BAD DAY−BLUEDAY
『だから違うんだってば!』
彼からかかってきた携帯をみなまで聞かずに切ると、ぼくはそのまま電源も切った。
違うんです、ごめんなさい。
誤解だから勘違いしないで。
例え何百回言われようとも、彼のベッドに彼以外の人が眠る姿を見つけたショックは当分抜けそうに
なかった。
その日、別に約束をしていたわけでは無かったけれど、たまたま知り合いからもらいものをして、それ
が進藤の好きそうなものだったから、ぼくはそのままそれを彼のマンションに持って行った。
駅から歩いて五分のマンション。新築では無いものの、比較的新しいそこはぼくの家からも歩いて十分
かからない所に建っている。
一人暮らしを始めるにあたり、進藤はぼくの家に近いということを第一条件に探し、引っ越しが決まった
時にぼくに合い鍵をくれたのだった。
「おれがいない時でも別に入っちゃってかまわないから」
好きにしてと、元々彼は人に対して垣を作らないタイプではあるものの、渡された鍵は特別な親密さを示
すようでぼくは嬉しくてたまらなかった。
以来、彼の言葉通り、彼がいてもいなくてもぼくは彼の部屋に行くようになったし、会うのに特別に約束と
いうものをしなくなった。
半同棲状態と、進藤がふざけて言ったけれど、実際にぼくは半分自分の部屋のような気分で入り浸るよ
うになっていたのだ。
だからお裾分けの袋を持ちマンションにやって来た時も、事前に電話もかけなければ下からインターホン
で呼び出すこともしなかった。いつものように合い鍵でドアを開け、部屋の中に入って行ったのだ。
しんと静かな部屋の中、入ってすぐ靴を脱ごうとした所であれ? と思った。
いつも履いているスニーカーが無くて、代わりに見慣れないヒールの高い靴が揃えて置いてあったからだ。
若やいだ色の細身の靴をよく考えればそんなことは無いとわかるのに、その時は一瞬、彼のお母さんでも
来ているのだろうかと思った。
「進藤―?」
来客中だろうかと、でもその割に話し声の聞こえない室内を首をひねりながらぼくは奥へと行った。
台所にもリビングにも人の姿は無くて、リビングの隣の和室にも誰もいない。
留守なのか? と更にその奥、彼が寝室にしている洋間に入った時に、ベッドの上の人型の盛り上がりに
気がついた。
(まだ寝てるんだろうか?)
「進藤―?」
声をかけて揺さぶったぼくは、うめき声と共に現れた顔を見てぎょっとした。それは進藤ではなかったからだ。
「ん? あれ…塔矢ぁ?」
眠そうに布団を持ち上げて顔をのぞかせたのは確か進藤の院生仲間だとかいう、奈瀬という少女で、まだ半
分寝ぼけているのかとろんとした目でぼくを見ると眠たそうに言った。
「なに? なんで塔矢がいんのぉ?」
何故とそれはこちらの方が聞きたかったけれど、あまりに驚いてしまったのでなかなか適当な言葉が見つか
らなかった。
「あの…進藤は?」
ようやく、それだけを言うと相手はあくびをかみ殺しながら「進藤?…そこらにいるんじゃないのぉ?」と言った。
「そう…ありがとう…」
我ながら間抜けだとは思ったけれど、他にどうも言えなくて、それだけを言うとぼくは逃げるようにマンションを
後にした。
よく取り乱さずに済んだものだとそれだけは自分を褒めてやりたいと思いながらも、でも気を抜けば泣きそうに
なって困った。
進藤から電話がかかってきたのはのろのろと歩いた足がちょうど家にたどり着いた頃で、着信の名前を見た時
に、出ようか出まいかかなり迷った。
それでも、しつこくいつまでたってもコールは切れないので仕方なく出た。
『塔矢?それ違うから!』
ぼくが何を言うより先に、叫ぶような第一声が耳に響いた。
『今、奈瀬から電話あっておまえ来たって言うからさぁ…絶対誤解してると思うけど、それ勘違いだから! おれ
あいつとはなんでも無いから!』
「別に…キミが誰とどうしていてもぼくには関係無いけど」
『ってやっぱ怒ってんじゃん、だーかーらー』
違うんだって、飲み会でみんなつぶれちゃったんだけどあいつ女だから男だらけの中に置いておけなくておれんち
に寝かせたんだって、それだけなんだってばと、進藤は必死な声で繰り返し繰り返しぼくに言った。
確かに思い返してみれば、ベッドの中の彼女は服を着たままだったし、そういうことがあったような気配は無かった。
『おれ、和谷んちに泊まって、部屋には奈瀬だけだったんだってば!』
信じろよ、おまえを裏切るようなことはなんにもしてないったらと、でもあんまり繰り返し言われると、実は本当は何
かあったのではないかと逆に疑いたくなってしまうのは何故だろう。
『なあお願い、信じてって!』
進藤は結構そういう所に気が回るし、けじめはきちんとつける方だから、もし本当に浮気をしたのだったら、そのこ
とで嘘はつかないだろう。そう理性では思ったけれど。
でも…。
でも…痛くてたまらないこの胸はどうしたらいい?
『なんとか言えよ、怒ってんのわかってるけど、でもなんか言ってくんないとおれ…』
どうしていいかわかんないじゃんと、終いに懇願に近くなってきた声に何か答えなければと思い、でも声が出なかった。
『塔矢っ』
「ベッドを―」
ベッドを買い換えるまではぼくはキミに会わないからと、ようやく出たのはそんな言葉で、でももうそれ以上は何も言え
ず、ぼくは携帯を切った。
『だから誤解なんだって!』
すぐにまた携帯が鳴り、進藤は絶叫のように叫んでいたけれど、でもそんなふうに言う言葉もなんだかもう聞いていら
れなくて、ぼくはみなまで聞かないで切ると、もうかかってこないように今度は電源も切ってしまったのだった。
今どこにいるにしろ、きっとすぐに来るだろうと思った通り、進藤は三十分しないでぼくの家にやって来た。
「塔矢っ、おれだって、入れてよ」
何度も何度もインターホンを鳴らし、それでもぼくが出ないでいるとがんがんと力任せに玄関の戸を叩きはじめた。
「塔矢っ、おれだって、入れてくんねーと無理やりにでも入るぞ、おい!」
逆上しているのか進藤は声も大きく、このままでは近所の人に通報されかねないなと思った。
「どなたか知りませんが、今は取り込んでいますのでお引き取りください」
玄関まで出てそう言うと、引き戸の向こう、磨りガラスに写った進藤の影がぴたりと止った。
「塔矢っ、何ふざけてんだよ、おれだって―」
「おれって言う名前の人に知り合いはいません」
「進藤ヒカル十八歳だ。開けやがれこのやろう!」
このやろうと言われて、どうして開けてやろうなんて気持ちになるだろうか?
「どうぞお引き取りください。帰らないなら警察に通報しますから」
「って塔矢っ」
ガンと大ぶりな手が再び戸を叩きはじめ、ガラスが細かく震えだした。
「やめろ、戸が壊れてしまうじゃないか!」
今にも割れそうなガラスについ声を荒げると、進藤は尚いっそう強く戸を叩き出した。
「進藤っ!」
「…やっと名前呼んだ」
しんと静まりかえったかと思ったら、ぽつりとつぶやくように進藤が言った。
「…開けてよ。言い訳くらいさせてくれたっていいじゃんか」
「言い訳ってなんの?」
彼女とは何でも無かった、ただ泊めただけだと、それはもう何十回も聞いている。
「おれ本当に奈瀬とはなんにも―」
「そんなことわかってる」
怒って腹を立てて悲しみで一杯になって、でもそんな頭の中にだってちゃんと冷静さは残っている。進藤の説明は
聞いたし、なるほどそういう事情ならあり得るかもしれないとわかっているのだ。
「わかってるんならなんで!」
なんでそんなふうに怒ってるんだよと言われて、つい叫んでしまった。
「わかっていたって、嫌なものは嫌なんだ!」
あれを見た時、全身が粟立つような気がした。
いつか来るのではないかと漠然と恐れていたものが具象化したような。
見たくないと願っていた悪い夢が現実になってしまったかのようなそんな暗闇に落ちるような気がした。
「―ぼくはキミが彼女を抱いたんだと思った」
ぼくを抱いたベッドで同じように彼女を抱いたのかと思ったら、憎しみに近いくらいの嫌悪感が沸いた。
「だってキミは別にゲイじゃないし、本当は女の子の方が好きじゃないか」
ぼく自身もそうであるけれど、彼の嗜好は至極ノーマルで、単にぼくとの関係がイレギュラーなのだ。
「ぼくとの関係は不自然だし、どう考えたって女の子の方がかわいいし、綺麗だし」
いつか本来の嗜好に立ち戻って、ぼくを捨てるのではないかと、ずっとそれを恐れていたから―。
「とうとうその日が来てしまったんだって―」
「だからそれは誤解だって…」
「わかってる」
わかっているけど、いつか本当にそうなるかもしれないと思ってしまったのだと言ったら進藤は黙ってしまった。
「悪いけど…あのベッドにぼくはもう寝ない。あれがある限りはぼくはキミの部屋には行かない」
バカだとは思うけど、見るたびにきっと切ない気持ちになるから当分会わないことになるだろうと、そう言ったら
うつむいていた進藤の影が正面を向いた。
「…新しいベッドを買ったら会ってくれる?」
「わからない」
「もう誰も泊めない。おまえ以外、だれも部屋に泊めたりしないから」
会わないなんて言わないでと言われて、止まりかけていた涙がまたあふれた。
「ごめん―でも、やっぱりしばらくはダメだと思う」
鍵は後で返すからと、そう言った時、いきなり影が動いた。
「―開けて」
言って、がんと戸を足で蹴る。
「な…」
「開けてくんないと蹴破る」
ガンガンと、実際に手で叩くよりも戸は軋み、大きな音をたてた。
「ちょ…なにするんだ! 本当に壊れてしまうだろう」
「だから壊すんだって、誰かさんが開けてくんないんだったら、こうしないともう会えないじゃんか」
ガン、ガツン、ガシャンと音はどんどん激しくなって行き、やがてピシ…という音と共に一面にひびが入ると、ガ
ラスは粉々に砕け散ったのだった。
「進藤っ!」
なんてことをと叫ぶ前に、進藤はかろうじて残った桟を二蹴りほどで綺麗に抜いて入ってきていた。
「―不法侵入だ」
まさか本当に蹴り壊すなどとは思いもしなかったので呆然としてつぶやくと、進藤はまっすぐにぼくの前まで来
て、それからぼくをぎゅうっと抱きしめた。
「…なんでそんな悲しいこと言うんだよ」
「え?」
「いつかおれがおまえのこと捨てるなんて、なんでそんなこと」
「だって!」
「おれ、おまえしか好きじゃないから! おまえより好きなヤツなんてこの世のどこにもいないから!」
言って進藤は腕を緩めると問うようにぼくを見た。
「なあ、おれってそんなに信用無い? そんなに浮気しちゃいそう?」
おまえのこと一生愛し続けられなさそうにそう見える? と尋ねられてゆるく首を振った。
「機会があれば女とヤっちゃって、そんでおまえのこと捨てるって本当にそう思う?」
「…まさか」
「だったら信じてよ、おれ絶対浮気なんかしない。好きでもないやつと遊びでなんか寝たりしない」
「信じたいよ…でも」
もしも、いつかの可能性がほんの少しでもあるのだとしたら、それだけでぼくはもう耐えられない。そのことに
今回初めて気がついてしまったから。
「キミを閉じこめておけたらいいのに」
泣きながらこぼした言葉は、ずっと押し殺してきたぼくの本音だ。
「ぼく以外見られないように、ぼくだけを好きでいてくれるように、どこかにキミを隠しておけたらどんなにいい
だろう」
笑ってしまう。
自分がこんなに脆いだなんて思いもしなかった。
ほんの少しのことでここまで揺れてしまうほど、自分が進藤を好きだということにも、ちっとも気がついていな
かった。
「ねえ、なんで? なんでそんなに不安になっちゃう?」
「わからない…自分でも」
何百回好きと言われても、何千回愛してると言われても、それでも満たされない。
「こんなに…誰かを好きになったことが無いから、どうしていいかわからない…んだ」
いつでもぼくの目の前にあったのは、白と黒。はっきりと結果が見えるものだけだったから、こんな形の無いも
のはわからない。
「塔矢…」
「ごめん…子どもみたいなことを言っているってわかってる」
ぼくは単にキミをぼくだけのものにしたいんだと、そう言ったら進藤はため息のように息を吐いた。
「そんなん、おれもう最初っから全部おまえのなのに…」
「それでもキミはぼく以外の人を見る。ぼく以外の誰かと話をして、笑って、ぼくの知らない時間を持つじゃないか」
友達の一人もいないぼくとは違って、男女を問わず人に好かれてたくさんの友人を持っている。
「キミは、みんなのもので、ぼくだけのものにはならないじゃないか」
「それが、そんなに苦しい?」
恥ずかしいとか情けないとか、そういうことを忘れてこくりと頷く。
「じゃあおれ、どうしたらいい? どうしたらおまえ、苦しくなくなるの?」
「だからわからないんだってば!」
どんと進藤の胸板を叩くと、その手を握り取って進藤は唇を押し当てた。手の甲にされたキスはかするようで、で
もとても優しかった。
「欲しがれよ、全部」
「え?」
「欲しいって言えよ。いつも、普段の時でも、今言ったみたいにおれに言えばいいんじゃん」
他の人を見るな、自分だけ見ろっておれにこの口で言えよと、言って進藤は今度はぼくの唇に唇を押し当てた。
「なあ、おれほんとにおまえのこと好き。どうしたらマジ、信じてくれる?」
熱い舌で唇の輪郭をなぞり、それからゆっくりとこじあけて入ってくる。
「なあ」
口の中全てを探るように、上顎の内を舌でなぞられて、ぞくりと体に震えが走った。
「どうしたらおまえ―」
「信じ…させて」
キスで、舌で、体でそれをぼくにわからせてと、ようやく離れたキスの合間に荒い息で言う。
「わかるように抱いて」
疑いを持つことも出ないくらいにと、そんな淫らなことを自分が言うとは信じられなかったけれど、でもそれは体
の芯から沸き上がる、切望に近い衝動だった。
「ぼくが微塵もキミを疑ったりしないような」
そんな激しい証が欲しいと、そう言ったら進藤は少しだけ驚いた顔をして、それから優しく耳元で囁いた。
「―わかった」
わからせてやっからと、そしてそのままぼくの返事を待たずに貪るようにキスをした。
熱く―甘く。
折れるかと思った強い抱擁の後、進藤はぼくを廊下に組み敷くと、ゆっくりと服を剥いでいったのだった。
何回目か、到達した後に「愛してる」と囁かれたのは覚えている。
開け放した玄関から、声が漏れ聞こえてしまうのではないかと最初の頃、そんな心配をしたのも覚えている。
熱くて、熱くて、でも背に当たる廊下の板は冷たくて、その冷たさを感じながら吠えるように叫んでしまったのも
覚えている。
でも、いつ自分が気絶してしまったのかは全く覚えていなかった。
気がついた時、自分はまだ廊下に寝ていて、でも引っ張り出してきたらしい布団が山のようにかけられていた。
「進藤…?」
辺りを見回して、でも進藤がいないのに不安になって名を呼ぶと「なに?」とのんきな声で外から進藤が顔をの
ぞかせた。
「起きた? 服着せようかと思ったんだけどボタンちぎれちゃってたからさぁ」
取りあえず風邪ひかないように布団着せておいたのだと言う進藤の手には金槌が握りしめられていた。
「戸を直して…くれていたの?」
「んー、直すって言うか取りあえず応急処置」
のろのろと這うように近寄って見れば、いつの間にか割れたガラスも桟も綺麗に片づけられている。
「さっき電話帳で建具屋探して聞いてみたんだけどさー、やっぱ今日中には入らないんだって」
だから板で塞いでおくからと、どこから引っ張り出してきたのか、進藤は意外にも手際よくベニヤ板を枠だけに
なった引き戸に打ち付けているのだった。
「それ…」
「ああ、なんか裏の方探したら物置ん中にあったから。新しい戸が入ったらちゃんと元に戻しておくから」
「いや、いいよ。たぶん前に板塀を修理した時に使った残りだから…」
「そう?」
ならよかったと、言う顔は屈託がなくて、ついさっきまでぼくを組み伏せていた男とはまるで別人のように見えた。
「何か…手伝う?」
「いや、いいからおまえシャワーでも浴びて服着て来いよ」
「うん」
実際その場にいても何の役にも立たなさそうだったので素直に頷いて、布団から抜け出る。傷むかなと、ある程
度は予測していたので体の軋みには耐えられた。
「もう少しでこれ終わるから、そしたらなんかメシ食いに行こう」
「…うん」
そろそろと立ち上がり、壁に手をつきながらゆっくり歩く。
引っかかっているというだけになっているシャツは見れば本当にボタンが皆ちぎれてしまっていて、ボロ布に近い
状態になっていた。
「もう…着れないな」
ズボンと下着はどうしたのだったかと考えながら、ほとんど裸に近い体でやっとの思いで風呂場に着く。
着いた所で立っていられなくなって、へたりとぼくは座り込んでしまった。
「大丈夫?」
遠くから進藤が声をかけてくるのに「大丈夫だ」と答える。
よくよく見てみれば手も足も細かい擦り傷のようなものや、打ち身のような痣が出来ている。
みっしりと胸に残された痣のほとんどはキスマークだとすぐにわかって、ほっとした後に恥ずかしさで体が火照った。
体に教えてと、言ったのは自分だった。
信じられるように自分を抱けと。
そして進藤は本当にそんなふうに自分を抱いたのだった。
(いつもは押さえてたんだな…)
太股の内側は血と精液とが混ざったもので汚れていて、まだ中心は熱く疼く。
今まで何度も体を重ねてきたけれど、全身がバラバラになるような、あんな激しい愛撫を受けたのは初めてだった。
どれほど苦しくても、手加減を全くしない、欲望のままに自分を抱いた、その抱き方は暴力に近いものだったかもし
れない。
愛してる
愛してる
愛してると譫言のように言いながら、進藤は何度も自分をイカせ、自身もまた何度もぼくの中で果てた。
こんなに激しく彼が、ぼくを愛しているなんてぼくはちっとも知らなかった。
痛くて、苦しくて、死にそうで。
でもその痛みはたまらないほどに幸せだった。
「立てるかな…」
今は平気でも明日辺り起きられないのではないかと、そんなことを思いながらやっとの思いでシャワーを浴びて、
清潔なシャツに着替える。
どうなっただろうかとのぞきに行くと、もう戸の修理は終わっていて、ガラスの代わりに板で塞がれたために、廊下
は夜のように暗くなっていた。
「終わった…んだ」
「ん。ま、ほんとに応急処置」
上がり框に腰掛けた進藤は、振り向くとぼくにおいでおいでをした。
「なに?」
「なんでもないけど…抱かせて」
誘われるままに近寄って行くと、膝からかき寄せるようにして体を抱かれた。
「大丈夫? 痛くない?」
「少し…痛いかな」
隠しても仕方の無いことなのでそう言うと、進藤は「ごめんな」と言った。
「ちょっと途中で理性飛んだから」
「いや…ぼくがそうして欲しいって頼んだんだから」
痛かったけど、気持ち良かったよとそう言ったら進藤は顔を赤く染めた。
「もう…でもあんなふうにはしないから」
「してもいいよ?」
「いや、しない。おまえ壊れたら大変だし、それに…」
わかっただろと言われて微笑んだ。
「うん…」
わかった。キミがどんなふうにぼくを好きか―。
「で、どうする?」
「え?」
「いや、一応直したは直したけどさ、これじゃ物騒なんじゃねえ?」
まあ、薄い板を打ち付けただけの引き戸など、あって無きがごとしだろうが。
「大丈夫だよ、ほんの二、三日のことだろうし」
「なあ…やっぱりどうしてもおれの部屋に来るのは嫌?」
もう奈瀬は帰ったし、もう二度と誰も泊めないしと、もじもじと言うのについ笑いそうになってしまった。
「…いいよ」
ためらった後、返事をする。
もうまるっきりこだわりが無いと言ったら嘘になってしまうけれど。
「きちんと戸が入るまでキミの部屋に泊めてもらおうかな」
「ほんと?」
「うん。その代わり、行く途中で家具屋に寄るけど」
家具屋とそれから寝具も見たい。そう言ったら進藤はちょっと間をおいて、それからはじけるように笑った。
「いいよ、了解。でもきっと今日は届かないと思うぜ?」
「わかってる。バカだとも思ってるけど、でもどうしてもそれだけは譲れないから」
新しいベッドと新しいシーツ。
ぼく自身の気持ちもそれで切り替えたいから。
「今度はベッドは少し大きめなのにしよう」
「それ、おまえが一緒に寝ること前提?」
「―うん」
枕も毛布も布団も全部新しくして、その上でキミと眠りたい。
「そうだ…ぼくの家の鍵もキミにあげなくちゃね」
「くれんの?」
今まではもらうばかりでなんとなく彼に自分の鍵を渡すことにためらいがあった。それはやはり心のどこかで、
彼を信用していなかったのかもしれない。
裏切られるのでは無いか。
捨てられるのでは無いか。
いつか別れるかもしれないと、そんなことを心の底でずっと思っていたのだと。
(でも、もうそんな心配はしないことにする)
与えられた痛みは、疑いようの無い愛だったから。
「戸が新しくなったらだけど…これからはキミもぼくの家に好きな時に出入りしていいよ」
ぼくがいても、いなくてもキミの好きなように。
そう言ったら進藤は「通い夫?」と茶化すように言ったので、「半同棲だよ」と笑って、ぼくは進藤の頬にそっと
キスをしたのだった。
--------------------------------------------------------------------------------
これがどうしてハロウィンものだったかは秘密。間に合わなかったし、書いているうちに主題が別のものになって
しまったので思い切って書き直してかぼちゃ色を抜きました。じゃあなんなんだって言われたらアキラにとっての
BlueなDayつーことなんでした。←おい。
うちのアキラはどんなに好きと言われてもなかなかヒカルを信じられなくてすぐブルーになってしまいます。で、い
つもその後で念入りに信じさせてもらっているわけです。永久運動みたいなもん?2004,11,1 しょうこ