Hallelujah
会計が終わって、後ろを振り返ると、ぴったり寄り添うようにして居たはずの進藤がどこ にも居なかった。 「進藤?」 きらびやかな装飾コーナーを探すようにぐるりとフロアを回ると、彼はジュエリーショップ の前でじっとケースの中をのぞき込んでいた。 「進藤、いきなり居なくなるから探したじゃないか」 「あ、ごめん。長くかかりそうだったからちょっと回りも見てたんだ」 悪びれる様子も無く言った彼は、言い終えると再び先程まで見詰めていたガラスケース の中に視線を戻した。 「何? 何か気に入ったものでもあった?」 「んー…、あの上から三段目の右から2番目のヤツ、デザインが格好いいなと思って」 彼がそう言ったのはペアリングで、なるほどそれはシンプルではあったが邪魔にならな い程度の個性もちゃんとあり、填め心地もよさそうだった。 「欲しいのか?」 まさかぼくとペアであれをしたいと言うんじゃなかろうなと思いつつ尋ねて見る。 「欲しい……けど、こういうのって大抵男女のペアでメンズ二つっての無いじゃん」 「無くても欲しいなら買ってもいいよ?」 そもそも今日は彼へのクリスマスプレゼントを買うためにここに来たのだ。 毎年毎年お決まりのように二人でイブとその翌日を過ごすぼく達は、これもまた当たり 前のように相手に贈り物をするようになっている。 何日も前から相手の欲しいものを探り、それを用意して渡す。けれど今年はお互いに 忙しくてそんなことをやっている時間が無かった。 「だったらさ、いっそ当日にデパートに行ってプレゼントを買って贈り合わないか?」 彼にしてはなかなか良い案だと思ったのでぼくはそれを承諾し、こうして揃って来ている というわけだったのだっが…。 「本当にこれ、買ってもいいん?」 少し驚いたようにぼくを見る進藤にぼくはにっこりと微笑んで答えた。 「パスケースだけじゃ寂しいと思っていたしね、そんなに気に入ったなら買ってもいいよ」 キミの指輪のサイズは幾つだと尋ねると彼は答え、それからおずおずとぼくのサイズも 尋ねて来た。 「ぼく? ぼくは―」 答えながらほくそ笑む。彼はぼくとペアでそれをする気でいるがぼくにそんなつもりは無 かった。 本音を言えば、別にペアリングを買うくらいしてもいい。それを時々知り合いのいないよう な所で指に填めたってぼくはいいのだ。 でもそれを二人揃っていかにもな雰囲気でこんな場所で買うのだけは嫌だった。 「それじゃ、これでいいんだね」 「うん」 確認をしてから店員を呼び、ペアリングのメンズの方だけをサイズを言って頼んだ。 「すみませんこのペアリングをメンズの方だけ」 「女性の方のはいいんですか?」 「ええ、このデザインが気に入ったので自分用に一つだけ欲しいんです」 進藤は「あっ」と思ったようだったけれど、睨んで黙らせたので何も言えず、しおしおと、 ぼくが指輪を受け取るのを大人しく見ていた。 「さ、これで買い物も済んだから帰ろうか」 いつもいつも進藤にしてやられるぼくは、初めて彼に先手を打てたと上機嫌でその場を 去ろうとした。すると進藤は何を思ったのか「ちょっと待って」とぼくを引き止めたのだっ た。 「すみません、おれもこれ気に入ったから買います」 店員を呼んで、先程のペアリングのメンズの方を指さすとぼくのサイズを口にして、ぼく が何か言う前にさっさとカードを出して支払いを済ませてしまったのだった。 「さ、帰ろうか?」 意気揚々。 その時の進藤の顔は正にそんなものだった。 「キミ…まさかとは思うけれど最初からこれを狙っていたわけじゃないよね」 外に出て、冷たい夜の風に当たりながら尋ねる。 「ペアリングが欲しいって言ってもぼくが素直に頷くわけが無いから、こんな手の込んだ ことを―」 「するわけねーだろ、おれバカだもん」 おまえと違って頭良く無いからそんな小難しいこと考えられるわけが無いと、でも全身に 漂う満足感に、ああまたぼくはまんまと彼の策にはまってしまったのだと思い知った。 「…キミは他にぼくに何を買ってくれたんだ?」 「何も。本当はマフラーか手袋でもと思ってたんだけど、おまえゆっくり見させてくれそうも 無かったし」 「だったらもうそれはいいから、これから食べに行く食事の代金を全部持ってくれ」 今日はたっぷり飲ませて貰うつもりだからと言ったら進藤は笑いながら「婚約記念?」と 言った。 「違う!」 「婚約記念だろ? お互いにお互いの指輪を買って」 これから交換するんだからさと、ああ、どうしてこんな男にぼくは心底まいってしまってい るんだろうかとつくづく自分が情けなくなる。 「いいじゃん、こんなふうにしなけりゃ、おまえとペアの指輪なんて買うことなんか出来な いんだから」 少しくらい狡くてもいいだろうと、言う進藤の声音は少しだけ切ない。 「ぼくは…そんなに普段、意地が悪いかな」 「そうだな、意地は悪く無いけど、ちょっと物足りないかな」 だからたまには少しくらいおれの好きにさせてよと、無い頭を絞って考えた小細工にまん まとひっかかってくれるおまえのことが大好きだからと非道いことを言ってぼくに笑う。 「愛してる」 「こんな所で…」 「どうせ誰も人のことなんか見てねーよ」 イブだぜ? の言葉に周囲を見て納得する。 「そうだね、誰も人のことなんか見ていないね」 「だろ?」 だからさ、今日くらいこういう所でキスしたり、それらしくペアのリングを填めて歩いていて もきっと誰も気にしないと言われてぼくも思わず笑ってしまった。 「どうかな」 「大丈夫だって」 辺りは暗い。 歩く人はみなせっかちで、恋人同士は互いの顔しか見ていない。 「愛してる」 気が付いたら呟いていた。 「ぼくもキミを愛しているよ」 ゆっくりと溢れる程の愛情を込めて、彼はぼくに微笑んだ。そうしてからそっと道端に寄 り、ぼくを抱きしめるとキスをした。 「今年のクリスマス…最高っ」 「キミが最高にしたんだろう」 ありがとうと、ぼくは彼に指輪を渡し、彼もまたぼくに指輪を手渡した。 ありふれた道の端っこで、ぼく達はまるで結婚式のようにひっそりと互いの指に指輪を填 めて、それから誓いのキスのようにキスをした。 「それじゃ、行こうか」 「―――うん」 誰も知らない。 誰も気が付いてさえいない。 でもぼく達にとっては永遠に忘れられない幸せなクリスマスをもっとじっくりと味わうため に、ぼく達はしっかり手を繋ぐと人混みに混ざって歩き出したのだった。 |