HAPPY HAPPY NEW YEAR!
新年最初の仕事の日、少し早めに市ヶ谷についてしまったぼくは、遠いA3出口から出て
棋院に向かった。
春には土手の桜が綺麗に咲き誇るこの公園の中の長い道の途中には、目立たないけれ
ど奥まった所に小さな祠があってそこで初詣をしようと思ったからだ。
年末年始、両親が居る時には二年参りに行くことも多かったけれど、留守がちになった今、
大晦日も新年もあまりきちんとやっていない。
しかも今年は昨年末からずっと進藤が居たのでそれどころでは無かったからと、そこまで
思い出してぼくは一人で赤くなった。
「今年も良い年でありますように」
掌に載るくらい小さな賽銭箱に百円玉を入れてそれから手を合わせる。
「そして―」
どうか今年も進藤と少しでも多く過ごせますようにと、思いながらそこだけは心の中でつぶや
いた時、ふと傍らに気配を感じて目を開いたら、真隣に何故か進藤が居た。
「しっ――!」
驚き過ぎて声が出ない。
「おはよう、駅でおまえ見かけたからさ、そのままそーっとついて来ちゃった」
いつもの出口から出ないぼくを不審に思って黙ってついて来たのだと言う。
「別に…普通に声をかけてくれて良かったのに」
「えー? でもだって、もし誰かと待ち合わせでもしてたらおれショックだし」
逢引きでもしてたらどうしようと怖くて声をかけられなかったのだと、しれっと言う口をぼくは
軽く殴ってやりたくなった。
「…そんなわけないだろう。昨日の夕方までキミと居たぼくが」
正確に言えば年末から年明け、正月3日までキミと一緒に過ごしたぼくが誰か他の人と逢
引きなどするわけが無いと言ったら進藤はにやっと笑った。
「うん……まあ、すごく可愛い所見せてもらったし」
あれで浮気するなんて思っていないけれどと、そこまで聞いた所でぺちりと頬を叩いてや
った。
「だったらくだらないことを言ってないでキミも折角だからお参りでもしたらどうだ?」
「えー?」
「キミだって初詣に行っていないだろう?」
「ああ、まあ。ずっとおまえの腹の上で忙しかったか――」
今度は遠慮せず顔のど真ん中を狙ったのに、予想していたのだろう進藤は易々ひらり
と逃げてしまった。
「まあまあ、そんな怒るなって、真面目にお参りするからさ」
そして財布から十円玉を取り出すと賽銭箱に投げ入れたのだった。
「どーか今年も良い碁が打てますよーに、それでもって…」
言いかけて、残り半分は黙ってしまった。
「…さっき、キミは何を祈ったんだ?」
人の願い事に口を出すのはどうかと思ったけれど、どうしても気になってぼくは道々尋ねて
しまった。
「さっきのって?」
「お参りした時、後の方は言葉にしないで祈っていたじゃないか」
「ああ…」
あれかと言って進藤は笑った。
「でもおまえも黙ってたじゃん」
「え?」
「先におまえ、お参りしてたけどやっぱり後半分は心の中だけで祈ってたじゃんか」
「だってあれは――」
言いかけてかっと顔が赤く染まるのがわかる。そうだった、進藤は祠に向かうぼくのことをず
っと黙って見ていたのだった。
「あれ教えたらおれのも教えてやってもいいかな」
「じょ……冗談じゃない」
あんな恥ずかしいこと死んでも言えないと口を引き結んだら進藤は一瞬鼻白んだような顔に
なり、でもすぐににこっと笑った。
「…なんてね、いいよ教えてくんなくてもわかるから」
「わかるわけないだろう、言葉に出して無いんだから」
照れもあり、ついキツイ口調になってしまったが、進藤は気にしたふうも無く、ただにやにやと
笑っている。
「わかるよおまえのことだもん」
そしていきなりぐいっと腕を掴むと、ぽくの耳元に口を寄せて囁いたのだった。
「おれと同じこと祈ったんだ」
「え?」
「おまえはきっと絶対、おれと同じこと祈った」
そしてぱっと腕を離すと、あっけにとられるぼくに向かって「大好き…だろ?」と言った。
「進藤が大好き、ずっとずっと一緒に居たい」
「ばっ……ちがっ…」
違うじゃないだろ、そうだろと、じっと穴が開くほど見つめられて負けだと思った。
「違う……けど、違って無い」
「はい、よく出来ました」
だからおまえ大好き、今年も一年目一杯よろしくと抱きしめられて囁かれ、ぼくは今年もきっと
彼に囲碁以外では勝てないのだと情けなさ半分幸せ半分思ったのだった。
※すみません、もう7日だってーのにまだ正月ネタで(−−;でも一年寝かせるのもかわいそうかなとアップしてしまいました。
だってまだ書いておいて出して無い正月SSもあるんだもの(汗)実際のこの道には祠関係はありません。降りて街中に入っ
た方がそういうものはあるかもです。2007.1.7 しょうこ