話し声


ある夏、夜中にふと目覚めると、隣で眠っていたはずの進藤が布団の上に起き上がり、
何やらぶつぶつ喋っていた。


「進―」

寝ぼけているのだろうかと声をかけようとして、なんとなくぼくはそれを飲み込んだ。

聞こえてきた言葉の欠片にぎょっとしたからだ。

「いいからもうとっとと成仏しちまえよ」

眠っているふりをして薄目でそちらを見るけれど、彼の周りにはもちろん誰もいない。

「はぁ? 知んねーよそんなこと。とにかくこいつはおれのだから、ちょっかいかけたら
許さないからな」


一体誰と喋っているのか。

否、進藤は『何』と喋っているのだろうかとぼくは肌を泡立たせながら思った。

「はいはい。別におれのこと恨もうと何しようと構わねーよ」

「ん? ああ、そうなんだ。それは塔矢にちゃんと言っておく」

「大概しつけーな。とにかくもう二度と出てくんな!」

一体どれくらい話し続けていたことだろう。やがて唐突に部屋の中は静まりかえった。

「あー…面倒臭ぇ」

ぽつりと進藤が呟いて、それからため息をつく音が聞こえる。

「これが無きゃ、泊まりに来るのは好きなんだけどなぁ」

とにかくこの家古いからと独り言を呟いて静かに彼は横になった。

「おまえもさ、早くこんな家出ろよ」

おれ、毎晩身が持たねえと続けられて起きているのを気づかれていたのかと驚いた
が、それもまた独り言だったらしい。


「こんな所におまえが一人でいるなんて、おれはヤだ」

進藤はそう言ってそのまますうと眠ってしまったのだった。


一体あれはとぼくはその後朝まで一睡も出来なかったのだけれど、目覚めて後に
「仏壇の花が萎れてる」と言われ、確認して本当にそうだったと知った時、一人暮ら
しをしようと心に決めた。


怖かったからでは無い。

泊まりに来る進藤がぼくを守るためにいつも睡眠不足になってしまうのは可哀想だと
思ったからだった。



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