恋より甘く




夢の中でぼくは進藤と向かい合って座っていた。

見慣れたリビングのソファではなくカーペットの上に直に子どものようにぺたりと座り込んで、
二人で一つのアイスクリームを食べていた。


『冷たいけれど美味しいね』
『だってこれ、ちょっと高いヤツだから』


他愛の無い会話を繰り返しながらひとさじ掬って相手の口に運んでやる。

普段のぼくなら死んでもしない、そんな甘ったるい行為を夢の中のぼくはなんのこだわりも
無く、胸膨らむような幸せな気分で行っていた。


『この間、イタリアンのお店でデザートに食べたのも美味しかった』
『ああ、あのバルサミコを使ったやつ?』
『うん、そう。濃いバニラのアイスと生のラズベリーにバルサミコのソースが合っていた』


食べているのはバニラ。

ほんのりと暖かみのあるクリーム色をしたアイスクリームは舌の上に乗せると一瞬で溶け、
幸せな甘さだけが口の中に残った。


『いつだったか、軽井沢で食べたのも美味しかったよね』

ひとさじ掬い、再び相手の口に運ぼうとしたぼくは進藤が口を結んだまま開かないのに気
がついた。


『…なに?』
『おまえ、自分ばかり食べさせたがって、ちっともおれにはやらせないじゃんか』


おれだっておまえに食べさせてやりたいと、少し拗ねたようなその顔には何故かとても見
覚えがあった。


『…そんなつもりじゃなかったんだけど』
『わかってるけど、でもおれもおまえにさせてよ』


同じようにおまえを幸せにさせてと、言われた所で目が覚めた。

しんと静まりかえった暗い部屋の中で、しばらく状況がよくわからずに呆然と天井を見つ
め、それからようやく意識がクリアになった。



「そうか……」

居るのは寝室。

見慣れ過ぎるほど見慣れたベッドの上に自分は寝ている。

でも傍らには居るはずの進藤が居なくて、気張って買ったクイーンサイズのベッドは非
道く広々として見えた。


「なるほど……そうか」

彼は一人でリビングで寝ているはずだった。

大晦日、つまらないことで喧嘩して、そのまま自分は寝室にこもり、彼は追っては来な
かった。


どうして追って来ないんだと、理不尽な怒りを覚えながら寝入ったのだけれど、つい今
し方見ていた夢を思い出してなんだか非道く会得がいったような気持ちがした。



ぼくは彼が大好きで、彼の口にひとさじでも多くアイスクリームを運びたい。

でも彼もまたぼくが大好きで、ぼくの口に甘いアイスクリームを運びたいんだろう。


『おれにもおまえを幸せにさせて』


なんでもかんでも自分一人で決め込んで抱え込むなとは、寝室にこもる前に彼に言わ
れた言葉だった。


「確かにぼくはひとりよがりだったかもしれない…」

一年が終わる締めくくりの日にそんなことで喧嘩をしているのだから、確かにぼくの思
考と行動には問題があるんだろうと思う。


(でも進藤も意地っ張りだと思うけど)

まだ暗い窓の外を見て、それから時計を振り仰ぎ、ぼくはそっとベッドから起きた。

冷たい床に裸足で降りて、そのままゆっくりと彼の居るリビングに向かう。

薄暗い中、ソファの上、彼は毛布にくるまって眠っていたけれど、ぼくが揺り起こすと眠
たそうに目をしばたかせながら起きあがった。


「…なに?」
「夕べはごめん、ぼくが悪かった」


ぼくの言葉に彼は驚いたような顔をして、それから言った。

「仲直りしようって?」
「もし、キミが許してくれるなら」


一年の計は元旦にあると言うし、ぼくは仲違いしたまま新しい年をはじめたくない。

「…怒ってないよ最初から」

ただちょっと寂しかっただけだと、言って彼はぼくの体を引き寄せた。

「じゃあ折角だし、一年の計は……でイイことする?」

それで仲直りにしようかと言われて、ぼくはそれでも良かったのだけれどその前にしたい
ことがあると止めた。


「風呂でも入る?」
「いや、アイスクリームが食べたい」
「え?」
「キミと二人でバニラのアイスクリームが食べたいんだ」


一つのアイスを二人で食べようと、ぼくがそう言ったら、彼は少し考えて、でも「何故」とは
一言も聞かずに、ただ「いいよ」と笑ったのだった。




※最近私の書くヒカルは大人だと言われることが多いのですがこれもやっぱり大人進藤さんです。
大晦日や新年、何もこんな時に喧嘩しなくても良かろうにという時に喧嘩するとダメージ倍増です。
でもアイスの後はアイスよりも甘いことをしたと思います。2007.1.1 しょうこ