夜の花びら



肌についた赤い痕を唇でたどったら、塔矢は小さく笑い声をあげた。


「くすぐったい」


そして腕で払うようにすると、まだしつこくしがみついているおれから身を離し、逃げるように立ち上がった。


「なんで? まだ途中じゃん」


まだ気が済むまでやってないと言ったら、「充分だろう?」とやんわりと返された。


「ぼくがここに来たのが夜の七時くらいで、それから」


ひいふうみ、指を折って数えながらちらりと時計を見る。


「午前になるまでしたっていうのに、まだキミは足りないのか」


明日はお互い仕事があって、どちらも全く別な場所だけれど、早いという所だけは変わらない。

「こんなことをしていたら、寝そびれてしまう」と、ため息まじりに言うのは、たぶん自分のためというよりはおれのために言っているのだろうな
と思った。


明日、いや今日の一局にはおれのリーグ入りがかかっていたから。


「…寝不足で対局に赴くのは―」

「わかってる」


わかってるけどさぁと言いながら後を追うように立ち上がり、窓に寄りかかっていた体をカーテンごとぎゅっと抱きしめた。


「ちょっ…進藤」


繭のように包まれて、塔矢は少しだけ怒ったように声をあげた。


「ふざけるのもいい加減に…」

「怒るとあの痕が赤くなるんだよな」


肌の温度が上がるのか、カーテンのレース越しでも、塔矢の体についた無数の痕がよく見てとれた。


「なんかそうしてると、すげーエロい」

「これはキミが―!」

「うん、全部おれがつけた」


足の先から頭のてっぺんまで、塔矢の全てが愛しくて、痕をつけずにはいられなかった。

全部、全部おれのだと。

喘ぐ息をむさぼりながら、背に胸に腹に、目の届く全てにおれの印をつけた。


「なのにまだ…足りないのか?」

「うん―」

そんなもんじゃまだ全然足りないと、抱きしめる体をレース越しに撫でたら、びくりと塔矢の体が波打った。


「―ダメだよ」

「なんで?」


おれのものはもう既に、ゆっくりと勃ち上がりはじめている。


「ダメだよ、もう今日は本当に」


眠らないとダメだと言う塔矢の体に、すっかりと固くなったそれを押しつけたら、夜目もはっきりわかるほど顔が赤く染まった。


「もう…したく…ない」


今日はもうしたくないんだと言う声は、でも微かに割れていて、息も苦しそうに喘いでいる。


「したくない…んだ。進藤」


でもその時にはおれの腹にも固いものがしっかりと当たっていた。


「…嘘つき」

はらりと抱く腕を解き、包んでいたカーテンを外したら、はっきりと勃ち上がっているそれが露わになった。


「誰がしたく無いんだって?」


おまえ、とんでも無い淫乱じゃんとしっとりと先端の濡れるそれを握り取ったら、塔矢は耐えかねたように大きく息を吐いて、肩にしがみつい
てきた。



「…あんなにしたのに」


泣き声のような声が言う。

「あんなにしたのに、まだやりたいと思うなんて…全部キミの―キミのせいだ」


こんな対局前に獣のように交わるなんて信じられないと。

「いいじゃん、ケダモノで」


背ける顎を捕まえて深くキスをする。

貪るように舌をねじ込み、息が出来なくなるくらいまで長く合わせていたら泣きべそをかいたようだった目が熱く潤んだ。


「――――――――― あっ」


ふらと、よろけるように窓にもたれる。その体を慌てて抱える。


「塔矢―」


ほの白く、外からの光に浮かび上がる肌は美しかった。一面に浮かぶ赤い印は、むしられ、散らされた花びらのように見えた。


「おまえって、本当にすげーキレイ」


こんなキレイなもん見たことが無いと、そう言いながら痕の全てをたどるように舌と唇とで愛撫していったら、塔矢ははっきりとそういう声をあ
げ、それからがくりと膝をついた。



「…キレイなんかじゃない」

ただ淫らなだけだと、言いながら顔を上げておれを見つめる。


「ちゃんと責任を取れ」

ぼくは嫌だと言ったのに、それでもキミが火をつけた。

だからちゃんと責任を取れと、怒ったように言いながら、でも次の瞬間、甘くとろけるようにおれに笑いかけた。


思わず言葉も無く見とれてしまうくらい。

それはどんな花よりも鮮やかに美しい。媚薬のような笑みだった。



一応ひな祭りSSです。どこらへんがひな祭りなのかというと、アキラさんを香る花に見立ててと、
ただそんだけのやっぱりどこがひな祭りなの?と聞かれてもしょうがないSSでした。2005.3.3 しょうこ