20091008




うつらうつら眠っていたら、ひやりとした感触で目が覚めた。

足を持ち上げられて触れられているのだと思った瞬間、反射的に言葉がこぼれた。

「…もう」

頼むからもうお終いにしてくれと言ったつもりだったけれど、声がかすれて上手く言葉にならない。

けれど進藤は気がついたらしく手を止めると、ぼくの顔をのぞき込むようにして言った。

「あ、ごめん、寒かった?」

そして胸の上にぱさりと毛布がかけられる。

お湯ももっと熱くしてくるからとそう言われて、自分が熱くしたタオルで拭かれていたのだとようやく気
がついた。


「いい…別に」

後でシャワーを浴びるからと言った言葉は、けれどやはり声にはなっていなかったらしくて、進藤は苦
笑のように笑うとぼくの髪をくしゃっと小さな子どもにするように撫でてから離れて行った。


(…どうしてぼくはここに居るのだっけ)

軽く記憶が混乱している。

(夕べ久しぶりに進藤に会って―)

食事をして軽く飲んだ。

そこまでは、はっきり覚えている。

(その後―)

遅くなってしまったので進藤の部屋に泊めてもらうことになったのだったと、ゆっくりと記憶を遡りなが
ら考えた。


いつものように話をして、いつものように打って、そしてそれからどうなったのか?

覚えているのは指が触れたこと。

なんでもないただの指先と指先の触れあいが、どうして握り合い、抱きしめ合うことになったのかは、
やはりよく思い出せないのだけれど、衝動のようなものだったと、それだけはわかる。


(そして…)

ああ、そうだ。

そうだったと思い出しているうちに進藤が戻って来て、再び足を持ち上げられた。

「どう? 熱くない?」

当てられたタオルはさっきよりも熱くなっていて、でも心地よかった。

「…大丈夫」
「そうか、良かった」


言いながら進藤はぼくの腿の内側から足の付け根に向かってを熱いタオルで拭いて行った。

丁寧に、これ以上無い程丁寧に拭かれて、再び意識がとろりとする。

体勢を考えると恥ずかしいことこの上無い格好になっているはずなのだけれど、不思議とそれを嫌
だとは思わなかった。


(気持ちいい)

親にも見せられないような、そんな恥ずかしい所をあからさまに見られているはずなのに、どうして
それが不快で無いのかわからない。


「…ごめんな?」
「…何が?」
「おれ、結構加減したつもりだったけど、出来て無かったみたいだ」


血で汚れている、痛かっただろうと言われて「ああ、痛かったとも」と力無く答えた。

「…こんな非道い目に遭ったのは生まれて初めてだ」
「ごめん」
「でも…いい」


幸せだったからと言ったら、ぼくを拭くタオルが一瞬止まった。

「…マジ?」
「キミじゃなかったら許さなかった」


だからつまらないことを気にするなと言ったら進藤は笑った。

「そっか―うん」

そしてまた黙々とぼくの体を拭き始める。

足から尻から綺麗に拭かれ、それから進藤は今度はゆっくりぼくの腹を拭き始めた。

タオルが冷えてくると再び温めに行って、熱くしてから丁寧に拭く。

ああ、今までこんなに誰かに大切に扱われたことがあっただろうかと思ったらふいに胸の奥が掴
まれたように痛くなった。


「…進藤」
「ん?」
「言って無かったかもしれないけれど、ぼくはキミが好きだよ」


半分寝かかったような状態で、それでもぼくは言った。

「昔から…ずっと好きだった」
「おれも…」


おれもずっと昔からおまえのこと好きだった。大好きだったと言われてたまらない程嬉しくなった。

「そうか…よかった」

ありがとうと言いながら目を閉じると、横たわったぼくの体を持ち上げるようにして進藤がぼくを抱
きしめた。


「大好き―塔矢」

これからはおまえ、おれのものだと囁くように言って、ぎゅうっと折れる程強く抱きしめる。

「…う」
「ん?」
「違う」


ぼくなんか最初から全部キミのものだったよと呟くように言った声は今度はちゃんと進藤の耳に届
いたらしい。


彼はもう一度ぼくをぎゅっと強く抱きしめると、そっと布団の上に下ろしてくれて、それから命より大
事な物を扱うように、再びぼくの体を熱いタオルで丁寧に、これ以上無い程丁寧に拭いて清めてく
れたのだった。




※おめでとう、「とうや」の日!2009.10.8 しょうこ