最低で最高!
「弁当忘れた!」
昼になり、控え室で鞄を漁ったら入っているはずの弁当が無かった。
「なんだよ、進藤、おまえ今日は弁当だって言ってたじゃん」
仕方無く、ファミレス組について行くと、席についた所で、にやにやしながら和谷に言われた。
「うっせえ! 仕方ないだろ、忘れちゃったんだから」
今日だけでいい、一度でいいからおまえの手作り弁当ってのが食べてみたいと、散々ごねてごね
まくって、作ってもらった塔矢の手作り弁当。嬉しさのあまり出がけに和谷に写メなんて送ってい
たからそのままテーブルの上に忘れてきたらしい。
「あいつ怒るだろうなあ…」
本当の本当に今日だけだからね、特別だから作ってやるんだと、心して食べろと言われたそれを
あっさりと忘れてきて塔矢はきっと怒っているのに違い無かった。
「あーあ…」
「しょうがないじゃん。おまえが間抜けなのがいけねーんだからさ」
慰めにまったく聞こえない慰めの言葉をかけられながら、店員に日替わりランチを注文する。
しばらくしておれ以外の皆の注文した物は揃ったが何故かおれのだけいつまでたっても来ない。
「あのーおれのランチ……」
「え?………ああっ、すみませんっ」
どうやら忘れられていたらしく、慌てて厨房に戻って行った店員は戻って来た時には申し訳なさそ
うな顔をしていた。
「お客様大変申し訳ありません。今日の分のランチは終了してしまいまして」
売り切れになってしまったので他のものを注文しなおして欲しいと言われておれは渋々メニューを
開いた。
「じゃあハンバーグランチ」
「すみませんハンバーグも切れてしまいまして」
「それじゃ、ドリアでいいや」
でも下手に時間がかかるものなんか頼んでしまったので、結局おれは半分も食べられずに棋院に
戻るはめになってしまったのだった。
(塔矢の祟りかも)
弁当忘れたからあいつが祟っているんだと、そんなことを考えたからいけなかったのかもしれない。
おれはつまらないミスをして、楽勝と思われた相手に危うく負けてしまう所だった。
「ここの見落としは意外でしたね」
こんなミスを進藤五段がされるとは思いませんでしたよと後の検討で言われて悔しくて唇を噛む。
おれだってなあ、こんなバカでもなきゃ見落としたりしないようなと
こでミスなんかしたくなかったよ!!!…と怒鳴りたい所をかろうじて理性で止
める。
ああまったくついてない。今日はなんでこんななんだと、思いつつ家に帰ろうとしたら人身事故があ
ったとかで電車は皆止っていた。
「…マジかよ」
今日は早く帰って来るように言われているというのに、復旧の見通しはたっていないと無常にもアナ
ウンスは言う。
それじゃ別の路線でと、思ったらそっちはJRから流れた人で改札から人がはみださんばかりになっ
ていて、こりゃ当分乗れないやと諦める。
「どうしようかな……」
取りあえず帰りが遅くなることだけでも伝えなければと電話をかける。
『はい』
塔矢が出た瞬間、誰かがおれの肩を叩き明るい声で言った。
「おっまったせぇ♪ さ、早く行こう?」
「って……」
驚いて振り返ると相手はもっと驚いた顔をした。
「あら、ごめーん。間違えちゃった。人違いですごめんなさい」
そして焦りながら去って行ったけれど時既に遅し、おれは驚きのあまり反射的に電話を切ってしま
っていたのだった。
「まず……」
どの段階で切ったか覚えていないが、たぶん最初の一声で切ったはずなのだ。だとしたら塔矢は
誤解したに違い無い。
約束したのに遅い帰宅。
聞き慣れないオンナの声がした携帯。
焦ったように切れてしまった電話。
「…最悪」
これではどこをどう取ってもおれが浮気をしているかのようではないか!
「あー、もう早まるなよ」
焦りつつ電話をかけるけれど案の定塔矢の電話は電源を切った状態になっていて自宅の電話に
も幾らコールしても出なかった。
「あーあーあーあーあーあーあーあー」
これはもう怒り心頭パターンだと、そう思ったら泣けてきた。
「なんで今日、こんなについて無いんだよ…」
一年で一番ラッキーであっていいはずの日に、なんでこんなにも不運がおれに訪れるのか。
「もう読んでくんないかもだけど、説明しなくちゃ…」
そしておれは弁当を忘れた辺りからの今日一日の不運を道端に立ったままメールで打ち、送ろうとし
た所で何故かうっかり消してしまった。
「こんな長いメールもう一度打つの嫌……冗談じゃねえ」
途方に暮れたその瞬間、向こうから歩いてきたサラリーマンに思い切り体当たりされて無様にもおれは
転んでしまったのだった。
しかも転んだ先にはどこの誰が吐いたんだかわからないゲロがあって、思い切りそれに手をついてしま
った。
最悪!
駅の中に戻り、トイレで手を洗いながらおれは本当に涙が出てきてしまいそうになった。
(なんだよ、おれなんにも悪いことしてねーぞ)
したと言えば弁当を忘れたことくらい……って結局あの弁当が祟ってるのか???
1時間程待って、ようやく乗れるくらいの混み具合になった電車に乗り込み帰路につく。
でもその頃にはもうすっかりおれは気落ちしていて、急ぐ気にもなれなかった。
気を取り直して、せめて何かであいつの機嫌を取ろうと酒屋に寄れば、おれの好きなのもあいつの好きな
のもワインは売り切れで一瓶も無いし、道を歩いていれば逆走してきた車にはねられそうになる。
工事現場の看板は倒れてくるし、すれ違った女子高生の集団に理由はわからないけれど笑われるしで
、もうこれ以上不幸はたくさんだと思った所でマンションについた。
「……ただいま」
これで最後のとどめは塔矢の氷のような罵倒かと、肩を落としてドアを開けたら、思いがけずにっこりと塔矢
はおれを迎えたのだった。
「おかえり、遅かったね」
怒っている口調では無い。
「おまえ、怒ってないの?」
「なんで?」
「朝、弁当忘れたし、さっきの電話――」
「あれは人違いだろう? 駅だし、その後の『あら』まではちゃんと聞いたし」
大体こんな日にわざわざ浮気をするなんて思わないよと、言って塔矢はおれの顔をまじまじと見た。
「どうしたんだ? キミ、まるで折角手に入れた骨を落としてしまった犬みたいな顔をしてる」
「さんざんだったんだよ、今日!」
そして気がついたらおれは、朝から今ここに戻って来るまでに遭った災難を全部塔矢にぶつけていたの
だった。
「………それは」
大変だったねと、明らかに笑いをかみ殺しながら塔矢が言う。
「なんだよ、笑うことねーじゃん」
「いや、なんか、絵に描いたような不幸に遭っているから」
せっかくのこんな日にと、言って塔矢は憮然とした顔のおれをそっと抱きしめると子どもにするように頭
を優しく何度も撫でてくれた。
「非道い1日だったんだね。可哀想に」
「可哀想だよ、おれ今日誕生日だぞ!」
何が悲しくて誕生日にゲロの中に転んだりしなくちゃなんないんだよと言いながら本当に泣きたくなって
しまった。
「うん……可哀想だ。でも、もう大丈夫だから」
「なんで? なんでそんなこと気軽に言えるんだよ」
「それはね今朝のテレビの星占い、ぼくの星座は最もツイてる星座だったからだよ」
「それ……おれの星座はどうだったん?」
なんだか結果が見えるような気がしたが、念のために聞いてみる。
「キミの星座は最悪だった。でも占いだし、こんなことでせっかくの誕生日に水を差してもと思って言わな
かったんだ」
『乙女座、今日のあなたは最悪です。全てのことが思い通りにならず、裏目裏目に出るでしょう。特に忘
れ物には注意―』
「そのまんまじゃん」
おれがうめくように言うのに塔矢が続ける。
『ラッキーパーソンは射手座の恋人。一緒に居れば良いことが訪れるでしょう』
「え? マジ?」
顔を上げて見てみると、塔矢はただ黙って笑っている。
「って、それ今作っただろ!」
「後のやつだけはね。でも今日ぼくの星座がツイているのは本当だし、そのツイているぼくと一緒に居る
とキミの不幸は相殺されて無くなると思うよ」
だから精々ぴったりとくっついていることだねと、言っておれを抱きしめた。
部屋の奥からはご馳走の気配が漂ってくる。
抱きしめる塔矢もほんのりと良い肌の匂いがして、おれのために風呂に入ったのだとすぐにわかった。
「―プレゼントもあるよ」
心を読んだかのように言われて顔が赤くなる。
「キミの好きなワインもビールも山のように買ってある」
これでもまだ不幸せか? と尋ねられておれは思わず苦笑してしまった。
確かに今日は散々で、もう勘弁というくらい最低な日だったのだけれど、今こうして塔矢に抱きしめられて
いるとその非道い気分を忘れてしまう。
なんて単純、なんておれは簡単なヤツなんだと思いつつ顔が笑ってくるのを止められなかった。
「参りました、ごめん、不幸なんかじゃない」
今日のおれは世界一幸せデスと叫ぶように言うと、おれは塔矢を抱きしめ返し、その気持ちの良い唇に
これ以上無い程幸副な気持ちでキスをしたのだった。
※おめでとうヒカル!の第二弾。いや…こういう日ってあるよねと、ちなみに弁当は塔矢が見つけて昼食に食べてしまっています。
でも可哀想に思ったのか一度きりという約束だったのに翌日ちゃんと作り直してくれたのでした。ちゃんちゃん♪2006.9.20 しょうこ
ブラウザの戻るでお戻りください。