happiness


恥ずかしいから嫌だと言ったけれど、帰り道にホールのケーキを一つ買った。

「あまり甘いのはダメなんだよね」

生クリームたっぷりとかもダメで、でもチョコケーキは甘過ぎる。

バターケーキもイマイチで、フルーツが多すぎても酸っぱくて嫌い。

「まったく…キミは我が儘だ」

甘いものが嫌いなぼくよりももっと面倒臭い注文だと思う。

それでも何日か前からこっそりとリサーチして、たぶんこれなら彼も好きだろうと思うケーキ
に目星をつけて、それを今日買ってきた。


「お誕生日のケーキですか? お名前はお入れしますか?」

店員にそう聞かれ、一瞬躊躇して「お願いします」と頼んだ。

きっと進藤は嫌がると思うけれど、やはりこういうことは大まじめにやった方がいい。

何パターンかあるメッセージの中から比較的無難なものを選んで、出来上がるのを待つ間、
店員に再び聞かれた。


「あの、ローソクは何本おつけすればよろしいですか?」
「じゃあ……二本」
「二歳になられるんですか? 弟さん可愛いでしょうね」
「あ……いえ、友人で二十歳なんです」


そう言うと、あらという顔になり失礼しましたと平謝りに謝られてしまったけれど、別に店員
が悪いわけでは無く、ぼくが悪いのだ。


どこの世界に同性の、しかも二十歳になる友人のために名入りのケーキを買うバカがいる
だろうか?



「親しい方なんですね」

取りなすように言われて微笑む。

「ええ、とても…親しい」

大切な恋人なんですとは流石のぼくも言えなかった。

「お帰りまでどれくらいかかりますか?」
「そうですね、一時間弱くらいかな」


ドライアイスを入れておきますからと言われて箱を受け取って、崩さないようにそっと抱えて
街を歩く。



「早いな、もう誕生日が来てしまうんだから」

つい最近まで夏だと思っていた。けれどあっという間に日は短くなり頬を触る空気は涼しく
なっていた。


気の早いアキアカネが飛ぶのを見るようになったらもう彼の誕生日と、こんなことをもう何
回繰り返しただろう。



子どもの頃は他愛もなく、ファーストフードやファミレスで過ごした。

少し大人になってちゃんとした店で食べるようになり、それなりな贈り物をするようになった。

そして今、一つ部屋に住むようになって、誕生日はそのまま自分をくれてやる日ということに
なっている。



上から下から全部キミのものだから好きにすればいいと、それは同棲し始めて最初の誕生
日にねだられたことから始まって今も続いている。


(でも、いくらなんでもそれだけじゃね)


ぼくの誕生日には進藤はケーキを買ってくる。

ケーキだけで無く大きな花束とプレゼントと、その時々によって違うけれど、去年は芦原さ
んに教わってかなり本格的なフレンチを作ってくれたりもした。


なのにその彼の誕生日に身一つでいいというわけにはいかない。

(今年はパスケースにしたけど気に入ってくれるかな)

パスケースと、秋物のシャツとジャケットをプレゼントにした。

なにもいらないと、本当におまえだけでいいんだと進藤は今年もきっと言うと思うけれど、自
分はぼくを好き放題祝うのだからぼくにも祝わせてくれたっていいとそう思う。


「料理はあるし、ワインも買ったし」

彼に気づかれないように、昨日はこっそり休みを取って1日かけてシチューを煮込んだ。

ワインだけでなく彼の好きなビールも買ってあるし、サラダはさっき、デパ地下でローストビ
ーフのサラダを買ってきた。


本当はデザートにフルーツもつけたい所だけれど、酸っぱいものは嫌いという進藤は好き
好んでは食べないのでその代わりにケーキを用意したのだった。


(お腹を空かせて冷蔵庫を漁っていないといいけれど)

せっかくのシチューをおめでとうも言わずにつまみ食いはされたくない。

今日の夜はぼくが用意するからと口を酸っぱくして言ってあるけれど、うっかり気を利かせ
て何か作られてしまっても困る。


「やっぱりメールを送っておこうか」

もうすぐに帰るから大人しく座って待っていろと、たぶん先に帰っているはずの彼にメール
を送るとすぐに返事が返ってきた。


『腹減った、死にそう。冷蔵庫のシチュー、食べちゃだめなん?』

あー…もう動物並の嗅覚なんだからと苦笑しつつ、死んでも食べるなと釘を刺す。

「もう、すぐに家につくか、ら、と」

この分じゃ、秋のサンタクロースよろしく、家中家捜しした彼にプレゼントも見つかっている
かもしれない。


何も用意していないよとぼくが言い、そして本人もしなくていいと言っているくせに、本当に
ぼくが何もしないとは夢にも思っていない進藤はまるで小さな子どものように幸せのありか
を探すのだ。


そして見つけてから満腹した猫のように満足な顔でそれが手渡されるのをひたすら待つ。

(開けてみないだけの躾はしたからそれで良しとするか)

きっと今も焦れながらぼくの帰りを待っているのに違い無い。

一刻も早く帰ってやるべきなのだろうけれど、焦れて待つ彼を想像するのも楽しくて、駅前
の花屋ではわざとゆっくり花を選んだ。


大きな大輪の薔薇の花を二十本。「恋人ですか?」と尋ねられて今度は笑顔で「そうです」
と答えた。


「幸せな方ですねえ」

ちらりと下げているケーキの箱とデパートの袋を見て、店員が言うのに赤くなる。

「…そう思ってもらえたらいいんですけど」
「大丈夫ですよ、こんな綺麗な花束をこんな二枚目にもらうんだから」


それで喜ばない女はいませんよと言われて、ごめんなさい男なんですと心の中で呟いた。

「お幸せに」
「ありがとうございます」


頭を下げて店を出る。

歩いていると胸の携帯が鳴って、待ちきれない彼からのメールだとわかった。

「…もう少し、後十分もしないでつくよ、進藤」

返事をしなければ更に焦れるとわかっていて、それでも返事をしないで居たら、たかだか
一キロも無い道のりに三度も四度も着信があった。


「まったく…なんてせっかちでこらえ性が無いんだ」

ご馳走を前にしたはらペコの猫。

「いや……虎か」

腹ぺこの虎は今頃どんな顔をしているだろうかと思いながら歩く。

ようやく見えてきたマンションに顔を上げると、ずっとそこから覗いて待っていたらしい、
進藤がさっとカーテンを引くのが見えた。


(焦らし過ぎてしまったかな)

でも怒ってはいないはずだった。

せめてインターホンで呼び出しでもすれば少しは焦れた気持ちも治るのだろうけれど、
ここは最後まで焦らしてやりたいと、何もせずに自分の鍵で入った。


エレベーターを待つ間、ポケットからアトマイザーを出してコロンを首筋に吹きかける。

そのままの自分の体の匂いが好きだと進藤はいつも言っているのだけれど、去年の
ぼくの誕生日に進藤は男性用のコロンを買ってくれたのだった。


「別につけてもつけなくてもいいけど、これ…なんかおまえっぽかったから」

なんだそれはと笑ったものだが、プレゼントされたそれは甘ったるくなく、雨が降った
後の夜気のような香りだったのであまりそういうものをつけないぼくも気に入ったのだ
った。


(たまにしかつけないけど)

でもつけると進藤は気がついて嬉しそうな顔をする。

ほのかな、香っているのかいないのかわからないほどの香りだけれど、いつも真っ先
にぼくを抱きしめる彼にはすぐにそれとわかるだろう。


「…これで完璧だ」

彼を祝う準備はこれで完璧に仕上がったと、満ち足りた思いでぼくはエレベーターに乗
り込んだ。


階数のボタンを押して、早足に部屋に向かう。

チャイムを押そうとした時にそれより早くドアが開いたので、今度はドアの前で待ってい
たのかと愛しさに死にそうになった。


なんて。

なんて愛しい男だろうか。

「塔矢、おまえ遅――」

少し拗ねた顔の彼がぼくへの文句を並べ始める前に、ぼくは彼の胸に飛び込むと「誕生
日おめでとう」と最高の笑顔で祝福の言葉を送ったのだった。




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ということでおめでとうヒカル!二十歳の誕生日だと思うとしみじみしますね(笑)2006.9.20 しょうこ