笹飾り



夢の中で進藤は、七夕の笹飾りから短冊をむしり取っていた。

『進藤、何をやっているんだ』

背丈よりもある大きな笹の、天辺まで吊されているたくさんの短冊。

その色取り取りの短冊を進藤は気がふれたようにものすごい勢いで手でむしり取っているのだ
った。


『せっかく綺麗に飾られているのにどうしてそんなことをするんだ』
『うるさい』


進藤はにべもない。

『それにそんなことをしたらキミの手も…』

言うまでも無く、彼の手は傷だらけで笹の葉や短冊を吊してある糸で切ったのだろうか、あちこち
血が滲んでいる。


『進藤、どうして短冊をむしり取らなければいけないんだ』

せっかく星への願いごとが書いてあるのに、どうしてそれを―と思いながら千切られて足元に散ら
ばる短冊の切れ端に目をやった。そしてはっとする。


赤や黄色やピンクや緑。

様々な色の短冊に書かれていたのは全て彼の心。

秘めていて、決して口に出したことの無い、嘘偽りの無い彼のぼくへの想いだった。

『進藤…』
『こんなもの! 全部捨ててしまわなければいけないんだ』


こんな、おまえを苦しめることにしかならないものはと、その声の切なさにぼくは胸を突かれた。

『知られる前に全部、全部捨ててしまわなくちゃ―』
『もういいよ、進藤、もういいから』


無理に捨ててしまわなくていい、むしろ捨ててなんか欲しく無い。

『キミの気持ち、ぼくは知って嬉しいのに』
『嘘だ! 嬉しいなんて、そんなことあるはず無い』
『嬉しいよ、だってぼくの気持ちはキミと同じだから』


一心不乱に短冊をむしっていた進藤の手がぴたりと止まった。

『嘘』
『嘘じゃないよ、本当だよ』


ぼくはキミが好――――。

好きだよと言いかけたぼくの口を彼の傷だらけの手が塞いだ。

『言っちゃダメだ、そんなこと絶対におまえが言ったりなんかしちゃいけないんだ』

おまえは絶対不幸になるよ。しなくてもいい苦労をすることになるよと泣きながら進藤が繰り
返す。


『おまえは絶対そんな道を選んだりしちゃダメなんだから』と。




目が覚めた時ぼくは碁会所のカウンターに突っ伏していて、起きて初めて自分が寝ていたこ
とに気がついた。


「あら、アキラくん目が覚めた?」
「市河さん…」
「疲れているのね、進藤くん、まだ来ていないからもう少し眠っていても良かったのに」
「いえ、こんな所で寝ていては営業妨害になりますから」


そう? むしろお客さんが増えそうだけどと言われて苦笑する。

「そうそう、短冊書いてくれた?」
「すみません、眠ってしまったのでこれから書きます」
「少しでもたくさんあった方が綺麗だから、アキラくんもちゃんと願い事を書いてね」


手元には色紙を切って作られた短冊。

この短冊を渡されて、願い事を書くように言われたからあんな夢を見たのだろうか?

(それとも願望かな)

夢の中で笹に吊されていた短冊は進藤の書いたものだった。

ぼくへの気持ちを書き綴ったあのたくさんの短冊は裏返ったぼくの願望だろうか。

あれくらい彼に思われていたい。

彼の気持ちがぼくのそれと同じであって欲しいと、浅ましいその願いは七夕に相応しく無いか
もしれないけれど。


(でも、告白しよう)

拒まれたらその時はそれでいい。

嫌われたら絶望して泣けばいい。

それでも胸に抱えることがあまりにも重く辛くなって来てしまったので、ぼくは彼にぼくの気持ち
を伝えようと、昨夜から考えて来た言葉を短冊に記す。


そして勇気を出せと自分で自分を励ましながら、その短冊を誰の目にも見えないように笹の高
く、葉の茂った裏側にそっと密かに吊したのだった。






※ヒカアキです。これで若先生が本当に告白出来たかどうかは秘密です。
2009.7.7 しょうこ