Trick or Trick




碁会所のお客さんにかぼちゃを一つ頂いた。

「いや、田舎の親戚が送って来てね」

とても一人では食べられないからとその場に居た全員に配り、ぼくも一度は断ったものの
腐らせては勿体無いからとの言葉に有難く受け取って帰ることにした。



「あれ? 何? かぼちゃじゃん」

鞄に入る大きさの物では無かったので抱えて道を歩いていると、駅の方から来た進藤が
ぼくを見つけて駈け寄って来た。


「買い物? 袋に入れてくれなかった?」
「いや、違うんだ、今碁会所でお客さんに頂いて―」


袋も無くは無かったのだけれど、全員分は無かったのでぼくは直接手で持って帰ることに
したのだと言ったら進藤は「おまえらしい」と笑ったのだった。


「…そんなにぼくはかぼちゃを剥き出しで持って歩くのが似合っているかな」
「いや、そういうことじゃなくて、人を優先して自分は構わない所がらしいって言ったんだよ」


フツーいいとこのおぼっちゃん風のヤツがかぼちゃを剥き出しで抱いて歩いているかよと
言われて「いるんじゃないか?」と返したら何故かまた大笑いされてしまった。


「いつも思うけれどキミは一々失礼だな…」
「ごめんって、ただなんていうか」


やっぱりすげえおまえらしい答えだったからと言われてもぼくにはそれがどういうことなの
かわからない。


「そうだ、キミに半分、分けてあげようか」
「え? かぼちゃを?」
「うん。今うちはまたお父さん達が居なくてぼく一人だからね、食べきれないと勿体無いか
ら」


碁会所に戻って市河さんに切って貰おうと言ったら進藤は一瞬躊躇ったような顔になった。

「なんだ? もしかして剥き出しで持つのが恥ずかしいのか?」

さっきの仕返しとばかりに言ってやったら進藤はまさかと即座に言った。

「いや、そりゃ恥ずかしいは恥ずかしいけど、おまえがくれるんならおれはかぼちゃでも大
根でもパイナップルでもなんでも持って歩くよ」


ただ、おまえは今帰ろうとしていたのではないかと言われて「そうだよ」と答える。

「夜に近所の方に指導碁を頼まれているから…」
「じゃあいいよ、これから戻ったら時間食うじゃん」


それくらいなら日を改めて取りに行くから半分に切って残しておいてと言われてぼくもまた
笑ってしまった。


「なんだよ?」
「いや、キミも『らしいな』と思って」


図々しい、礼儀知らずなどと碁会の大人達には大層受けが悪い彼だけれど、でも本当は
意外にも人に対する心配りがとても細かい。


今だって碁会所に戻るくらいそんな大した時間でも手間でも無いのにぼくが遅れることの
方ばかりを気にかけている。


「なんだよ、人が折角行ってやるって言ってんのに」
「ごめん。うん、そうだね。正直そうしてくれると助かるよ」
「だろ?」


にっこりと笑う笑顔は嬉しそうで、ああ彼のこういう所がとても好きだなと思う。

「今週…明日明後日は都合が悪いから金曜日にでも来てくれるか?」
「いいぜ」
「出来ればそうだな、夕方…何も食べずに来て欲しい」


きょとんとした顔の彼にぼくは笑いながら説明した。

「そのまま持って帰って貰ってもいいけれど、折角来てくれるんだからぼくが何か作ってご
馳走するよ」


キミのお母さんの方がきっと上手に料理されると思うけれど、ぼくも芦原さんに教わったこ
とを色々試してみたいからと言ったぼくの言葉に進藤はぱあっと輝かんばかりの笑顔にな
った。


「えーっ。マジ? 本当?」

本当の本当におまえがおれにメシ作ってくれんの? とあまりの喜びようにぼくは気圧され
るように答えた。


「いや…でも大したものは作れないよ?」

それに全部かぼちゃだしと言うのに進藤は全然構わないと頭を振った。

「おれかぼちゃ好きだし! おまえの手料理なら炭でも食うし!」
「さり気なく随分失礼だな…」
「今のは言葉のアヤだって!マジですっごく嬉しいから」
「わかった。だったら腕を振るうよ」


煮物とスープとサラダと天ぷら。難しそうだけれどプリンとパイも作れるかもしれない。

「あ、そうだ。もし翌日に予定が無いのならその日はそのまま泊まっていけばいいよ」
「え? いいの?」
「だってキミ、今碁会所に来てくれた所だったんだろう? でもぼくはもう帰ってしまうか
ら…」
「ああ、でもそれ、おれが遅く来たせいだし」


そんな気にしないでくれていいよと言うのに思わず力を込めて言ってしまう。

「ぼくが―キミと打ちたいんだ!」

キミが来てくれたのに打てなかったなんて悔しくてたまらないからぜひ家に来て打って欲
しいと言ったら進藤は苦笑のように、でも笑った。


「相変わらず碁バカ」
「…気に障ったか?」
「いやぜーんぜん。泊まってもいいって言うならそのつもりで行くし」
「うん、そうしてくれ」


そして彼は結局そのままぼくと一緒に下りたばかりだろう駅に引き返したのだった。





「それじゃ金曜な?」
「うん、金曜日」
「あ、そうそう。かぼちゃで何作ってくれてもいいんだけど、お菓子だけは絶対つくんない
で!」


別れ際、言われてぼくは驚いた。

「キミ…甘いものそんなに嫌いだったっけ?」
「いや、大好きだけどTrickだけにしたいから」
「え?」
「『Trick or treat』って言うんだろ。幾らおれでもそれっくらい知ってるんだぜ?」
「ええっ????」
「おれ、お菓子はいらないから!」


イタズラだけさせて欲しいんだと、わけがわからず見詰め続けるぼくの頬に進藤は掠める
ようにキスをした。


そしてぼくが正気に返る前に反対側に来た電車に飛び乗る。

「いいな、絶対にお菓子は作るなよ!」

すっごく楽しみにして行くからと、念を押すように言って去って行く。




「Trickだけ……?」

ホームに取り残されたぼくは、かぼちゃを抱えたまま、呆然としばし立ちつくした。

(イタズラだけさせて欲しいって一体…)

どうしても彼の言ったことが理解出来なくてスケジュール帳を見たぼくは、やっと金曜日
が何の日なのかを知った。


「ハロウィン…」

その日にお菓子はいらないからイタズラだけさせて欲しいということは…。考えるうちに
ゆっくりと顔が赤く染まって行くのがわかった。



「…ぼくはいいなんて言って無い!」

けれどそれがもう居ない進藤の耳に届くはずも無い。

「そもそもハロウィンだなんて知らなかったんだ!」

(知ってたらキミなんか…)

絶対誘わなかったと思うのにもう遅い。


Trick or Trick

金曜日、彼は嬉々として家にやって来るだろう。

イタズラか、それとも、菓子よりも甘いイタズラか?

料理など二の次で、にっこりと悪魔のような笑みで微笑んで、ぼくに迫って来るに違い無い。


「どうしよう…」

問いかけても胸に抱いたかぼちゃは答えてはくれない。

そういうことに関しては進藤は神懸かりなくらいに回転が早く、押しもまた強いから、ぼくはきっと
逃れることは出来ないだろう。


(でも、何より困るのは…)

どうやらそれを本気で嫌だとは思っていないらしい自分だと思いながら、ぼくはかぼちゃを恨め
しく見詰め、それからハロウィンにされるだろうイタズラに思いを巡らせながら、赤い顔を更に真
っ赤に染め抜いたのだった。





※アキラの後の一人大祭り。行事はちゃんと把握しておかないと大変なことになるという。(ヒカル限定)
でもきっと案外ヒカルは何もしないかもしれないですよ。
手作りの料理でもてなしてもらって更に意味を悟ったアキラが一人でずっともじもじしているのを見ているだけで結構満足しちゃうかも。
で、ちゅーで寝ちゃってアキラが拍子抜けして怒るんですよ(笑)


2008.10.31 しょうこ