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「恋彩宴」参加作品






夢色




遠く星の空に居る人には、地上はどんなふうに見えるのだろうか?



七夕をしたいと進藤が言って、花屋で大きな笹を買って来た。

買って来た笹は、普通一般家庭に飾るようなサイズでは無くて、悠々と2メートルはある
学校や幼稚園、商店街などに飾ってあるようなフルサイズのものだった。


「少し…大きすぎないか?」

駅前の花屋から十分程の道のりをそれでも頑張って一人で運んで来た進藤は、マンシ
ョンの入り口で難儀して、更に部屋のドアを通すのに難儀した。


それでもようやくベランダに出した時には満足そうな顔になり、わさわさと揺れる細い葉
を見上ながらぼくに向かって微笑んだ。


「いいじゃん、このくらい大きい方がさ」
「でも、いくらなんでも大きすぎる。キミ…七夕が終わったらこれをどこに片付けるつもり
なんだ」


今はプラスチックの物など、もっと手頃なものが幾らでもあるだろうに、どうしてわざわざ
これを買って来たのだと苦笑してしまう。


「んー、片付けることまで考えて無かったな。これ、このままゴミの収集に出したら怒られ
る?」
「当然だろう」


「まあいいよ。なんか考える。それにこれ、確かにちょっとデカイけどさ、このくらいじゃな
いと空から見た時に見えないんじゃないかなと思って」


「空から? 誰が?」
「それは――」


言いかけてぐっと詰まり、それから照れ隠しのようにへらりと笑いながら「織り姫と彦星」
と言った。


「…キミがそんなにその二人に思い入れがあるなんて知らなかったな」
「別にそんなんじゃないけどさ、一年に一度しか恋人に会えない可哀想な奴等なんだか
ら、地上でも応援してやりたいじゃん」


「別にいいけど…飾りは買って来なかったのか?」
「飾り?」
「そう、飾り」


折り紙やくす玉、短冊などを飾らなければ七夕にならないだろうと言ったら進藤の顔に
そんなこと考えもしなかったとそのままの感情が表れた。


「仕方無いな。いつだったかの囲碁フェスで余った色紙を貰って来ていたはずだから、
それで短冊と飾りを作ろう」
「うん―」


途端ににっこり機嫌の良い顔になる。

進藤は単純だ。単純というより素直だ。こういう所が好きだなあとしみじみと思う。

「それから…紐と」
「モールとか綿もいる?」
「クリスマスツリーじゃないんだから」


苦笑しつつ材料を揃えて二人で作る。

「おれ、何を作ればいい?」
「短冊と、それから色紙で提灯を作って貰おうかな」


「…提灯って???」
「わかった。キミは短冊だけでいいよ。たくさん作って、どんどん自分の願いごとを書い
てしまっていいから」


こんなことをするのは一体何年ぶりだろうと思いながら、折り紙で鶴や提灯や網飾りを
作る。


「おまえ器用だなあ…」
「母がこういうことを好きだったんだよ。それに碁会所にも笹飾りはあったし、あそこに来
るお客さんは皆、年配の方が多いからね」


皆に教えて貰ったのだと言うぼくの手元を進藤は感心したように見詰めている。

「キミ、短冊は出来たのか?」
「作ってる。ちゃんと願い事も書いたし…」


赤や青、金色や銀色に黄色や緑。様々な色の切り出された短冊が彼の手元にはあっ
て、その幾つかにはもう既に願い事が書かれていた。


「『今年こそタイトルを獲れますように』…か」
「読むなよ!」
「『塔矢といつまでも―』」


いつまでも仲良く暮らせますようにと書いてある短冊に思わず顔が赤くなる。

「だから読むなって言ったじゃん!」

他愛ないことから、結構リアルな願いごとまで、進藤は短冊に書いて行く。

「ぼくの分もちゃんと残して―」
「わかってる。ちゃんとおまえの分の願いゴトも書いておいてやるから」


勝手なことを言って、彼はぼくの分と称して『進藤と一緒に居られますように』『ずっと二
人でラブラブで居られますように』などという短冊を書いた。


「…もう―好きにしてくれていいよ」

一々怒っているときりがないので放っておいて、ぼくはぼくで笹飾りを作るのに集中し
た。


小一時間ほど折り続け、そしてやっと最後の折り紙を折り始めた時、進藤がまたじっと
ぼくの手元を見詰めているのに気がついた。


「短冊はどうしたんだ?」

尋ねるのに返事をせず、居心地が悪くなる程熱心に折り紙を見ている。

「進藤」
「なあ、それ何?」


やっとぼくの方を向くと、進藤は思いがけず真剣な顔でそう尋ねて来た。

「何って…ああ、これは」

彦星だよと言うと、途端に進藤は気が抜けたように溜息をついた。

「そうか、そうだよなあ」

おまえが知ってるはずが無いもんなと、そしてそれから再び言う。

「これ、彦星ってことは織り姫も作るん?」
「そうだけど?」


「作らなくていいよ」
「え?」
「彦星だけでいいからさ、これ、このまま飾って」


何とも言えぬ奇妙なお願いだけれど、進藤はあくまで真剣だった。

うす水色の折り紙で折った、高い帽子を被ったその彦星をどうして一人にさせたいの
かぼくにはわからなかったけれど、でも折るなと言われては織り姫を折るわけにはい
かない。


「でも進藤…これではなんだか可哀想じゃないか?」

一年に一度、やっと待ちわびていた恋人に会える。その彦星をひとりぼっちで笹に飾る
のはどうにも寂しそうでぼくは胸が痛んだ。


それは彼と会えなかった時のことを思い出してしまったからかもしれなかった。


「…そうだな。じゃあ、彦星だけ後二つ折って」
「彦星を?」
「うん、二つ」


続く進藤のお願いは更に不思議な物で、でもぼくは逆らわずに紺色と緑で後二つの彦
星を作った。


「これ、おれとおまえな」

にっこりと笑うと進藤は彦星達を持ってベランダに出て、笹の上の方に飾りつけた。

「それを飾るなら、他の飾りもつけてくれ」

言うのも気にせず満足したように笹を見上げる。

「なあ、これでもう寂しく無いよな」
「寂しくは無いんじゃないか?」


「そうだ! おまえ、碁盤作って、碁盤! それで、それもここに飾ったらもっと寂しくなく
なるんじゃねえ?」
「まったく…キミの言うことは無茶苦茶だ」


作りたくても折り紙はもう無い。そう告げるとしょうがないなと進藤は諦めた。

「ま、碁盤なんか無くても目隠し碁でもなんでも出来るしな」

そして進藤は黙々と他の飾り物も笹に飾り付けた。

ぼくは彼に聞きたいことがのど元まで一杯に上がって来ていたけれど、黙って彼と一緒
に笹に飾りをつけ続けた。


飾りを全てつけ終わり、短冊も全て吊し終えると笹は見違えるようになり、立派な七夕
飾りになっていた。



「これだったら空からでもちゃんと見えるな」

ベランダの柵に寄りかかりながら、彼が高く空を見る。

「進藤…」

『その人』は星の中に居るのかと尋ねたら、進藤は黙ってそれから言った。

「さあ、わかんない。居ないような気もするし、居るような気もするし」

でも、もしかしたら居るかもしれないから寂しく無いように飾ってやるんだと、それが織り
姫と彦星で無いことくらいぼくにもわかる。


聞かなくても誰なのか、きっとぼくは知っているのだと、それもぼくにはわかっていた。

(でも聞かない)

聞く必要も無いことだからと、ぼくは彼の隣に並んで笹を見上げた。

色取り取りの美しい飾り。そして願い事のたくさん書かれた短冊がそよと吹いてきた風
に笹の葉ごと揺れる。


「笹の葉さらさら―」

鼻歌まじりに彼が口ずさむのを聞きながら、ぼくは彼が結局ぼくに一枚も書かせずに全
て自分で書いてしまった短冊を見詰めた。



『来年までに昇段』

『NEC杯優勝』

『塔矢といつまでも一緒に居たい』


他愛ないと思ったその願い事は、よくよく見れば全て誰かへの彼の報告のように見え
る。


今はこうなんだと、そして来年はこうありたいと。

そしてその彼の隣には常にぼくが居るのだと、進藤は短冊に書き記しているような気
がした。



『塔矢がもう少し怒らなくなりますように』(でも本当は優しいんだよ)

『来年も幸せな毎日でありますように』(今、毎日幸せなんだ)

『死ぬまで打ち続けられますように』(毎日頑張ってるよ、おれは)


さらさらと揺れる葉擦れの音と共に彼の聞こえ無い声が聞こえてくるような気がする。

「…少し妬けるな」

花屋で笹を見た瞬間、買って見せようと思ったのはぼくでは無い。

苦労して運んで一面に飾りをつけて、寂しく無いようにと彦星を三つぼくに折らせた。

「何が?」
「彦星。キミにそんなに思われて羨ましい」
「って、何バカ言ってんだよ。彦星には織り姫が居るんじゃんか」


おれは不倫なんかするつもりは無いと言ってぼくを抱き寄せる。

「解っているくせに、狡いな…」
「狡くなんか無いよ、おれは本当にただ…」


ただ、おまえをあいつに見せびらかしたかっただけだからと言って、そっとぼくに口づけ
た。


あいつって誰?
あの彦星は本当は誰なんだ?


聞きたいことは相変わらずぼくののど元まで溢れて来ていたけれど、ぼくは敢えて聞か
なかった。


繰り返されるキスがあまりに優しく甘かったのと、そのキスがぼくへの愛情で嘘偽りなく
満ち溢れていたから。



彼が愛しているのはぼく。
でも大切に思う人が空にも居る。


(でも、それでいい)

もうそれでいいんだ―――。

そうと知っていて、それごと好きになったのだから。

「進藤」
「ん?」
「雨が降らないといいね」


ぼくの言葉に彼は嬉しそうに笑った。

「うん、そうだな…晴れてたらいいよな」

二人で作った大きな大きな七夕飾り。

星空に居る人はこれを見て、果たして喜んでくれるのだろうか?

ぼくにはわからないけれど、喜んでくれたらいいなと、目を細め笹を見上げる彼の横顔
を見詰めながら、心の底からそう思ったのだった。






「七夕更新」の文字を見まして、嬉しくなって書いてしまいました。(^^)

微妙に三角関係?ぽいですが、三角関係では無いです。
わかっていてもちょびっとだけ佐為ちゃんに焼き餅を焼いてしまうアキラの話なのでした。


2009.7.7 しょうこ

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