Merry merry Christmas -B-



会えないのは別に特別なことでは無く、会えることの方が希なのだ。

そうわかっていても、寂しい気持ちが溢れ出してくるのをアキラは止められなかった。




「ごめん、クリスマスはおれ、おまえとは一緒にいらんない」

そう告げられたのはまだ12月にもなっていない11月の中頃で、言われてもアキラは
ぴんと来なかった。


「……別にいいけど、なんで?」

気の利いた返事では無かったと思いつつ、あまりに突然言われたことにアキラの頭は
追いついていなかった。


なのでヒカルが露骨にがっかりとした顔になっても、何故そこまでがっかりするのだろう
とそんな考えしか起こらなかった。


「いいの?」
「いいのって、だって何か都合があるから言っているわけなんだろう?」


そうでなければたぶん、クリスマスは二人で過ごしたんだろう。

まだつきあい始めてあまり間がなく、だから具体的なイメージは無いのだけれど、なん
となくそうするものだという意識は流石にアキラにもあった。



「それはそうなんだけどさ」

ヒカルはアキラのあっさりとした反応が不満だったようだった。

問いかけに答えようとはせずにそっちばかりを追求してくる。

「おまえいいん? 仮にも恋人がさあ、クリスマスに一緒に居られないって言ってんのに」
「だってクリスマスは来年も再来年もずっとあるし」


今年だけキミと過ごせないからと言って子どものように拗ねたりはしないよと言ったらヒ
カルは頬を膨らませた。


「あーあ、なんかつまんねーの」

おまえほんとつまんねえと、非道い言われようだけれど、他にどういう反応も出来ないの
で仕方が無い。


「で? どんな用事があるんだって?」
「韓国に行くん」
「え?」


ヒカルが言った言葉は全く予想もしていなかったことだったのでアキラは思わず絶句し
てしまった。


「韓国って…もしかして洪秀英?」
「…うん。あいつがさ、クリスマスの頃に来ないかって言ってきて」


ちょうどその頃に韓国棋院で小さな催しがあるらしい。永夏はもちろん他にも強い若手
がたくさん参加するというのでヒカルもそれに誘われたのだ。


「もちろん公式じゃなくて、遊びにって形なんだけど、せっかくの機会だから行ってこよう
かなって」
「そう…」
「おまえも行く?」
「行けないよ。イブの前後に手合いがある」
「うん…そうなんだよな」


ヒカルも分かっていて一応それでも言ってみたのだろう。

「おまえと行けたら最高なんだけどなあ」
「いいよ、一人で行ってきたらいい」


行ってたくさん勉強してくるといいよと、勧めた言葉は嘘では無かった。

ヒカルは相変わらず冷たいの薄情のと文句をたれていたけれど、行くのはヒカルの方なの
だからアキラには言われる謂われるは無い。


元々イベント事が好きなのはヒカルの方なので自分は全く何も思わない、平気だと愚かに
もその時は自分自身そう信じ込んでいた。





「じゃあくれぐれも寂しがれよ」

あっという間にやって来た12月第四週、バカなことを言ってヒカルが旅立った後、残された
アキラはごく普通に日々を過ごした。


街中はクリスマスの雰囲気が強まり、どこにいても否応無く、クリスマスソングを聴かされた
が、だからと言って寂しい気持ちにはならなかった。



こんなこと、たくさんある行事の中のたった1日だ。

ヒカルがいなくたって別に自分は平気だし、寂しくなったりしないと、そう23日までは本気で
思いこんでいた。



けれど24日、久しぶりに行った碁会所を出た所で唐突にアキラは寂しくなってしまったの
だった。


東京では珍しく雪が降るかもしれないという寒い夜、客たちもクリスマスだからと早々に帰る
者が多く、碁会所はがらんとした雰囲気だった。


それでも常連の客に指導碁などをしてなかなかに充実した時間を過ごしたつもりだったのに、
ビルから出て雑踏の中に踏み出した時、自分の隣にいつも居る進藤がいないことが非道く堪
えたのだった。



寂しい。

目の前を行き交う人々が皆浮かれ、楽しそうに見えたせいもある。

クリスマスイブということで、ケーキの箱やいかにもプレゼントといった包みを持って歩く者も多
く、その楽しげな空気から自分が一人外れているように思えたせいもあるかもしれない。



本当だったら自分も今頃は進藤と過ごしていた。

碁会所で打って、それから二人で食事にでも行って、イベント好きな進藤は他にも何かアキラ
を喜ばそうと色々計画したに違い無い。


まだ自分たちは体の繋がりを最後まで持っていず、でもそれでも触れるだけで幸せだったし、
抱き合うだけで嬉しかった。


きっとイブは嫌と言う程抱き合ったことだろう。

進藤は窒息してしまうほどいつもアキラを「好き」という言葉責めにしたし、鬱陶しいくらい体で
もそれを表した。


温かい腕で半分ふざけるように抱きついてくる。それがアキラはたまらなく好きだった。

『いい加減にしろ』

冷たく振り解く仕草を見せながら本当ら振り解いたりしないのは、そうされるのが好きだったか
らだ。


なのに今、その全てがここに無い。

遠い韓国の空の下で進藤は自分以外の人間とクリスマスを祝っているのだ。

『本当にいいの?』

平気なん? と進藤に聞かれた意味が今やっとわかったような気がした。

ほんの数日会えなくたって、普段だって手合いで満足に会えない。だからそれくらい平気だと
思った自分はバカだった。



クリスマスは違うのだ。

世間的にどうとかそういうことに関係無く、この日だけは大好きな人と居たい。

そんな日もあるのだと、アキラは今身に染みて知ったのだった。


「進藤…」


携帯を取り出してじっと見る。

この数日、まめにメールを寄越してきた進藤は今朝からぱったりとメールを寄越して来なくなっ
た。


あまりに素っ気ない自分をもしかしたら内心怒っていたのかもしれない。

だからイブの今日にはメールをくれない気でいるのかもしれなかった。

『くれぐれも寂しがれよ』

沈黙する携帯がそう言っているような気がして、アキラは思わず泣きだしそうになってしまった。


『おまえ冷た過ぎるんだよ』と、ヒカルが言っているような気がしてしまったのだ。

「…そうだよ、ぼくは冷たいんだ」

キミのようには好きと言葉にも態度にも出せないんだよと、目を上げて街の景色を眺めながら
思う。


「キミのように無邪気に愛しているなんてぼくは…」

言いかけてアキラはごめんと呟いた。

「ごめん、ちっとも平気じゃなかった」

キミがいないイブはたまらなく寂しいと、物言わぬ携帯にささやきかけた時だった。

思いがけずふいに着信があった。


恐る恐る開いてみた画面にはヒカルからのメールが届いていた。

『今、羽田』

意味がわからなくて、アキラは短いその文を何度も読み返してしまった。


「羽田って…なんで?」

今、ヒカルは韓国に居るのである。帰国するのは明後日のはずだった。

『これから帰るから家に居て』

続けて入ったメールにアキラは混乱し、返信を送りかけて思い直し電話をかけた。

「進藤?キミ…一体今どこに―――」
『やっぱさぁ、おまえ居ないとつまんないからごめんって謝って帰ってきた』


電話に出たヒカルは、あっけらかんとした口調でそう言った。

「って、そんなことしたらせっかく招待してくれた洪くんに―」
『だっておまえ寂しかったろ?』
「え?」
『おれが居なくて寂しかっただろ?』


寂しくなっただろうと、全て見通していたかのように言われてカッと頬が熱くなった。

「そんなこと!」

キミがいなくて静かだったよと、言いかけてアキラは言葉を飲み込んだ。

寂しくて寂しくてたまらなかった先程の気分が蘇ったからだ。

『ん? 図星?』

何も知らない進藤は電話の向こうで脳天気に繰り返している。

『おーい、なんか喋れよ塔矢』
「…寂しかったよ」


一言、喋った途端に堰が切れた。

「キミがいなくて寂しくてたまらなかった」

だから今すぐ帰ってきて抱きしめろと、ほとんど怒鳴るように言ったら進藤は黙った。

『―わかった』

一秒で行くから待っててと、出来もしないことを大喜びな声で言う。

『待ってて! 絶対待っててっ!』

ひゃっほうと短い声の後に電話は切れた。

まだこちらは言うことがあったのに、それを聞きもしないできっとたぶん走って来る。


その姿を思い浮かべて、アキラはなんだか笑いたいような泣きたいようなそんな複雑な
気分になった。


「進藤―」

大好きだと、携帯を握りしめてそう思う。

こんな無愛想でかわいげの無い自分を手放しで好きでいてくれるキミが大好きだよと
つぶやいて、アキラはそっと顔を上げた。



空気は冷たく、目の前の景色は相変わらずクリスマスに浮かれていたけれど、もう寂し
い気持ちにはならなかった。


ヒカルが来る、それだけで胸が溢れる程アキラは幸せだった。

早く

早く

早く会いたい。

ともすれば顔中に広がりそうになる笑みを俯いて隠しながら、アキラはヒカルを迎えるた
めに早足で街を歩きはじめたのだった。




※。ハッピーメリーバカップルです←おい 秀英は怒りはしなかったと思いますが、「あーあ」という気分だったことでしょう。
そしてヒカルを呼ぶためにはアキラが必要なのだと痛い程感じたと思います。そして早々に帰ったと聞かされた永夏は「こ
れだからあいつは」とヒカルを罵り、でも本当はもっと打ちたかったのにと一人しょぼんとするのでした。2005.12.26 しょうこ