに慣れてしまって、かなり感覚が麻痺しているかもしれない。
 着替えてハーレイの所に戻る。作業台らしき物がある。その脇に、刃物から始まって沢山の道具が並んでいる。ハーレイはその中から一つを選び出した。余りに本格的な感じがして、内心引き気味で見ていると、糸鋸を手渡された。
「初心者にはこれが扱いやすいと思う」
 初心者には、ということはハーレイはカボチャくり抜きのプロということなのだろうか。思わず訊きたくなるのをぐっと飲み込んだ。
「…有り難うございます…」
「作業に入る前に、デザインを決めた方がいいだろう」
「ええと、ぼく普通のでいいんだけど」
 ハーレイの眉間の皺が一本増えた。
「普通とは…、具体的に挙げてみてもらえるか?」
 改めてそう言われると、説明は意外に難しい。
「えー…普通に、目が丸くて口がぱかっと開いてて、ちょっと歯みたいな感じでぎざぎざ…」
 聞きながら、ハーレイはスケッチブックをもの凄い勢いでめくりだした。表情の真剣さはいつも以上にも思える。思わず言葉が止まる。ハーレイの手も止まった。
「これでどうだろう」
 見せられたスケッチは、確かにジョミーの言った通りの、ごくごく一般的なデザインである。ジョミーはこくこくと頷いた。
「じゃあ、それで」
 カボチャを台に置くようにと言われ、おっかなびっくりその通りにする。ハーレイは腕を組んでカボチャをじっくりと見た。
「随分大きいな」
「子ども達が選んでくれて」
「安定した形だからやりやすいだろう」
 ハーレイは頷くと、同じくらいのカボチャを隣の台に乗せた。
「きみは実際に見て、やってみる方が覚えやすいだろう」
 ジョミーは苦笑した。くどくどと説明を聞くのは、確かに苦手だ。訓練の際に、タイプ・ブルーの力の使い方について実例を示せるのはブルーだけなので、結局説明の方が多い。表情には、間違いなく出ているだろう。
「うん、まあ」
 ハーレイは糸鋸を構えると、カボチャのヘタから少し離れた所にざくりと刃を入れた。さくさくさく、と小気味良い音を立て、上の部分が丸く切り取られる。切り口が妙に綺麗だ。一見簡単のようで、熟練の技を思わせる。
 開いた穴から腕を突っ込むと、種と綿を掻き出した。大きなカボチャなのでそれなりの量がある。だが、手際が大変いい。迷いがない。
「…この部分をおろそかにすると」
 没頭して、顔を上げないままの言葉が自分に向けられたものか分からなかったので、思わず訊き返す。
「え?」
「腐りやすくなるので手を抜かないこと」
「…は、はい」
 蓋になる、丸く切り取られたヘタ部分もきちんとチェックし、次にペンを持つ。顔になる部分に目印を付けているようだ。赤のインクは思ったより目立たない。
 そこに、また糸鋸を差し込んで切っていく。両目、口、あっという間にぽっかりと穴が開いた。出来映えを見、中側からも切り込みを入れて見栄えを整える。蝋燭を刺す金具を入れ、蓋を戻し、十分ほどで完成した。
「おおー」
 ジョミーは思わず拍手をした。ハーレイは少し目元を綻ばせたが、すぐに厳しい表情になる。
「流れは分かったと思う」
「うん、はい」
「では、細かく説明をする。分からないことがあれば、随時質問を」
「はい」
 凄いとは思うのだが、ハロウィンの支度をしているというわくわく感に乏しい気がする。とにかくジョミーは頷いた。
「まず、蓋部分の切り取りだが、後行程を考えて切り取らないと苦労する」
 と、出来上がったランタンを半倒しにして、上蓋を取った。
「顔部分から見て後ろになる、この部分は斜めに鋸を入れる。中に手を入れて作業しやすいように、…」
 十分で終わらせた作業について、ハーレイは三十分解説をした。
「――以上だ。何か質問は?」
「…ないです」
 むしろ説明が細かすぎて覚えているかどうかの方が心配だ。忘れないうちにとジョミーは早速カボチャに向かった。糸鋸をカボチャに当てた瞬間、厳しい声が飛んだ。
「角度が違う」
「………」
 昨晩のリオとの会話を思い出し、ジョミーは暗澹たる予感にげんなりした。
「もっとなめらかに」
「力任せではいけない」
「そういう部分こそ丁寧に」
 等々。
 結局、一時間がかりで仕上がった。出来上がったランタンをじっくり眺め、ハーレイは深く頷いた。
「初めてにしては良く出来ている」
 そりゃあそうだろうと言いたくなったがぐっと飲み込んだ。誉められて、少し嬉しかったのもある。
「有り難う」
 そこで、ぐう、とジョミーの腹が鳴った。
「朝食はまだ食べていないのか?」
「うん。起きてすぐここに来たから」
 ハーレイは笑って頷いた。
「そうか。すぐに食堂に行くといい」
「そうする。ここのカボチャ、全部ランタンにするの?」
「ああ、船内全部の飾り付けに使うからな」
「へー。あと、誰が来るの?」
 ハーレイは不思議そうな顔で返事をした。
「誰も来ないが?」
「…え?」
 ジョミーは目を瞬かせた。
「え…っと、このカボチャ、全部一人で…?」
「毎年、私の役目だからな」
 当然のように言い切られて、ジョミーの方が動揺した。
「大変じゃない…?」
「毎年なのでな。もう慣れたよ」
 運び出すだけで一苦労な量のカボチャを一人で全部ランタンに。ジョミーは呆然とした。
(…これに備えてトレーニングしてたのか…!)
 体力が必要な訳である。
「つか、何で誰も手伝わないの」
 ハーレイは顎に手を当てて、記憶を手繰る顔になる。
「二百年くらい前だったと思うが」
「…そこから既におかしいけど、で?」
「仮装が苦痛で――というのも、当時は衣装の決定権がブラウとエラの手に握られていてだな」
「うわー」
 苦々しい表情を見れば、相当のことだったと想像できる。正反対にも見える二人がノリ始めると手をつけられない感じは、確かにする。
「仮装をしなくてもいい代わりに、力仕事を私が一手に引き受けることになり」
「一手に…?」
 それは一般にハメられたと言うのではないか。
「人数が増えてきたので随時作業を割り振るようにだんだん変わり、最終的にカボチャのランタン係になった、というわけだ」
 どこか満足げに、船長は回顧を終えた。ジョミーは部屋を改めて見回し、控えめに感想を述べる。
「この量だと殺人的な重労働だと思うんだけど」
「仮装に比べたらずっとましだ!」
 (概ね)冷静沈着なキャプテンが悲壮な叫びを上げた。肩で息をし、咳払いを一つして表情が元に戻る。
「だから私は、今日中にこれを終わらせなければならん。とはいえ、毎年やっていると工夫をしたり改良したり、それなりに楽しんでもいる。元々私は木彫りが趣味で――木よりは柔らかくて、素材としては扱いやすい。終わると腐ってしまうから、それきりなのが惜しいと言えば惜しいが」
「…そうなんだ」
 楽しむと言うよりは、険しい匠の道を歩いているように見えるだが、本人が楽しいと言っているので触れないことにした。
「ちなみに、ブルーは何係なの? それとも仮装したの?」
「そうだな、ブルーは」
 ハーレイは言葉を続けようとしたが言い淀み、眉間に皺を寄せ考える顔になり、それから首を振った。
「仮装はしていないな。ブルーと相談している時に限って偵察艇とニアミスしたり助けを呼ぶ思念が聞こえてきたりで、結局当日に何とか参加することが多かったな。ああ見えて、イベントや祭りは好きな人なのだよ。ソルジャーにしか出来ないことがあまりにも多すぎて、申し訳なく思っているのだが…」
「ふーん…」
 少なくともこの件に関しては間違いなく違うだろう。長老達とブルーのどこまでグルか知らないが、絶対ハメられいてるとジョミーは思った。
 それにしても、それほど嫌がったという仮装を一度見てみたい。誰に訊けばいいのか、どうにかして仮免ソルジャーの強権を発動できないものか、ジョミーは真剣に考え込んだ。
 が、また腹が鳴った。いい加減空腹が限界値だ。
「後で手が空いたら、手伝おうか?」
 かえって邪魔かもしれないが、一応言ってみる。
「気が向けば、で構わない」
「うん。じゃあ」
 少し考えて、着替えはせずにスーツだけ回収した。

 朝ご飯(大盛り)をぺろりと平らげ、ジョミーはその足で調理室に向かった。
「リオ、いる?」
『おはようございます』
「おはよう。――もう支度してくれてるんだ」
 小麦粉が秤の上に乗っている。
『ええ』
 リオは苦笑した。
『今日はもしかしたら無理かもしれないと思っていたので』
 ジョミーは生温く笑った。
「…前に誰か、やってみた人がいるんだ?」
『手伝いに行ったシドが帰ってきませんでした。次の日は虚ろな目をしていましたねえ』
「この後、手伝いに行こうかなって思ってたんだけど」
『お勧めはしません』
 にこにこしながら、リオはきっぱりと言い切った。

 お菓子作りは実に平穏に、昼前には終わった。昼食のチーズクリームパスタ(平打ち麺・大盛り)を食べ終わると、ジョミーは早々に席を立つ。リオは表情を曇らせた。
『ジョミー、まさか…』
「うん。手伝ってくる。ぼくに教えたせいで時間ロスしたと思うし」
 多少なら謝って済ませる所だが、部屋中みっしりのカボチャは洒落にならない。
『そうですか』
 リオは視線を落とし、悲壮感を滲ませた。
『ご無事で』
「そこは大丈夫だと思うけどね」
 ジョミーは軽く笑う。見返すリオは心配顔だ。
『…それから、キャプテンはおそらく、昼食を摂っていらっしゃらないかと』
「あ、そっか。何か持ってくよ。ありがと、リオ」
『くれぐれもお気をつけて』
 頷いてはみたものの、何に気をつければいいのかは分からなかった。多分リオも分かってはいないだろう。

 摘める軽食を持って技工室に戻った。ドアを開けた瞬間、生のカボチャの臭いがむっと鼻孔に雪崩れ込んでくる。
「うわ…! ちょッ、換気換気!」
 空調のスイッチを入れて、ほっと息を吐く。すぐに臭いが消えるわけもないが、少しましにはなるだろう。見回すと強烈な臭いを発するオレンジの山が出来ている。ジョミーの背よりも高いかもしれない。記憶が確かならあの辺りが作業場だったはずだ。
「…ハーレイ?」
 近寄りながら、恐る恐る声を掛けた。返事はない。
 オレンジの山の正体は、考えるまでもなくカボチャの種や綿や皮が積まれたものだ。その向こうにオレンジの作業着が見える。
 テレパシーも使って呼びかけたが、やはり応えはない。
(よっぽどだなあ)
 昼食の入った紙袋を片手に、山の向こうにひょいと回り込んだ。
 鬼の形相でカボチャを彫り続ける、匠の姿がそこにあった。着ていたつなぎの上半身部分は腰の辺りで袖を結び、隆々とした筋肉が躍動している。
 鑿と槌を精確に扱い、堂々とした風格の古城を彫っている。カボチャに。今は積まれた石の線を、淀みない手つきで細く彫り入れている所だ。勿論カボチャに。よく見れば、皮を削って厚みを調整してある。この中に灯りを入れた時には、塔の丸みを帯びた陰影さえもリアルに再現されるだろう。カボチャの皮の上で。
 正直、引いた。慣用句ではなく、足が一歩下がった。絶句して声も出ない。既にカボチャのランタンの域を越えている。
 やがて彫り終わり、出来映えをしげしげと確認すると、ようやくハーレイは一息ついた。
「…あのー…キャプテン、今話しかけてもいい?」
 ハーレイは振り向いた。いつもの顔だったので、ジョミーは心の底からほっとした。
「…これは、気が付かなかった。失礼を」
「や、いいよそんなの。お昼持ってきたんだけど」
 ハーレイは目元を綻ばせた。
「有り難い」
 差し入れを食べて匠の手が止まっている間に、ジョミーは出来上がったカボチャを眺める。勿論定型通りの物もあるが、半分は芸術の域に達している例のアレである。もはやカボチャ細工だとかカボチャ工芸だとか呼びたくなる。カボチャはカボチャであるはずだが、銅版画並に繊細な図柄もある。
 抽象的な意匠のカボチャの前で、ジョミーは頭を抱えた。ある意味恐怖すら感じて呻く。
「…分かんない…」
 他のミュウとは違い、人並みに十四年間ハロウィンを楽しんできたジョミーをして想像だにしないこの代物は、一体何の必要があって生み出されたのだろう。シャングリラのハロウィンは、お祭りがおまけでカボチャの展示がメインだと言われても納得できてしまう。
 リオの陰りを帯びた眼差しを思い出し、考えたら終わりのような気がしたので止めた。
 そして、彫っている本人に直接関わるのも危険だと本能が訴えている。少し考えて、山積みの綿や種や皮の片付け作業を担当することにした。昼食を食べ終わったハーレイにそう申し出ると、助かる、という言葉で了承を得た。
 せっせと無言で片付けをしていると、困ったことに一時間半くらいで山が消えた。ハーレイは一心不乱にカボチャを彫っている。暫くすればまた片付ける物も出るだろうが、今のところ手持ちぶさたな状態だ。逃げ出したい気持ちは勿論あったが、山積みのカボチャが視界に入ると何とはなしに罪悪感を覚えてしまう。
 けれどカボチャは彫りたくない。百歩譲って彫ってもいいが、匠の指導は細かすぎる。終了予想時刻が大幅に後ろ倒しになるのは間違いない。だからといって適当なカボチャ彫りを放置したりはしないだろう。何せ匠だ。シドも、カボチャ彫りを手伝おうとしてトラウマを作ったに違いないのだ。多分。
 内心困りきって完成したカボチャを眺めていると、名札がついている物がある。子ども達の注文品らしい。
 ハーレイが一息つく隙を狙って話しかけた。
「出来上がったのでどこかに届けるのある? なんなら持っていくけど」
 ハーレイは頷いた。
「飾り付けはもう始まっているから、そうしてもらえると助かる」
 そんな訳で、ジョミーはシャングリラのあちこちにカボチャを配達し始めた。合間に片付けもした。放置すると、明日ブリッヂにハーレイが入っただけでカボチャの臭いが満ちてしまいそうだったからだ。出来上がった物はともかく、結果的に半日ほど未処理だった綿と種の臭いは容赦ない。
 これは予想通りだったらしく、翌日ブリッヂ要員の密かな喝采を浴びた。

 カボチャが先か、需要が先か分からないが、とにかく艦内のあらゆる所にカボチャを配る。往復する度に、飾り付けられたカボチャがそちこちに増えてゆく。ブリッヂにまでカボチャがこんもり盛られていたのには一瞬疑問を持った。だが、艦長の偉業を称える意味があるのかもしれない。
 とにかく量が多いので、サイオンも使って運んだ。サイオンでのカボチャ扱いは格段に巧くなった。当日、自分のカボチャ一つくらいは余裕でコントロールできるだろう。そう思ったら、目から心の汗がぽたりと落ちた。
 ほぼ全てのエリアにカボチャを配り終わったが、匠の作業はまだ続いている。行く先を指示されていないカボチャが二十ほどある。まだ真っ当なカボチャのままのカボチャはあと僅かだ。同じ所に配るのかもしれない。
 逞しい背中は迫力のオーラを纏い、一心に刃物を使い、鑿を当て、槌を振り上げてカボチャをカボチャとは言い難い何やら凄いとしか言いようのない物に仕立ててゆく。
 臭い対策に床掃除をしながら作業終了を待った。やがて、カボチャを彫る、もそっとした音が止まった。匠の目が、最後のカボチャの出来をじっと検分する。
「…完成だ」
 満足げな独白に、どうリアクションしたらいいのか分からなかったので、全力で拍手を贈ってみた。キャプテンははにかんだ。内心、なおさら困った。
「有り難う。きみのおかげで作業に集中できた」
「うん、それなら良かったよ、本当に!」
 声がわざとらしく上擦った気がするが気にしない。最後に出来上がったカボチャは、なんだか芸術が爆発しそうな感じの代物だった。
「で、この…、力作は、どこに持っていく物なの?」
「残りは青の間だ」
「青の間? これ全部?!」
 目を丸くしたジョミーに、魂が抜けかけているが気力だけで立っているようなハーレイは重々しく頷いた。
「それはだな」
 言いかけて、ハーレイの長身がくらりと傾いだ。
「キャプテン、大丈夫?」
 駆け寄るまでもなく踏み止まり、軽く頭を振るとハーレイはきりっと表情を改めて答えた。
「いや何、毎年のことだ。終わって気が緩むと疲れがどっと来てしまう」
(どんだけ…)
 口には出さなかったが、顔には出てしまったかもしれない。思念は漏れていないことを祈るのみだ。
「とにかく、今日はもう寝た方がいいよ。お疲れさま!」
 ジョミーは部屋の出口に向かってハーレイを追い立てた。
「その前に、ブリッヂで今日の報告を」
「ぼくが聞いておくから! あと、このカボチャは青の間に飾り付ければいいんだよね?」
 暫く逡巡したが、最終的にハーレイは頷いた。
「済まないが、頼めるだろうか」
「勿論!」
「なるべく、楽しそうな雰囲気にしてほしい」
「はいはい!」
「いや、理由があるのだ」
 尚も心配そうに色々付け加えたが、ようやく足音が遠ざかった。
 こうして、匠の一日は終わった。
 がらんとした大部屋には、溜息をつく次期ソルジャー(兼、結果的にみんなの使いっ走り)が残った。朝見たカボチャの大まかな数を今までの時間で割って一個当たりの数字を出そうかとちらりと思ったが、計算した所でネタにもならなそうなので止めた。艦内のミュウには衆知のことだろう。
 何より、掃除してシャワーを浴びて、立ちこめるカボチャの臭いと一秒でも早く縁を切りたかった。
「…よく毎年やってるよなあ、こんなこと」
 いっそ自分のカボチャは自分で彫る方針にした方がいいのかもしれないと考えたが思い直した。切っ掛けは明らかにブルー含む長老達の策略だが、その後も延々と続いているのは、ハーレイがやりたくてやっているからなのだろう。でなければ、いくら何でも二百年も続くわけがない。
「人のやり甲斐は奪っちゃ駄目だってパパも言ってたし、口出すの止めよう」
 うん、と一つ頷くと、ジョミーは青の間にカボチャを転移させ、部屋の掃除から取りかかった。消毒液を大ボトル一本使い切って、ようやくカボチャ臭が消えた。
 ハロウィンの支度をしているのに、既にイベントが終了したような気分になっている。勿論まだ楽しんでいないので、疲労感が余計に背に重い。少なくとも、片付けに関しては何か手を打とうと決意した。

 話を聞き終わると、ブルーは堪えかねたように吹き出した。寝台の上に起こした半身が小刻みに震えている。
「…それは、大変だったね?」
「まあね」
 ジョミーもくすりと笑う。
「後で色々聞いたらさ、みんなカボチャの量については気にしてないけど、臭いに困ってたみたい」
「一日中あの環境だと、本人は麻痺してしまって気付けなくてねえ」
 ブルーはしみじみと遠い目をする。おそらく、初めにけしかけたのはブルーだろうなと確信を抱きつつ、ジョミーは頷いた。
「だろうね」
 ところで、とジョミーは身を乗り出した。
「あなたの体調はどうなの?」
 ハロウィン当日、二週間ぶりに起きた人は、クッションに凭れてにっこりと笑う。
「大分いい。皆の力作を見て回るのは無理だけど」
 白い瞼がふっと降りる。艦内の様子を視ているのだろう。
「楽しんでいるようだね。空気は感じられる。ここにいるだけで十分だ」
 赤い瞳が銀色の長い睫の下から現れ、楽しそうにジョミーを見る。
「きみの仮装も見れたことだしね」
「うーん、フィシスに遊ばれてる気がするんだけど。変じゃない?」
 ジョミーは腕を持ち上げ、自分を点検する。漆黒のタキシード、翻るマントの裏地は鮮やかな赤。フィシスのチョイスはヴァンパイアだった。
「よく似合ってるよ」
「つかさ、フィシスって目、見えないんだよね?」
 着終わって大喜びされたのがどうも解せない。
 ブルーはどこか諦めたような顔で笑った。
「心の目で見ているんだそうだよ。本人曰く」
 額に第三の目があると言われた方が納得したかもしれない。ともあれ。
「それは、突っ込まない方がいいってこと?」
「知らない方が幸せなこともある」
 妙に重みのある言葉だった。
「…分かった」
 頷くと、ブルーは辺りを見て首を傾げる。
「それはそうと、もう少し賑やかな飾り付けの方が良くないかい?」
 青の間の緩やかなスロープに沿って、ランタンがぽつぽつと灯りを零している。青の間の静寂を乱さない、シックな雰囲気だ。人によってはホラーハウスと言うかもしれない。
「大丈夫! ぼくがいるもん」
 小道具の牙を装着してジョミーはにっと笑った。
 青の間は、普段近くで騒がないようにと言われているせいか、こういう場合でも子ども達が近寄らない。ブルーが出歩いている時は近寄ってもいいが、部屋に行ってはいけないと思っているようだ。
 だからこそ大量のカボチャを飾り付けて来やすいように演出をしているそうなのだが(ハーレイ談)、結果として毎年用意したお菓子は無駄になって、結局自ら配りに出ていくらしい。
 青の間の中だけ飾り付けてもね、とジョミーは笑う。
「みんなで来るよ。待ってて」
 ブルーは、どこか眩しそうに微笑む。
「楽しみにしているよ」
「あ、そうだ。ブルー、Trick or Treatって言って」
「ぼくが?」
 目を丸くしたブルーに、ジョミーは笑いかけた。
「そう。言ったことないでしょ?」
 ブルーは苦笑を浮かべる。
「…記憶にはないが、そういう年齢はとうに過ぎてしまっているし」
「いいから! 大体、あなたと年齢の話したらどんな時期も過ぎちゃってるで終わるでしょ」
 目をぱちぱちと瞬かせ、ブルーはぽんと手を打った。
「それもそうだね」
 それから自分の姿を見下ろした。
「仮装していないけれど、いいかな」
「ソルジャーなんか毎日仮装じゃない?」
 渋い顔でジョミーが零すと、ブルーはまた笑う。それに笑い返して、ジョミーは襟元に手をやった。
「したいならマント貸そうか?」
 ブルーは少し考えて、唇に笑みを含ませた。
「いや、いい。ヴァンパイアに言うのも面白そうだ」
 一呼吸措いて、紅い瞳がじっと見つめてくる。吸い込まれそうな深さに鼓動が跳ねた。
(ブルーは仮装いらないかも。なんかもう…)
 薄い唇が震えるように動いて、良く通る声が鼓膜を震わせる。
「Trick or Treat?」
 どうせなら悪戯されたいと喉まで出かかった。
 ジョミーは大きく息を吸い込んで、ラッピング済みの紙袋を渡す。
「はい、どうぞ。リオと二人で作ったんだ」
「有り難う」
 ブルーは不思議そうにクッキーの袋を受け取った。
「きみはお菓子をもらう側じゃないのかい?」
「リクエストがあったからさ」
「なるほど」
 ブルーが嬉しそうに見えたので、ジョミーは満足して立ち上がった。
「それじゃ、そろそろ行くね。」
「楽しみにしている」
「あとさ…、終わってから、また来ていい?」
「勿論。構わないよ」
 ジョミーはぱっと表情を輝かせた。上体を屈めて、ブルーの額にキスをする。
「お菓子は、いらないから」
 頬を少し赤く染めて身体を離すと、ブルーの返事を待ってじっと紅い瞳を見つめる。
 ほっそりした手が上がって、ジョミーの頬を撫でる。
「楽しんでくるといい。きみからその話を聞きたいな」
「う、うん」
 内心で、どっちだ! と叫ぶと、ブルーはにっこり笑った。
「気分で」
 心の叫びは見事に読まれたらしい。負け越しの気配が濃厚に思える返事に、ジョミーはよろりときびすを返した。
「…いってきます…」
「そこまでがっかりする事かな?」
 ぽつりと背中にかかった声に、泣きそうになった。
「悟れてない若造なので! ほっといて!」
 ブルーはくすくすと笑いながら、独り言のように言う。
「お菓子を大分用意したからねえ、要らないと言われても困るな」
「…えーと?」
「何もなければ、悪戯になるんだろう?」
「!」
 何が何でも頭数を揃えようと決意する。育成部にいる子どもだけでは足りない気がする。必要なら、ブルーにとって子どもと思える全員を青の間に連れてもこよう。
「じゃあ、また後で!」
「うん」
 ブルーの笑う気配を背に感じながら、ジョミーは祭りという名の狩場に踏み出したのだった。

 結局、青の間に出来た行列は明け方近くまで途絶えることはなかった。飾り付けられた艦内を片付ける、涙目の新米ソルジャーを皆が生温い目で見守っていたそうである。










後書き
せめて去年の内に終わらせたかったのですが(滝汗)2011年のハロウィンの企画に参加させて頂きたかったので考えた話です。
最初、普通にジョミブルの話を考えていたのですが全く形にならず諦めていました(十月中に終わりそうもなかったし・苦笑)。
ある日突然「ハーレイがカボチャをくりぬく一日トライアル」というキーワードがぽこっと出て、
話の全体は見えてきたのですが、書き終わるまでが本当に長かったです。
ただハーレイがカボチャでランタンを作って、その匠っぷりにジョミーが戦きつつも呆れるだけの話だったのに(笑)。
で、それだけじゃ私しか楽しくないかも知れないと思いましてジョミブル的エピローグを付けてみたのですが
(一応サイト傾向を主張してみました・笑)これまた長くなった上にオチがこれか。
最早誰得の話なのか分からない。私得以外はもう本当にどうしようもない!(おい)
「待ってます」とか「楽しみにしてます」と言って下さった方ががっかりされるんじゃないかとヒヤヒヤしてますが(汗)
笑って頂けたら嬉しいです…(地の底に帰りたい気分)。
ちなみに、最初はまんま「ハーレイがカボチャをくりぬく一日トライアル」を仮タイトルで付けていたのですが、
出オチになるので(笑)適当に付けました。ページタイトルには残してあります。
それにしても、別部屋じゃない処更新したの久し振りです(笑)。