まぼろし



ひたひたと歩いて来た足が頭のすぐ上を通り過ぎた時、反射的に手が伸びた。

けれど掴んだはずの足首は、思いがけずなんの手応えも無くて、驚いて目を開
いたら、見覚えのある瞳がこちらを見下ろしていた。


『ヒカル、そんなふうに人の足を持とうとするのは危ないですよ』

もしもこれが大切な人だったらどうするのですかと、怪我を負わせるような真似は
決してしてはいけませんと、窘めるように言ってそれから消えた。



「―――――さっ」

布団をはね除けるようにして起きあがり、辺りを見回したけれど、部屋の中にもう
瞳の主はいなかった。


(なんだあいつ)

なんだ、こんなふうに、なんでこんないきなり。

会いたいときには来なかったくせに、思いもしない時に現われて、一言も話す暇も
与えずに消えてしまって。



「……………まったく………もぅ」

でもあいつ、最初に会った時も消えた時もこんなだったよなと、思い出すと知らず苦
笑いがこぼれる。





「また来いよ、佐為」

また絶対おれに会いに来て。

今のが夢でもそうじゃなくてもどちらでもいい。

「…もしもう一度おまえが会いに来てくれたら、その時にはおれの命より大切なものを
おまえによっく見せてやるから」


欲しくて、欲しくてやっと手に入れたもの。

(驚くかな、驚かないかな、いや知っているから見に来たのかな)


だとしたらおまえせっかち過ぎだと、つぶやいて一つため息を取りこぼすと、おれは布
団に潜り込み、何も知らずに眠る白い肌の隣に寄り添うようして再び眠りについたの
だった。





※5月5日はどうしても忘れてはいけない日だと思うので。いつもは暗い話が多いですが、今年はちょっと幸せバージョンで書きました。
佐為ちゃんはきっとこんなふうに時々ヒカルを見に来ているのだと思います。2007.5.5 しょうこ