千年も万年も
※この話はある意味死にネタです。なので甘く幸せなものだけを読みたい気分の方は読まないようにお願いします。




塔矢にプロポーズしようと決めた夜、おれは佐為に会った。



タイトル戦で得た賞金で買った指輪を枕元に置いて、明日になったらこれを渡すんだと、何て言
って渡そうかと、おれはずっとそればかり考えていた。


驚くかな? 喜ぶかな? まさか怒りはしないだろうなと様々に考えを巡らせてすっかり眠れな
くなってしまった頃、ふと気が付いたら枕元に佐為が座っていたのだった。



「佐―」

衣擦れに顔を上げてそこに居るのが誰か確認して、おれは思わず起きあがった。

「佐為、おまえどうして――」

何度も何度も夢にまで見た。

唐突にこいつが消えていなくなってしまってから、会いたくて会いたくてたまらなくて、伝えたいこと
は山のようにあったのに、いざ目の前にすると呆れるほど言葉が出て来ない。


「佐為…」
「久しぶりですね、ヒカル」


佐為はいつかの夢のようにだんまりのままでは無くて、おれに向かって微笑むとちゃんと声を出し
て話してくれた。


「おれ、ずっとおまえに…」

言いたいことがあったんだと言いかけて声がのど元で詰まる。

「わかってますよ、大丈夫」

私はずっとあなたの側に居ましたからと、その微笑みは居なくなった時のまま優しく温かかった。

「ものすごくたくさん色々なことがあって…おれ、タイトル獲ったし、それから」
「愛する人も出来た」


静かな物言いに、でもおれは頬が赤く染まるのを感じた。

「…うん、おれ……塔矢と……塔矢のことがすごく好きなんだ」

だから明日この指輪渡してプロポーズしよとう思ってと、言う俺の言葉に佐為は頷いて、でもそれ
からぽつりと思いがけないことを言った。


「塔矢は―死にますよ」
「え?」
「あなたよりきっとずっと早く居なくなってしまう」


彼はそういう運命の下に生まれついていると、それは既に決まっていることで誰にもきっと変えら
れないことなのだと佐為はおれに言ったのだった。


「そんな…嘘だ!」
「嘘じゃありません。私は…ヒカルより少しだけ色々なことがわかる。だからあなたと塔矢の未来
もわかってしまう」
「そんな…そんなことって」



昨日、おれは塔矢に会った。

いつものように打って、それから他愛無いことを話して、それから二人で愛し合った。

長い、長い時間をかけてやっと通じたこの恋をおれは命より大事だと思っていたし、塔矢が居な
い世界なんて考えられないと思っていた。


『また明後日会える?』
『今日会ったのに? いいよ。明後日はぼくもオフだし』


用事があっても無理矢理にでも空けるよと、微笑む塔矢は美しかった。

美しくて可愛くて愛しかった。

「…なんで? なんであいつ死ぬの?」
「それは…そこまではあなたに教えてあげることは出来ませんが、若くして死ぬのは本当です」


彼は神の一手に到達すること無く、人がうらやむ程の抱えきれない才能を使い切ることも無く、
無常に時に連れ去られてしまうと。


「替えられないのか?」

おれと塔矢のその運命は替えることが出来ないのかと言ったら、佐為は静かに首を横に振っ
た。


「ヒカル……誰も人の運命を肩代わりしたりは出来ません。それは一人一人が自分で背負わね
ばならぬこと」


親でも恋人でもそれを替わることは出来ないのだと。

「だって、そんな…あいつ打つのが大好きなのに」

千も万も数えきれぬ程に死ぬまで打っていきたいと、おれと打っていきたいと言っていたのに。
それが叶えられず終わるのかと思ったら胸が締め付けられるように苦しくなった。


「…まだ今なら間に合いますよ」
「え?」
「明日あなたが塔矢に渡そうとしているその小さな箱を渡さなければ、例えいつか別れの日が
来ても、あなたはそんなに苦しまなくて済む」


明日伝えようとしている言葉を伝えず、他の誰かを愛せば千切れる程に苦しむことは無くなる
と佐為はおれに言ったのだった。


「それを渡して、それからどんなに幸せな日々が続こうとも、その先には遠からず惨い別れが
待っている。それにあなたは耐えられるのですか?」


私を失った時にあんなにも泣いたあなたがと言われて一瞬何も返せなかった。

「塔矢にしても同じです。愛する者を残して逝くのがどれだけ辛いものか…」
「…消えた時おまえ辛かった?」


おれと別れた時、おまえは辛かったのかと尋ねたら佐為は苦笑のように笑って「ええ、とても
辛かったですよ」と答えたのだった。


「ヒカルと別れるのは辛かった。まだあなたと打ちたかったし、あなたの成長もずっと見続けて
居たかった」


けれどそれも叶わずに消えねばならなくて辛かったですよと、それはため息のようだった。

「どうしますか? ヒカル。この先に別れがあると解っていても塔矢と添い遂げることを選びま
すか?」


それとも離れがたくなる程の関係になる前にそれを絶ってしまいますかと、ああ、だからその
ために佐為は現われたんだなとぼんやりと思った。


一度失ったおれがまた失うかもしれないから、だから心配して来てくれたのだと、それは静か
な、無言の思いやりだった。



「…今ならばまだ、あなたも塔矢も傷が少なくて済む。でも―」
「プロポーズなんてしたらもう後戻り出来ないもんな」



永遠の愛を誓い、ただ一人の伴侶として毎日を過ごす。

良い日も悪い日も離れること無く、その一秒一秒は二人の大切な想い出として宝石のように
積み重ねられて行くんだろう。


決して失え無い程に―――。


「おれ―塔矢が死んだらきっと生きていけないと思う」
「…ええ」
「今でもあいつがおれより早く死ぬって聞いて、体の半分もがれたみたいな気分なんだから、
もし本当にいなくなってしまったら息も出来ないんじゃないかと思うよ」
「それでは…」
「でも別れない」


おれの言葉に佐為は少し驚いたようだった。

「例えあいつが早く死んでしまうのだとしても、だったら尚更おれはあいつに愛を誓いたい」

他の誰と過ごすより、与えられた時間がほんの少ししか無いのだとしても。

何れ失うのだとわかっていたとしても、それでも。

「それでもきっと、おれあいつを愛さずにはいられない。好きなのに離れるなんて絶対に出来
ないよ」
「そうですか…」
「おれのこと馬鹿だと思う?」


おれの問いに佐為は静かに首を振るだけだった。

「ヒカルは――やっぱりヒカルだと」

きっとあなたはそう答えるだろうと思っていましたよと、言って佐為は優しく微笑んで消えて行
った。


現われた時と同じように唐突に闇に溶けるように消えた。

あなたが…あなたと塔矢が少しでも幸せであるように祈っていますよとそんな言葉だけを残
して。





翌日、呼び出したおれが指輪の入った箱を差し出すと、塔矢は驚いたような顔をして、それ
からそっととてつもなく大切な物を受け取るかのように指輪の箱を両手で包んだ。


「これ―」
「指輪。そんなに高いもんじゃないけど、一応三ヶ月分くらいのヤツを買ったから」


塔矢はおれの目の前で包みを開け、まだ驚いた顔のままで、じっと指輪を見つめた。

「…これをぼくに?」
「うん」


耳の中に昨夜交わした佐為との会話が蘇る。

『もしその箱を渡さなければ…もし伝えようとしているその言葉を伝えなければあなたはそん
なに傷つくこと無く済むでしょう』


「おれ、おまえが好き。おまえの顔も心も体も全部、何一つ誰にも渡したく無いくらいに好きだ」

『塔矢は死にます。あなたよりもずっと早く居なくなってしまう』

(それでも)

「おれ達は男同士だけど、でもそんなこと関係無く、おまえをおれだけのものにしたい」
「進藤…」
「愛してる。だから結婚して」


『どんなに幸せな日々が続こうとも、その先には遠からず惨い別れが待っている。それにあな
たは耐えられるのですか?』


それでも愛さずにはいられないのだと、夕べ思ったことを再び胸の奥で思う。

「一生、おまえのこと大切にする。一緒に過ごす時間の全てが幸せになるように、おれがんばる
から」


だからどうかおれと結婚してくださいと頭を下げたら塔矢は口を開き、それから何か言いかけて
静かにその目から涙をこぼした。


「…ダメ?」
「まさか」


おれの送った指輪を左手の薬指にはめ、それからおれの胸にしがみついた塔矢は泣きながら
何度も繰り返し言った。


「愛してる、ぼくも」

だからどうぞぼくの方こそキミと結婚させてください――と。



重ねられる時間はたぶん短い。

想い出が作られる分、別れはきっと辛いだろう。

魂の半分を千切られるように、失ったおれは気が違うような想いを味わうかもしれない。

「それでもいい。…いいんだ」
「何が?」


不思議そうに塔矢に尋ねられたけれど、それにはおれは答えなかった。

「なんでも無い。ただ」

ただおまえを永遠に愛してるってことだよと、答えたおれの言葉にあいつはきょとんとして、それ
から微笑んで「ぼくもキミを永遠に愛してる」と言った。


「死ぬまで―死んでも愛しているよ」

ぼくもキミを幸せにするからとその言葉が嬉しくて、でもたまらなく切なくて、おれは塔矢の体を抱
きしめながら、堪えきれず泣いてしまったのだった。





※12日に拍手にいただいたメッセージにミスチルの歌の歌詞のことが書いてありまして、
その「共に生きれない日が来たってきっと愛してしまうんだ」というフレーズで思いついてこの話を書きました。
思い切りホワイトデーには向かない話ですが許してやってください。
ただ、もし本当にアキラが遠く無い未来に死ぬとわかってしまったとしてもヒカルはやっぱり側に居て愛する方を選ぶと思います。


それから書いておいてなんですが、これは事実だと思わないで読んでください。
(いや、元々漫画のパロなんだから事実もクソもありませんが)
アキラは若くして死ぬことなど無くヒカルとずっと幸せに暮らしたのだと思っていただければ嬉しいです。


2007.3.14 しょうこ

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