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箱の中の猫



喧嘩するのはいつものことだけれど、今回は謝る機会を失った。

つまらないことで言い争って、明けた朝にぼくが地方での仕事に出かけ、帰って来たら
入れ違いに彼が関西に旅立ってしまった。


海外で無かっただけまだ良いとも言えるのだが、なんだかんだで仲直りする暇も無く、
ぼくは進藤と一週間ばかり顔を合わせることが出来なかった。


(メールでも来ればまだ良かったのだけれど)

今回は余程腹が立っていたらしく、いつもなら早々に折れて来る進藤が一度もメールを
くれなかった。電話に至っては言わずもがなで、困ったなとぼくは思った。


こんなことを言うと怒られてしまいそうだけれど、実はぼくは自分から謝ることに慣れて
いない。もちろん普通に人と付き合う上で間違いを犯した時にはすぐに謝ることが出来
る。


けれどこんな風に、ごく親しい相手と喧嘩をした時にどうやって仲直りしたらいいのかが
解らないのだ。


なので意地の張り合いの末、半年も話さない、会わないというようなことも以前はあった。
しかし今では彼の方がぼくの性質を飲み込んで、不承不承でありながら、先に折れてく
れるようになったのだ。


「…どうしよう」

離れて暮らしているならまだしも、一緒に暮らしているのに進藤と口もきけないのは正直
辛い。けれど面と向かったら気持ちに反して憎まれ口をきいてしまいそうな自分が居る。


(素直にごめんって言えればいいのに)

進藤はもう今日の夜には帰って来る。そうしたら嫌でも顔を合わせないわけにはいかな
い。


「ごめん…ごめんなさい。ぼくが悪かった…」

ぶつぶつと口の中で繰り返してもいざと言う時、ちゃんと言えるか自信が無い。

「そもそも今回のことだってキミがあんなに意固地にならなければぼくだって―」

言いかけて、途中でそれが文句に変わっていることに気がついて深く落ち込む。

「猫だったら良かったな…」

思わずそう呟いてしまったのは、ふと実家の庭に出入りしていた野良猫のことを思い出
したからだった。


決して器量が良いとは言えないその猫は、野良にしては珍しく人懐こくて母やぼくの膝
によく乗って来た。


その一方で、人の側から触られるのは嫌だったらしく、うっかり手を出して引っかかれた
ことが二度、三度とある。


もう二度と抱いてやるものかと拗ねた気持ちで思って居ると、猫ながら悪いと思ったのだ
ろう。いつも以上に人懐こくすり寄って来て、結局負けて膝に乗せてしまうのが常だった。


(あんな風に余計なことを考えず、相手の懐に入ってしまえればいいのに)

進藤にすり寄って行こうとは思わない。けれど、せめて自分が悪いと思った時には素直
に謝ることが出来ればいいのにとそう思った。


「そう…今回はぼくが悪かった」

ぼくの方が悪かったのだと思えた時に閃いた。


用意したのは段ボール箱が一つ。

テレビを買い換えた時にそのまま畳んでクローゼットにしまっておいたものだった。

それを組み立てて玄関に置くと、その中にぼくは入り込んだ。

馬鹿にされるか、呆れられるかと不安もあったけれどそのまま待つことしばし、聞き慣
れた足音がマンションの外廊下から近付いて来て、やがて鍵を開けてドアが開いた。


「…ただいま」

塔矢? と真っ暗な室内に、進藤が不審そうに声をかける。

「おっかしいなあ…出かけてんのかな…」

手探りで灯りをつける気配がして、次に驚いたような声が響いた。

「わっ、なんだこれ!」

玄関にどんと置かれた段ボール箱を見たのだろう、恐る恐るのぞき込んで再び進藤
は叫び声を上げた。


「こんな所で何やってんだ、おまえ!」

膝を抱えて座り込んでいたぼくは、彼の声にゆっくり顔を上げると、恥ずかしさを堪え
て「にゃあ」と小さく呟くように言った。


「にゃあっておまえ…」
「おまえじゃない。猫だ」


あまりにも可愛げが無いから自分で自分を捨てたのだと言ったら、進藤は面食らった
ように黙り込んだ。


「捨てられた猫だから警戒心が強くて人慣れもしない。飼うのはきっと大変で、拾った
人はものすごい苦労をすると思う」


大切にされても素直になれない。撫でられる手を噛むこともあれば恩知らずに引掻く
こともあるだろう。


「キミはそんな猫を見つけたら…拾うかな、拾わないかな」

進藤は優しい。少なくともぼくに対しては優しすぎる程優しいと思う。だらこそぼくはそ
の優しさに甘えきり、今日まで素直に謝ることをしないで来てしまった。


「…拾わなくてもいいんだ。それが当たり前だと思う。こんな可愛げの無い猫、誰だっ
て欲しいと思う訳が無い」
「…塔矢」
「この間は…ごめん」


絞り出すように言った声はあまりに小さくてきっと進藤の耳には聞こえ無かっただろ
うと思う。けれど―。


「馬っ鹿じゃねーの?」

しばらく黙った後、進藤はぽつりと言った。

「拾わないわけ無いじゃん。こんなに可愛くて可愛くて可愛すぎるくらい可愛いのに」
「進藤…」
「…おれの方こそごめん、悪かった」


そしてぼくに向かって手を差し伸べると大好きな笑顔で優しく笑った。

「良かったらおれに拾われてくんない?」

おまえを飼いたい。噛まれても引っかかれてもどんなことをされても気にしないからと、
その言葉はぼくの胸の奥底まで染みた。


「おれも決していい飼い主じゃ無いと思うけど、大事にする。努力するから」
「ぼくも努力する」


きっとキミを幸せにするからと、言ったら明るく声を上げて笑われた。

「シアワセだよ、もう。ずっと最初から」

そしてぼくの体に腕を回すと引っ張り上げるように抱き上げたので、箱の中の猫であ
るぼくは素直に彼に拾われて、その温かい胸にしがみついたのだった。




※三つお題候補をいただいた時、一番最初に浮かんだのがこの話でした。箱の中にちょこんと座るアキラ。
有り得ないーと思いつつ、やる時はやる若先生だからこそ、こういう思い切ったことも出来るんじゃないかなと。
ヒカルにしてもこれで仲直りしたく無いわけが無く、この後はラブラブ甘甘な展開になったことと思います。
300000を踏まれたAnneさんのリクエスト二つ目、「箱の中の猫」でした^^
2010.11.4 しょうこ