PURE LOVE




まるっきり予想していなかったと言えば嘘になる。

進藤は前々からそれを匂わせてはいたし、ちらっと言葉に出して言ったこともある。

でもぼくはまだとてもそれを受け入れることが出来なくて、気がつかないふりをして
きたのだ。



彼はぼくが嫌がることをしない。

結構おおらかで時に無神経にも思えるほどな彼が、殊ぼくに関しては非道く慎重に
事を運ぼうとするのを見てきたし感じてきたから、ぼくの方から口に出さない限り無
理強いしてきたりはしないとたかをくくっていた。



それが――。



「今度の月曜、なんの日だか知ってる?」

金曜日、いつものように碁会所で打って、駅までの道を歩いている時にふいに彼が言っ
た。


「月曜って…」
「3月14日」


少しばかり憤慨したようなのは、仮にも恋人として付き合っているのにこの日を知らない
のかというそんな気持ちがあったからだろう。


「わかってるよ、ホワイトデーだろう? キミには2月にもらってしまっているからね、ちゃん
とお返しをするよ」


進藤は先月の14日に、気持ちだからと言ってぼくにチョコレートをくれたのだ。

ぼくの方は照れくさく、用意することが出来なかったのだが、進藤はそんなことは気にした様
子もなく、ただ受け取ってくれればいいからとそれだけを言った。


くれたのはかなり吟味をして選んでくれたのだろう、甘いものが苦手なぼくでも食べられるよう
な洋酒をかなり利かせた生チョコで、だからぼくも一月後にはちゃんとお返しをしようとそう思
っていたのだ。




「それで、キミは何が欲しいんだ?」

女の子のように飴やマシュマロやクッキーでは無いだろうと、時計か靴か、最近は結構着るよ
うになったスーツに合わせたネクタイでもいいなとぼくは思っていた。


けれどしばらく黙った後で進藤が言ったのはそのどれでも無いものだった。

「おれ……おまえが欲しい」
「え?」


言ったのは改札を通り抜け、ホームへと上がるエスカレーターの途中。首筋に息を吹きかける
ようにして進藤は後ろから言ったのだった。


「ホワイトデーには、おれ、おまえの全部が欲しいな」

こんな所でとか、そんなことをとか一度に色々な思考が頭の中を巡ったけれど、あまりにそれは
突然過ぎたのでぼくは何も答えることが出来なかった。


「………って、そんな」
「だっておまえおれの欲しいものって聞いたじゃん」


おれそれしか欲しいものは無いし、他のものは何もいらないと言われてしまった。

「そんな……いきなり、そんなことを言われても」
「いきなりじゃないだろ。おれはずっと前から思ってた。おまえが欲しい、おまえのこと抱きたい
って思ってた」


でもおまえは気がつかないふりをしているから、だからおれもそれに気がつかないふりをしてき
たのだと。


「おまえ、こういうのデリケートな所あるし、いくら好きでもそこまでしたくないのかなって。だったら
自然にそういう気持ちになるので待っていようって思ったけど」


でもいくら待ってもそうならないような気がしてきたからと進藤は言うのだった。

「正直なとこ、おまえしないで済むならしたくないって思ってんだろ?」
「………それは」
「正直に言えって。嘘言ったっておれ、わかるんだから」


痛い所を突かれてしまった。

実際ぼくは彼と付き合うようになっても、体の関係を持ちたくは無いと思っていたのだ。

彼のことは好きだったし、体の欲求が無いわけでも無い。

でも異性とするそれとは違い、同性同士のそれはあまりにも不自然だったし考えただけでも苦し
そうだった。


それに、もしそこまで堕ちてしまったら、もう二度と普通の生活には戻れないだろうというのもあ
る。


今、ぼくと彼とは恋人同士だけれども、あくまでそれはプラトニックで、だからもし何かあった時に
もそれほど傷つかずに別れることが出来る。


でもそれに肉体関係が伴うようになればたぶん自分の性格と彼の性格からして傷つけ合わずに
別れるのは無理だった。


そこまで深い関係になってしまうのがぼくは恐かったのだ。


「…………うん。…………ごめん」

長い沈黙の後、ようやくそれだけを言うと進藤は隣で大きくはあと溜息をついた。

「ごめん、でもキミのことは本当にぼくは好きなんだ」
「うん」


わかってると、それは少し寂しそうだけれど優しい声だった。

「おまえの性格よくわかってるし、しゃーないよな」

でもと進藤は言葉を継いだ。

「でもおれはこのまんまってのは嫌だ。待ってそれでおまえがその気になるならいいけど、このまま
おれから逃げ続けるようなのだったらおれはおまえとは一緒にはいられない」


だって好きだったら触れたいって思うじゃんと声はいきなり苦しみに満ちたものに変わった。

「触りたいし、抱きしめたいし、もっと色々なことがしたいと思う。全部、おまえの頭のてっぺんから足
の先まで全部、全部おれは知りたい」


そう思うのが普通なんじゃないかと、言われて何も返せなかった。

「おれ、おまえのこと好きだけど、おれだけが好きなのなら嫌だ。同じくらいおまえがおれのこと欲しい
って思ってくれないのなら恋人でなんかいられない」
「しん……」
「非道いこと言ってるってわかってるけど、でもおれもう限界だから」


一気に言ってぼくを睨むように見る。

進藤はそこまで追いつめられた気持ちになっていたのかと、また優しく許してくれるのではないかと甘
い期待を持っていたぼくは足が震えるようだった。


ぼくは雄だけれど彼もまた雄だ。

待っているだけということは出来ず狩らずにはいられないのだと、そんな今更なことを改めてぼくは思
ったりした。


「だから聞かせておまえの気持ち。おれの欲しいものをくれるのか、それともどうしても嫌だから拒むの
か」


14日に答えを聞かせてくれと言われてぼくは泣きたい気持ちになった。

「だって、そんな急に言われたって…」
「だから一応間に2日空けてやったじゃんか。その2日でよく考えて。脅しじゃないけどおれ、その答え如
何によってはおまえとは別れるから」


森下先生から見合いの話とか来てんだよと、言われてショックのあまり目の前が暗くなった。

「おれ、おまえと別れてもきっとおまえのこと好きだから、おまえが誰かのものになるのなんかきっと絶対
に耐えられない」


だから別れたら速攻で恋人作って結婚すると思うからと、その一言一言がぼくには信じられなかった。

「よく、考えて」

ごめんおれ我が儘でと、言って進藤は滑り込んできた電車にのって去ってしまった。
残されたぼくは途方に暮れて、泣くことも出来ずにそのままホームに立ち続けのだった。






バチが当たった。
最初に思ったのはそれだった。


進藤が優しいのに甘えてぼくは彼の気持ちに気がつかないふりをし続けた。
そのバチが当たったのだとぼくは思ったのだ。



「そんな…だからっていきなり別れるだなんて」

させなかったら別れるとはあまりにも非道い言いぐさなのではないかと、でもそこまで進藤を追いつめて
しまったのもまた自分なのだった。


進藤の言う通り、たぶんこんなことでもなければぼくは彼をやんわりと避け続けただろう。

キスまではいい。でもそれ以上は嫌だと。

自分も男であるだけによく彼は我慢していると思っていた。

肉体の欲求ほど辛いものは無い。それを押し殺してまでぼくを尊重している。彼はなんて優しいのだろうか
と自分勝手にそんなことを思っていた。



「どうしよう」

一番困ったのはこの期に及んでもまだ決心がつかないことだった。

彼のことを好きだ、それは本当。

彼に対して欲求がまるで無いわけでも無い。それも本当。

でも出来るならせめてもう少しこのままの関係でいたいと、それもまた本当なのだった。


「どうしたら……ぼくは」

もう少し早く、ぼくが何らかの態度を示していたら彼もここまで余裕を無くすことは無かったのだろう。けれど
もう進藤は限界に来て期限をぼくに切ってしまった。




家に帰っても心は決まらず、土曜も日曜もぼくの心は決まらなかった。

悩んで、悩んで、悩み続けても答えが出ない、こんなことは生まれて初めてで、どうしたらいいのだろうかと
ぼくは本当に途方に暮れてしまった。






月曜日、結局答えを出せないまま、ぼくは芹澤先生の研究会に向かって歩いていた。
研究会には進藤も来る。その帰りに正直な気持ちを話してみようと思ったのだ。



もう少しだけ、もう少しだけ待って欲しいと。
真剣に話せば彼も分かってくれるのではないかと、それにぼくは一縷の望みをかけていた。




そして……。

駅について電車に乗り込んだぼくは、混んだ電車の中で、どこかに遊びに行くらしい親子連れの姿を見
つけた。


父親と母親と、まだ幼稚園生くらいの女の子が仲良く座席に座っている。

(遊びに行くのかな)

今日は平日だけれども、平日が休みという職業もある。親子揃って遊園地にでも行くのだろうかと微笑
ましく考えていたら、ふいに戦慄するような気がした。


もし、ぼくがきちんと答えを返さなければ、あれはあのまま進藤になるのだとそう思ったからだ。

進藤と進藤の選んだ人とその子ども。

彼は真剣に答えを欲しがっていた。それは一時しのぎを許してくれるようなそんなゆとりのあるものでは
無かったはずだ。


もし今日ぼくがはっきりと答えず、もう少し待って欲しいとそう言えばそれで彼はぼくを諦めてしまうだろ
う。


ぼくをもう待つことはせず、さっさと共に人生を歩む伴侶を見つけてしまう。
そう思った時、ぼくはそれに耐えられないと思った。


今、目の前にいる家族のように、彼がぼく以外の誰かと結婚し家庭を持つ、そんなことになったら自分
は悲しさのあまり死ぬと思った。



(そうか…そうか…そういうことなのか)

彼がぼくの曖昧な態度に焦れた。

我慢して待ち続けて、とうとう待てなくなってしまった。それがどうしてなのかぼくはやっとわかったような
気持ちがしたのだった。



考えた後、ぼくは途中で電車を下り、そこで芹澤先生に電話をした。向かう途中、具合が悪くなってしまっ
たので研究会を休ませてもらうと、先生はさして疑問も持たず「お大事に」と言ってくれてぼくは少しだけ心
苦しく思ってしまった。


そして深呼吸してから進藤にメールを打つ。

本当は直接電話で言った方がいいのだろうけれど、とても冷静に言えるとは思えなかったし、大体なんと
言っていいのかわからなかった。


もし聞き返されでもしたらそのままパニックになってしまいそうだったのでぼくはメールにすることにしたの
だった。


それでもかなり長い時間をかけ、短文を打つ。

『この間の答えを言うよ』

だから研究会が終わったらそのままぼくの家に来いと。そして返事を返されるのが恐くてそのまま電話の
電源を切ってしまった。


ぼくが送ったメールを進藤はどんな表情で読んだだろうか?
喜んだだろうか? それとも不審に思っただろうか?


けれどそれを確かめる勇気など欠片も無くて、ぼくは半ば放心したように逆方向の電車に乗ると自宅に
戻ったのだった。








何時に来るだろうかと思った進藤は、その日、かなり遅くなってからやって来た。

研究会はどんなに遅くても、夜七時には終わる。

それなのに彼がぼくの家の玄関でチャイムを鳴らしたのはもう十二時に近いような時間で、それでは彼も
迷ったのだとぼくはぼんやりと思った。


ぼくの気持ちを計りかねていたのかもしれない。

ぼくはと言えば、一度決めてしまってからは変に度胸が据わってしまったのだけれど、それでもやはり落
ち着かず、昼間から長々と風呂に入ってしまったりした。


彼が触れるかもしれないのだと、そう思うだけで恥ずかしくてたまらず、ほんの少しの汚れも無いようにと
隅々まで洗ってしまった。


髪も体も洗って、それでもまだ落ち着かなくて爪も切って、歯も磨いて下着も全部新しいものにした。


どういうことをするのかということは漠然とは知っている。

進藤と恋人同士として付き合うようになって、そういうことが万一あるやもしれないとそれでネットで調べて
みたりしたのだ。


結果から言えば、それで逆に恐くなり気持ちが萎えてしまった部分もあるのだけれど、今日はそれが現実
になるのかもしれないと思ったらむしろ高揚するような気持ちになってきた。


「布団は……どうしよう」

敷いておいた方がいいのか悪いのか、でも彼が来てからもたもたと敷くのは嫌な気がした。

何よりそんな時間を空けていたらまた自分が怖じ気づいてしまうような気がして、だったらとあらかじめ敷
いておくことにした。


二組の布団をきっちりと並べて敷いた時、初めてはっきりとこれが現実なんだと思った。

「ここで……今日」

ぼくは彼に抱かれるのかと、そう思うと居たたまれないような気持ちになる。

物を食べる気持ちにはなれず、テレビや雑誌を見る気持ちにもなれず、ぼくはただ布団の上に寝転がり、
壁の時計だけを見つめて時を過ごした。


進藤がいつ来るだろうかと、けれどいつまで待っても進藤は来なくて、いい加減焦れて来た頃にチャイム
が鳴った。


(来た――)

この時間、この家に来るのは彼の他にはあり得ず、けれど出迎えようと立ち上がりかけたぼくは膝が崩
れて立てなかった。




恐かった。

待ちに待っていたというのに、進藤が来た、そのことがとても恐かった。

ピンポン、ピンポンとチャイムは何度も続けて鳴らされるけれど、どうしても立てずぼくは出迎えることを
諦めてしまった。


「…三つ指揃えて向かえるわけじゃなし」

どうせ彼が来るからと、玄関の鍵は閉めずにおいておいた。応対に出なければそのうち勝手に入ってく
るだろうと思っている間にもうがらりと戸の開く音がした。



「塔矢―――」

呼ばれてすっと背中が伸びる。

「塔矢、どこいんだよおまえ」

勝手知ったるなんとかで、進藤が茶の間を真っ先に見に行ったのがわかった。そのまま台所、風呂、トイ
レと探しているのが足音でわかる。


そして、きしきしと廊下を歩く足音がとうとう部屋の前で止った。

「塔矢?いるんだろ? 入るぞ」

ためらったような間の後に進藤がそう言ったけれどぼくは返事をすることが出来なかった。

「塔矢――おまえどうして今日…」

すっと開いた襖の向こう、顔を覗かせた進藤はぼくを見て、大きく目を見開いた。

部屋の真ん中に並べて敷いた布団、そしてその上に正座して待つぼくは彼の目にはどのように映った
だろうか。


「おま………え」

かーっと彼の顔が茹でたように赤くなっているのを見て、ぼくの顔もまた赤く染まって行った。
夢中でやってしまったものの、よくよく考えてみればものすごく恥ずかしいシチュエーションだったからだ。


「…きっ」

なんとか喋ろうとするのだが、声が喉の奥に張り付いたようでなかなか出てこない。

「きっ……キミの望むように」

ようやくそれだけ言ってゆっくりと頭を下げると、進藤が息をのんだのがわかった。

「ばっ」

なんでこんなと、言ってぼくに近寄ってくるのが気配でわかる。

ぼくはと言えば一度下げた頭をもう上げることが出来ず、恥ずかしさで死にそうになりながらひたすら
布団の色柄を見つめていた。


「塔矢っ」

温かい手に肩をつかまれて身を起こされる。

「おまえ……」

それでも顔を合わせられず、うつむきつづけるのを顎を掴まれ無理やり顔を上げさせられた。

「キミの…キミの好きなようにすれば」
「ってバカ! おまえこんなに震えてんじゃん!」


進藤に言われるまで自分が震えていることにぼくは全く気がついていなかった。

「こんな…指の先まで震えちゃって…」
「本当だ、なんで……?」


ふいにぎゅうっと体を抱きすくめられた。

「進藤…」
「もういい! こんだけでいい。おれもうこんだけで充分だから、ごめん」


一瞬何が起こったのかわからなかった。

「おれの我が儘だったのに、こんな、こんな無理して」
「別にぼくは無理してなんか…」


言いかけて、でも、声まで震えていることにようやくぼくは気がついた。

「いいから、もう本当にいいから。ごめんなっ」

頭を胸に抱き込まれ、痛いほど強く締め付けられて、ぼくは息が出来なかった。

苦しくて、でも温かさが心地よくて、でもやっぱり苦しくて、その苦しさが切なくてぼくは彼に抱か
れたまま、子どものように泣いてしまったのだった。






「落ち着いた?」
「う……ん」


小一時間ほど泣いた後で、ようやくぼくの涙は止った。
平気なつもりでいたけれど、やはり恐かったのだと彼に抱きしめられて初めてそれがわかった。


「本当にごめんな…」

よしよしと頭を撫でる。進藤の指はとても優しくてそのままいつまでも撫で慣れ続けていたいと思
うほどだった。


「ぼくの方こそ…ごめん」

結局十二時を越えてしまい、もう今は3月15日になってしまっている。

「ホワイトデーにキミに何も返すことが出来なかった」
「いいよそんなん。おまえがこんなふうにしてくれたってだけでおれはすごく嬉しかったから」


びっくりしたぜと、苦笑まじりに進藤は言う。

「おまえ研究会も休んで家に来いなんて言うからさ」

てっきり別れ話を切り出されるのかと思ったと、それでなかなか来ることが出来なかったのだと言
われてぼくはあっけにとられてしまった。


「そんな、別れるなんてぼくはそんなこと一度も思わなかったよ」

ただ、彼の望むことに踏ん切りをつけることが出来なくて永く迷い続けてしまっただけなのだから。

「今日、研究会に行く途中で仲の良さそうな親子連れを見たんだ」
「うん?」
「…もしキミがあんなふうにぼくの知らない誰かと家庭を持つのかと思ったら耐えられなかった」


キミを失うのかと思ったらもう生きていられないと思ったよと、ぼくの話に進藤は微かに手を止めた。

「本当に?」
「なにが?」
「おれがいなかったら生きていけない?」
「―――うん」


キミを他の誰かに渡すくらいなら死ぬと思ったと、正直に言ったら進藤は黙ってしまった。

「進藤?」

あまりに沈黙が長いので顔を上げてみたぼくは、彼が泣いているのに気がついて驚いてしまった。

「どうし―――」
「ごめ…だっておまえが」


あんまり幸せなこと言うからと、一体何が幸せだと思ったのかぼくにはわからなかった。

「ずっと…おれだけが好きなんだって…こんな気持ちでいるのはおれだけなんだって…」

だからおれを欲しいと思ってくれて嬉しいと、言って進藤は再び折れるほど強くぼくの体を抱きしめ
たのだった。



「ほんと、いいよおれ。一生しなくってもいいよ。おまえがおれのこと好きってそれだけわかったから
もうおれはいい」


この部屋に入って、布団の上に正座しているお前見た時心臓が止りそうだったと、言われてぼくは
胸の中が熱いもので一杯になった。


「ごめん……進藤」

そんなにもぼくを好きでいたキミに、ぼくはなんて惨いことをしていたのだろうか。
自分の我が儘だけを通し、傷つけているのをわかっていながら無視しようとした。


「今まで本当にごめん」

ぼくを抱きしめる彼の背に腕をまわす。
まだ細かく震えている肌は悲しくて切なくて、たまらなく愛しかった。


「進藤―」

乗り出して、彼の頬を滑る涙を吸った。

「ごめん」

反対側の頬にも口づけ、最後にそっと唇を合わせた。

「こんな我が儘なぼくを―好きでいてくれてありがとう」
「我が儘って、ちが――」
「…もう今更だけれど、ぼくからの贈り物を受け取ってもらえるだろうか?」


まだほんの少し、声は震えてしまったけれど伝わってくる彼の肌の温もりが言葉を引き返
させなかった。


「一日遅れになってしまったけれど」
「え―それって―」


3月14日、ホワイトデーだよと微笑みながら言うと、進藤は呆けたようになって、それから
吠えるようにぼくの名を呼んだ。



「塔矢っ、塔矢っ、塔矢っ、塔―――」


愛してると。


泣き声のようなその叫びは部屋の中に広がり、消えた頃にぼくたちは抱き合ったまま、ゆっ
くりと布団の上に横倒しになったのだった。






※これは3月14日のホワイトデーSSですが、同時に「旧One」の時代に消化出来なかった7777!のキリ番リクエストSSでもあります。
やっと書けましたー、リクをくださった
RITSUKO様、長くお待たせしてしまってすみませんでした。

ちなみにお題はこれです↓

「もちろん《ヒカアキ》で、《ヒカルのためにがんばるアキラ》でお願いできれば、と思います」

ヒカルのためにがんばるアキラと言われた時、思い浮かんだ話がどれもエロで…(^^;これではダメだ〜と悪戯に何作も書いてしまい
ました。シンプルにヒカルにごはんを作ってあげるアキラとか、一緒にプールに行くアキラとか色々考えたのですが結局はお初をヒカ
ルにあげることを決心するアキラになりましたと、なんかこう書くと身も蓋もありませんが(汗)リクをくださった
RITSUKO様はもちろん、
読んでくださった皆様が少しでも気に入ってくださったなら幸いです。    2005.3.14 しょうこ