20090505


良く晴れた空を見ながら進藤と二人で素麺を茹でた。

「どうしてこの時期に素麺?」

夏の食べ物じゃないかと言ったら進藤は一瞬考えて、それから「んー、なんとなく」と
苦笑のように笑って言った。


「ラーメンとか蕎麦とかうどんとかって感じじゃないし、だからって米のメシって気もあ
んまりしないし」


だから素麺と、理由になっているのだかいないのだかわからないことを言いながら、
彼はゆであがった素麺を冷水にさらして手早く冷やした。


大きく砕いた氷の入ったガラスの器に流れるように盛ってトマトを飾り、めんつゆを添
えて満足げに見る。


そうしてから今度は思い出したように冷蔵庫からスイカを取り出して、それを小さな三
角に切って皿に乗せた。


「デザート♪」

機嫌良く言って、それに麦茶と柏餅も添える。

「まるで十五夜みたいだね」

盆に乗せて窓際のチェストの上に置いたそれを眺めながら、ぼくは素直に感想を言
った。


「ススキが無いのが不思議なくらいだ」
「あるんならそりゃススキくらい飾ってもいいけどさ、今は季節じゃ無いし」


それにそんなことをしたら本当に十五夜になっちゃうじゃんと進藤は笑う。

「だったら花くらい飾れば良かったのに」
「だって花とか飾ったら、なんだか仏壇のお供えみたいだし」


だからこれでいーんだと言って、それでもやはり物足りなく感じたのだろう、花瓶代
わりにしているガラス瓶を部屋の奥から引っ張り出して来ると、そこに小さな鯉の
ぼりを立てたのだった。


「どうしたんだ? これ」

「昨日、指導碁先で貰ったん。別に欲しくなんか無かったんだけどさ」

でもこうして花の代わりに飾るのはいいかもと、素麺やスイカの隣にそっと置く。

「大きい真鯉はお父さん…ってね」
「ぼくは緋鯉は嫌だよ」
「誰もそんなこと言って無いじゃん」


大きく開け放した窓の向こうには、こんな小さな玩具では無い、本物の鯉のぼりが
幾つも泳ぐ姿が見える。


「気に入ってくれるかな?」

それらの遠い景色を眺めながら進藤がぽつりと呟いた。

「おれのこと許してくれるかなあ…」

二度目に言った言葉は、呟きというよりは独り言で、だからぼくは聞かなかったふ
りをして最初の言葉にだけ返事をした。


「気に入ってくれるんじゃないか? たぶん」

こんなに美味しそうなものばかりだものと、彼が選んで来た物を見詰めながら返す。

「…だといいなあ」

吹いて来た風に小さな鯉のぼりの尻尾が揺れる。

それは泳ぐにも満たない微かな動きだったけれど、彼の言葉への返事のようにぼ
くは思った。


「本当に、そうだといいなぁ」

晴れた空の青い色はずっと見ていると目に染みる。

そう言ってふいに視線を落とすと、進藤は目の前の小さな鯉のぼりをじっと見詰め
た。


いつまでもいつまでも瞬きもせずにずっと見詰め続けているので、ぼくは彼の傍ら
に寄り添うように立つと、微かにそよぐ小さな鯉のぼりを一緒に黙って見詰めたの
だった。





※お供えみたいなものですが、お供えともちょっと違うって言うか。

それまではただひたすらナーバスになったり、空を見るのも辛いような季節に
空を見ることが出来るようになったヒカルの話です。


ちなみにアキラはまだ佐為のことを知りません。
薄々理解していますがヒカルの口からは聞いていません。でも知らなくても一緒に素麺を茹でます。
唯一それが出来るのがヒカルにとってのアキラです。


2009.0505 しょうこ