ぼくらはとうに大人だけれど




目が覚めた部屋の中はもう既に明るかった。

カーテンの隙間から差し込む光も、早朝というよりは柔らかい気がして、その瞬間に
「しまった」と思った。


「わっ、ヤバっ」

跳ね起きて枕元の時計を見ると時間はもう10時をまわっていた。

傍らにある携帯電話を見ると着信が10以上入っている。

「わーっ、どうしよう。寝過ごした」

今日、1月8日は成人式で、おれは「それくらいちゃんと出なさい」という親にスーツまで
新調されていた。


「あーっ、まずっ、あかりからもメール入ってる…」

久しぶりに皆で集まれる機会だから葉瀬中元囲碁部で待ち合わせて行こうと事前に約
束もしていたのに、それをすっかり忘れて寝こけていた。


いや、忘れたわけではもちろん無く、ただもっと早く起きられるつもりだったのである。


「おい、塔矢っ、起きろよっ」

傍らでまだ気持ち良さそうに眠っている塔矢の体を揺さぶると、塔矢は微かに眉を寄せ
「ん」と小さな声をあげた。


「…何?」
「時間! おまえも成人式出るんだろう、もう10時まわってるぞ」


え? とさすがに少しばかり驚いたような響きが声に混じる。

「おまえんとこ何時からだよ」
「10時受付で…11時に開始だったかな?」
「おれんとこ、9時半受付で10時半開始なんだよ〜」


どこをどう計算してもここから式の行われている会場までは一時間はかかる。

「んー…どうしよう、間に合わない」

万一のことを考えて新調してもらったスーツは持って来てはいたけれど、それでも会場
に着く頃はもう式は半分以上終わっているだろう。


「…いいじゃないか」
「え?」


ぐるぐるとどう行ったら一番早く着けるかとか、親や友達への言い訳を考えていたおれ
は、するりと腰に腕をまわされてぎょっとした。


「いいって……何が?」
「成人式、別に出なくたって僕たちはもうとうに社会人として働いているんだし」


今更自覚を促してもらわなくてもかまわないだろうと、言って塔矢はおれの腹にすがる
ように頬をすり寄せた。


「あ……あの……塔矢サン?」
「キミがどうしても行きたいなら止めないけれど、ぼくは別に式になんか出なくてもいい」


それくらいならキミとこうして過ごしている方が余程成人の日として相応しい過ごし方だ
と思うと言われて頬が赤く染まった。


「おまえ……もしかして計画的?」


夕べ塔矢はいつになく積極的だった。

一度では足りぬと、二度、三度とらしくなくせがんだのはこうして寝過ごさせるためだ
ったのかと思って更に頬が熱くなる。


「そんなにおれを行かせたく無かったん?」
「さあね」


でもキミを好きだった彼女とキミが大切に思っている昔の友達とが揃って待っている
中になんか易々と行かせてやるつもりは無かったけれどと、見上げられてもう頭は
火照りそうだった。



「…どうする? まだ急げば少しは参加することが出来ると思うけれど」

ぼくを置いて行くかい? と尋ねられてまだ迷っていたおれの心は決まった。

「行かないよ。行くわけないじゃん―――」

こんな。

こんな素肌に色っぽく体をすり寄せられて、置いて行けるわけなんか無いと、抱きし
めたら塔矢は嬉しそうに笑った。


「そうか、良かった。…本当は少し不安だったんだ」

それでもキミは行くんじゃないかって…と、そしてねだるように足を絡ませて来たの
で、おれは応えるように更に強く塔矢を抱きしめると、「成人の日」を目一杯楽しむ
ために携帯を遠くに放り投げたのだった。




※居る場所設定、どこかのラブホ。連休だったのでずっと二人で過ごしていたわけですが、アキラは3日目も
ヒカルと過ごす予定で居たと。あまり普段執着を見せない人にこういうことをされるとイチコロ(死語)だと思い
ます。


でもヒカルは後で旧友&親に滅茶苦茶言われるんだろうなあ。

実は成人式というのを失念していたのですが、人に言われてたった一度しかない二人の成人式ということを
思い出して慌てて書きました。こういうネタで申し訳ないです。2007,1,8 しょうこ