あれ?
意外にも「記念日男」である進藤はイベントごとが大好きで、だからぼくの誕生日も
自然、彼が仕切るようになっていった。
ケーキにワインに花束に、食事は手作りのこともあれば少し小洒落た店での外食
だったり。
ぼくは女性じゃないのだからと何度口を酸っぱくして言っても聞く耳持たずの彼だけ
れど、一応ぼくの嗜好を熟知した上で考えてくれているのでいつしか文句を言うの
はやめていた。
(それで彼が満足するなら)
いや、実際は体中、顔一面で「好きだ」と示してくれている彼の愛情のこもった祝い
方が少なからず嬉しかったせいもある。
「…でも、だからってこれはいくらなんでもやりすぎじゃないか?」
今年、ぼくの21歳の誕生日に彼が部屋に用意した物は、彼がいそいそと前日から
仕込んで作ったらしいイタリアンと、少し値の張ったワイン。そして花束と、あろうこ
とか二段になった大きなホールケーキだったのだ。
「やりすぎって何が?」
「ケーキ…ぼくとキミの二人しかいないのに、いくらなんでもこれは量が多すぎだろ
う」
勿体無いとそう思うのは元々ぼくが甘いものをあまり好きでは無いためだ。
だから進藤もそれをよく理解していて、いつもは甘さ控え目で洋酒の利いたものや、
口当たりの良いムースケーキや、フルーツをたくさん用いた小さなケーキを用意し
てくれていた。
それが今年はそういうことを一切無視したクリームごってりのケーキで、一体彼は
どうしてしまったのだろうかと思った。
「時間が無くて店にこれしか無かったのか?」
だったら許そうと思って尋ねた言葉に彼はあっさり首を横に振る。
「まさか!こんなデカイケーキ、オーダーして作ってもらったに決まってるだろ」
「オーダー? なんでまたこんな」
甘そうで、クリームがしつこそうで、食べる前からげんなりとしそうだった。
「生クリームだから日持ちしないし…一体キミは何を考えて…」
流石のぼくもこれは文句の一つも言わねばと口を開きかけたら、進藤はぼくの言葉
を遮るようにしてちょいちょいとぼくを手招きした。
「まあ、んなこといいからちょっとこっち来いよ」
「そんなことって!」
「まあ、いいからいいから」
ぼくがいくら睨んでも全く意に介さ無い彼に、ぼくは大きくため息をつくと言われた通
り彼の側に行った。
「はい、来たよ。これでいいのか?」
「ん。それじゃ今度はこれ持って」
言って彼はケーキを切るために用意していたナイフをぼくに手渡す。
ナイフの柄にはご丁寧にリボンが巻かれてあって、まるでこれはアレのようでは無いか
と思った時に、ナイフを持ったぼくの手を包み込むようにして彼の手がぼくの手を覆っ
た。
「はい、それじゃー新郎新婦のケーキ入刀です」
鼻歌でウエディングマーチを歌う彼に、ようやくぼくは彼のしたいことを理解した。
ぼくが見て思ったようにこのケーキは彼にとってウエディングケーキであり、彼はぼくと
結婚式のまねごとがしたいのだ。
(ぼく達が結婚式を挙げることは無いから…)
だから形だけでも真似てみたくなったのかと思ったら、それまでのわけのわからなさと呆
れた気持ちが消し飛んで、代わりになんとも言えない切なさと彼に対する愛しさが沸き上
がった。
(これで進藤が満足するなら)
まねごとでもなんでもケーキを切るくらいしてやってもいい。
例えそのケーキが自分の好みに全く合わない甘そうなケーキでしかも大量にあったとし
ても。
「これが二人の初めての共同作業です」
楽しそうに言いながらゆっくりとナイフをケーキに下ろして行く彼の動きにぼくは抵抗しな
かった。一緒にナイフを握りながら、彼の力に合わせてそっとクリームにナイフを入れて
行く。
ほとんど抵抗無くナイフがケーキを切り分けた所で進藤はにこっと笑ってぼくを見た。
「新婦は新郎を心から愛することを誓いますか?」
思わずぷっと吹き出してしまう。
「進藤…それはケーキを切る時には言わないだろう」
「いいの! それよりおまえどうなんだよ、誓うのかよ誓わないのかよ」
病める時も健やかなるときも、この男を愛し、敬い、慰め、その命ある限り、真心を尽くす
ことを誓いますか? と、重ねて聞かれてぼくは仕方無く答えた。
「はい…誓います」
「やったぁ!!!」
それじゃ続いて指輪の交換と、指輪まで出されてぼくは進藤は凝り性だなあと苦笑してし
まった。
「続きまして誓いのキスを――」
おまえマジで後悔して無い? と尋ねられて、「別に??」と答えると進藤は本当に嬉しそう
に笑ってぼくに抱きつくようにして何度も何度もキスをした。
「それでは最後に参加者全員による記念撮影とその後は披露宴に移りまーす♪」
「進藤…全員って二人しか…」
その次の瞬間、彼が歩いて行って開けた寝室のドアからは信じられないことに、ぞろぞろと
驚くほどたくさんの人々が現われた。
「――――――え?」
気まずそうに出て来た皆はぼくを見ると一様に「塔矢くんおたんじょ……ご結婚おめでとうご
ざいます」と引きつった笑顔でお祝いを言った。
「―――――え???????」
「しっかし、進藤もすげえサプライズだよな……マジで驚いたぜ、おれ!」
最後に出てきた和谷くんの言葉に皆が一斉にへらりと笑う。
どうやらみんなぼくの誕生祝いということで集められ、サプライズパーティーだからと狭い寝室
に閉じこめられていたようなのだ。
「それじゃ改めまして、今日はおれ達の『人前式』にご参加くださいましてありがとうございまし
たっ!」
進藤が元気一杯宣言したのを聞いてようやくぼくは正気に返った。
「しっ―――進藤っ」
聞いて無い!
そんなことは一言だって聞いて無いと言おうとしたその瞬間、くるりと進藤はぼくを振り返り言
ったのだった。
「おまえさっき誓ったよな?」
「え?」
「ここに居る全員の前で誓ったよな?」
塔矢先生、うちの親、桑原先生、緒方先生、芦原さんに市河さん、碁会所のお客さんに、若
手全員の前で誓ったよなあと重ねてゆっくりと言われて顔から血の気が引いた。
「あ……あれは……」
「病める時も健やかなるときも、このおれを愛し、敬い、慰め、その命ある限り、真心を尽くし
てくれるんだよな?」
「そ……それは……」
「こんだけの人の前で誓ったことを『塔矢アキラ』は翻したりしないよな?」
念を押されるように尋ねられてぼくは自分の敗北を知った。
「――――うん」
「よしっ!じゃあ花嫁の迷いもフッ切れた所でぱーっと行くか、ぱーっと!!」
おかしい、そんなはずじゃなかったのに…………。
ぼくは納得しきれないものを感じながら、気の毒そうな顔で慰めお祝いの言葉をかけてくれる
人々の中、激甘なケーキをもそもそと食べたのだった。
※ちなみに新婦の答えは「「私はあなたの妻となる為にあなたに自分を捧げます。そして私は今後、あなたが病める時も、
健やかな時も、貧しい時も、豊かな時も、喜びにあっても、悲しみにあっても、命のある限りあなたを愛し、この誓いの言葉
を守って、あなたとともにあることを約束します」だそーで、がんばれアキラ! 2007.12.18 しょうこ