Happy Mail



その日、ぼくは一日中、ずっとそわそわ落ち着かないでいたらしい。

「アキラぁ、どうかしたの?」

芦原さんに言われ、「どうしたんですか? 若先生」と碁会所のお客さん達にまでそう言われ
てしまうくらい、落ち着かず常とは違う様子であったらしい。


「アキラくん、今日はずっと上の空だけど何かあるの?」

市河さんにも心配そうにそう言われ、頬がさっと赤く染まる。

「何も! 何もありません!」

ただ誕生日なので父や母から電話があるかもしれなくてと言うと、皆一様に「ああ」と納得し
たような顔になった。


「そうね、きっと誕生日のお祝いにかけてらっしゃるわよね」
「塔矢先生からお電話がありましたら、わしらが若先生に寂しい思いなど絶対にさせていな
いから安心してくださいと伝えてください」
「はい―わかりました」


苦笑して頷く。

碁会所の中は今日はぼくのための誕生日仕様になっている。

毎年毎年、ぼくの誕生日にはいつものおやつがケーキになったりプレゼントを貰ったりと
市河さんが気を遣ってくれていたのだけれど、今年は両親も海外で寂しかろうと、まるで
碁会所総出の「お誕生会」のような感じになってしまっているのだ。


ぼくはもう小さな子どもでは無いし、両親も数日前に祝いの品を贈ってくれていたしで、殊更
寂しいと思うことは無かったのだけれど、皆の心遣いは嬉しかったので水を差すようなこと
はせず、してくれることをそのまま受け止めていた。


そんな中、皆が気にするほどにぼくが何に気を取られていたかと言うとメールだった。

一週間ほど前会った進藤が、今日がぼくの誕生日だと知ると、ぼくに祝いのメールをくれると
言ったのだ。


『悪い。おれその日は用事があって碁会所には行けそうもないんだけどさ、代わりにおめでと
うってメールは送るから』


それで勘弁してくれよなと言うのに笑ってしまった。

「いいよ別に、そんなに無理してくれなくても」
「でもおまえ、おれの誕生日にはちゃんとお祝い言ってくれたじゃんか」


だからおれもおまえにお祝いが言いたいんだと、その気持ちが嬉しくてぼくは「楽しみにして
いる」と答えたのだった。



自分ではそんなにそれを心待ちにしているつもりは無かった。

進藤のことだし忘れてしまう可能性も大きかったし、それに『友人』からのお祝いのメールを
そんなにも楽しみにする理由も無い。


だから来れば嬉しいけれど、来ないものとして考えていようと思っていたのに、気が付けば
ぼくは携帯の画面をこまめに確認してしまっているのだった。


碁会所に居る時はいつも人の邪魔にならないように電源そのものを切ってしまうそれを今日
はマナーモードにして、着信があればすぐわかるようにズボンのポケットに入れている。


絶対に震動があればわかるはずなのに、それでもぼくは気が付かなかったのでは無いかと
不安になって十分おきくらいに確認せずにはいられなかったのだ。


そわそわと落着かない気持ち。確かにこれでは周囲に居る人達も、ぼくが変だと嫌でもわか
ってしまうだろう。



(…やっぱり忘れてしまったのかな)

昼を過ぎて夕方に近くなっても進藤からのメールは来なかった。

くれたとしても精々「おめでとう」の一言だろうに、どうして自分はこんなにも進藤のメールを
待ちわびてしまっているのだろうかと思わず苦笑してしまう。


「お祝いを言ってくれるって言ったこと自体忘れてしまっているかもしれないのに…」



碁会所の中は賑やかだった。

持ち寄りでたくさんのご馳走が並び、クリスマスも兼ねた飾り付けでキラキラとしている。

カウンターの上には市河さんが奮発して買って来てくれた特大のバースデーケーキが置いて
あって、ぼくの年の数だけの蝋燭が小さな火を灯してゆらゆらと揺れている。



「アキラくん、ほら、ローソクの火を消してみんなでケーキを食べましょう」

こっそりと、もう何度目かわからない携帯画面の確認をしていたら、市河さんの明るい声がぼ
くに向かってかけられた。


「そんなに心配しなくても、塔矢先生達きっともうすぐお祝いの電話をかけていらっしゃるから」
「はい……」


申し訳ない気持ちになりながらカウンターの側に行き、皆がお祝いの歌を歌ってくれるのを少
しこそばゆく聞きながら微笑む。


「若先生、ハッピーバースディ、トゥー、ユー」

歌の終わりにケーキに顔を近づけて一気に蝋燭の火を吹き消す。

「おめでとうございます」
「おめでとうアキラくん」
「おめでとうアキラ〜〜〜〜」



たくさんの声の降る中、けれどぼくは大きく目を見開いてポケットの携帯を取り出そうと一
人慌てていた。


今まさに吹き消そうとしたその瞬間、ポケットの中の携帯に待ちに待っていた着信があったか
らだ。


(…覚えていてくれた!)

進藤はちゃんと覚えていてくれたのだと、一刻も早く内容が見たくて焦りに焦って取り出した携
帯の画面には、着信と、間違い無く進藤からのものであると表示されていた。


「進藤…」

彼は一体どんなお祝いの言葉をぼくにくれたのだろうかと、呆気にとられる皆をそのままに
ぼくはメールを開いて見た。



進藤からのメールは素っ気なく一言。

『誕生日おめでとーv』

そして行数を開けてまた一言。

『添付した写真見てみな?』

なんだろうと思って開いて見たぼくは、一瞬きょとんとしてしまった。

何故ならそこにはついさっき、皆に見守られながらケーキの蝋燭の火を吹き消そうとしてい
るぼくの写真があったからだ。


「……え?」

かなり長い間ぼんやりとして、でもまだわけがわからなくて顔を上げると、ぐるりとぼくを囲
む人々の一番後ろに進藤が居て、ぼくに向かってひらひらと手を振っているのだった。


「進藤っ!」

思わず大声が出る。

「どうして? キミ、用事があったんじゃ……」

「無理矢理抜けて来た!」

そして身振り手振りでメールの続きを見ろと言うので、皆を待たせたままで申し訳ないと思
いつつ、更に行間が開けてある下を見てぼくは一人真っ赤になった。


書いてあったのはこんなメッセージ。

『おれ、今日はおまえんちに泊まるって言って来た。だから今日は――』

「今日は最高の誕生日にしようぜ?」

にっこりと笑って進藤が言う。




ぼく達は友達だ。

ただの友達でライバルだ。

でもこのメールにそれ以上の意味が含まれているのは進藤の笑顔を見ればよくわかる。


拒むことも出来る。

拒まないことも出来る。

友達のままで済ますこともきっとたぶん出来るのだろうけれど――。


「うん……楽しみだ」

ぼくは躊躇いつつ答えていた。





あれはずっと昔、まだ今より一回り以上も幼かった頃の心懐かしい思い出。

子どもだったぼくは、誕生日に『友達』だった彼から大切なたった一人の『恋人』を貰ったの
だった。





※未満からちょっと一歩。16歳くらいの頃の二人です。
2008.12.14 しょうこ