★300000hitキリリク1
つーんな猫
進藤は元々動物の類が嫌いでは無い。
動物園に行くのも好きだし、動物が出てくる番組を観るのも好きだ。
仕事で出向いた先に犬や猫が居れば、スーツであることも忘れて遊んでしまい、毛まみれに
なって怒られることも間々あった。
なのにどうして今まで何も飼ったことがが無いのかと、それがとても不思議だったので、ある
時ふと思いついて聞いてみた。
「だっておれ、あんまり家に居なかったし」
進藤の答は簡単だった。
「いっつも外で遊んでいて家に居ねーんだもん。帰る頃はもう真っ暗でさあ、それで何か飼う
なんて出来るわけないじゃん?」
そしてそれが落ち着いた頃にはもう囲碁を始めてしまったからと言う。
「そうしたらやっぱり家になんて居ないじゃん。頭ん中は打つことと強くなることで一杯で、学
校と棋院と森下先生んちとおまえんちの碁会所の行き来ばっかりでさ」
何か生き物を飼おうとか、そんなこと考えもしなかったと、進藤は苦笑するようにぼくに言っ
た。
「そうか…そうだね」
そして大人になった今は更に何かを飼うことなど出来ない状況になっている。
手合いがあれば地方にも行くし、何日も何週間も帰らないこともある。生き物を飼える環境
だとはお世辞にも言えない。
「まあ、でもいいんだ」
その責任の一端はぼくにもあると思ったので、申し訳無いような気持ちになっていると、進
藤はにっこりと笑ってぼくを見た。
「今は一匹飼っているから、それでいいんだよ」
「飼ってる?」
きょとんと見詰め返してしまったのは、彼とぼくは一緒に暮らしていて、もちろん犬も猫も何
も飼っていないのを重々承知していたからだ。
「…ベランダのポトスの鉢のことでも言っているのか?」
「違うよ、もっと大きくてカワイイのがいるじゃん」
「リビングのベンジャミンのことか?」
「いい加減鉢物から離れろって、ちゃんと息して動いてカワイイものがいるじゃんか」
さてはぼくに隠れてこっそりリクガメでも飼っているのかと、悩み始めてしまったのを笑いな
がら指で額を小突く。
「人懐こくて、でも人慣れしなくて、ちょっと触るとすぐ怒る、美人で可愛くてつーんな猫がさ」
ここに一匹いるじゃんかと、重ねて言われてようやく解った。
「ぼくは猫なんかじゃ―」
無いと言いながら、頬が熱くなるのが自分で解る。
確かにぼくは猫じゃない。
依存しているつもりも無いし、飼われているとも思っていない。けれど愛情に包まれて、彼
の隣で眠る時、自分を満ち足りた猫のようだと思う時があった。
「ん? 反論あるなら聞くけど?」
「ぼくは―」
必死で言葉を探しながら言う。
「ぼくは人間だし、それに…飼われてなんかいない」
飼われているのでは無くて、飼われてやっているんだと、睨みながら言ったら進藤は一瞬
鼻白んだような顔になり、それからいきなり吹き出すと弾けるように笑い出した。
「うん、そうだな、悪かった。おれが飼ってるんじゃないな。おまえが飼われてくれているん
だよな」
それはまるで言葉遊びのようなほんのささやかな違い。けれどぼくにとってはどうしても譲
れない大きな違いだったのだ。
「…やっぱ猫」
「え?」
「おまえやっぱり猫だよ。しかもかなり強烈にツンデレな猫だと思う」
どこがと反論するより先に口づけられた。
「カワイイなあ、大好き」
おまえがいれば一生なんの動物も飼わなくてもいいんだと、進藤は満足そうに微笑みなが
ら、機嫌良く何度もキスを繰り返しぼくの文句を封じたのだった。
※「飼われている」のと「飼われてやっている」の違いは無いようで大きな差があるような。本当に言葉遊びのようですが、
「飼いたい」ヒカルにアキラは「飼われてあげている」んですよ。
というわけで300000を踏まれたAnneさんのリクエスト「つーんな猫」でした^^
2010.11.2 しょうこ