塔矢アキラ誕生際8参加作品







unhappy birthday



「最低…」

それがぼくの誕生日、目を覚ました進藤の第一声だった。

「最低って何が?」

少し前に起きていたぼくが近寄ろうとすると、「いや、嘘! なんでも無いから」と言って
慌てて起きあがろうとし、けれど出来なくてそのまま突っ伏してしまった。


「進藤キミ…」
「なんでも無いっ、本当ーに何でも無いったら!」


じたばたと藻掻きながらも起きあがれない。それだけでもう解ってしまった。

「進藤、キミ…具合が悪いんだろう」
「違うったら、違うったら、絶対に違うっ」


言い張るのを無視して熱を計ってみれば、案の定体温計は38度6分を示していた。

「…風邪だな、たぶん」

一昨日辺りから彼は時々咳をしていて、喉が引っかかっているようだった。だからもし
やと思っていたのだけれど、まさかここまで悪化しているとは思わなかった。


「壊れてんだよ、その体温計。この間おれ、蹴っ飛ばしたもん」

だから本当は平熱で、おれ全然健康だからと必死の声で言うのに、呆れるのを通り越
して可哀想になってしまった。


「ダメだ、キミはどう見ても風邪だし、もしかしたらインフルエンザかもしれないし」

だったら今日はそのまま一日ゆっくりと休んでいた方がいいと。

告げた瞬間進藤はぐいっと顔を上げ、今にも泣きそうな顔でぼくを見つめた。

「だっておまえの誕生日〜」
「はいはい。だから手合いも何も予定が無くて良かったね」
「そのために空けたんじゃん! おれら最近忙しくて中々休みが合わないから」


進藤が情けない顔になるのも無理は無い。ぼくの誕生日をオフにするために、ぼくも
彼も結構無理な予定のやりくりをしたのだから。


「せっかく二人で遊びに行って…」
「無理だね」
「それからホテルで食事して…」
「そんな熱では味なんかわからないよ」
「そのまま一泊するはずだったのに…」
「勿体無いけれどキャンセルだね、後でぼくがしておくよ」


冷静に受け答えをするぼくに、彼は恨めしそうな声で鬼だ悪魔だと非道いことを言っ
た。


「大体、悔しく無いのかよ。せっかくのおまえの誕生日だぞ!」
「―――――そう思うなら、思っていればいい」


ぼくはとても楽しみにしていた。今日キミと過ごすことを心から楽しみにしていたよと、
突き放すように言ったらさすがに進藤も黙った。


「…ごめん」
「いいから。だから頼むから今日は無理をしないでゆっくり休んでくれ。確かにとても
残念だけど、誕生日はまた来年も再来年もあるし、それまで待てないなら、二月にで
も今日の分と併せて祝ってくれればぼくは良いから」
「……うん」


だけどやっぱり悔しいと、それからしばらく進藤は黙ったままじっと突っ伏して顔を上
げようとはしなかった。







「おれさ…」

熱で赤く染まった頬をして、進藤がぽつりと呟いたのは、昼も過ぎ、夕方に近くなった
頃だった。


朝目覚めた時にはあんなにごねていたくせに、やはりかなり体はキツかったらしく、そ
の後昏々と眠り続けた彼は、今ではすっかり目がとろりとした完全な病人の顔になっ
ている。


「ん? 目が覚めたのか。どうした? 水でも欲しい?」
「…いらない」
「なんだ、気分でも悪いのか?」
「悪いも悪い。最低だって」


かすれた声で苦しそうに言う。どうやら喉も悪化したようだ。

「…おれ、マジで今日をすごく楽しみにしてたんだぜ?」

まだ言うかと思いつつ、それでも逆らわずに黙って聞く。

「おまえと映画観て、買い物して、それでそこでプレゼント買おうとか思ってた」
「…そうか」
「おまえ、何も欲しがらないけど、ミッドタウンでこの前おまえに似合いそうなコート見
つけたから、それなんかいいかなとか」


ごほっと咳込んでそれから続ける。

「…それとか、全然そういうんじゃない、馬鹿みたいな物でもいいかなって」
「馬鹿みたいなもの?」
「おまえが絶対嫌がるような、ベッタベタなペアアクセみたいなのとか」
「…ああ」


そういえば進藤はぼくとペアのリングをしてみたいと言っていたのを思い出す。

「それは嫌だな。キミとペアなのが嫌なのじゃなくて、無くしたらきっとものすごく辛い
から」


だから今の案ならば、コートの方を買って欲しかったと言ったら進藤は笑った。溜息
のような苦い笑いだった。


「そっか、ちぇっ、つまんねーの」

でもそれも今度行くまでには売れちゃってるかもしれないし、結局何にもおまえにして
あげられなかったと、しみじみ悔しそうに言われて胸が痛んだ。


「…ぼくは別にいいのに」
「良くないよ、少なくともおれが良くない」


まだ出会ってから何回も祝って無くて、これから祝える回数だって全然足りないってい
つも思っているのにと、一体彼はどれくらいぼくに幸せをくれるつもりなんだろうかと思
ってしまう。


「ケーキ買いたい!」

唐突に叫ぶように言う。

「ケーキ?」
「ケーキって言ったらケーキだよ。誕生日で『おめでとう』って書いてあるようなヤツ」


何も出来ないならせめて誕生日のケーキくらいは買いたいと、なんだまたごねだしたの
かとやんわりと諫める。


「ダメだ」
「何で!」
「今日買ったってキミはどうせ食べられないじゃないか。誕生日のケーキを一人ぼっち
で食べさせるなんてそんな非道いことをキミはぼくに強いるのか」
「だったらいいよ。ケーキじゃなくてもいい。おまえ今すぐ駅前に行って、何でもいいから
欲しいモンおれのカードで買って来い」


そうしたらそれをプレゼントにするからと、もう無茶苦茶だと思いつつ、でもそれが愛情
故だと解っているので怒れない。


「だからさっきから言っている。元気になったら買ってくれって」
「だってそんなの待ってたら、今日が過ぎちゃうじゃんか!」


一年にたった一回しか無いおまえの誕生日が過ぎてしまうと、そのあまりに切羽詰まっ
た口調は、何故かぼくをドキリとさせた。


「どうしてそんなに『今日』に拘るんだ?」
「だからさっき言ったじゃん。まだおまえに会ってから―」
「違うだろう、キミのはそういう拘り方じゃない」
「それは…」


しばらくたってからぼそっと言う。

「…おれ、ヤなんだよ。後でも出来るって後回しにして大事なことが出来なくなるの。も
う二度と嫌なんだ」


昔に一度それで失敗しているからと、それはたぶんぼくの知らない、けれどもしかした
らぼくも知っているかもしれない彼の心の傷なんだろう。


「だからしたいと思っていることは、絶対に先延ばしにしたく無いんだ!」
「…そうか、わかった。でも、それなら大丈夫。ぼくは今日、充分キミに祝って貰ってい
ると思うから」
「だって、そんなの、おれ…おまえに何にもしてない」
「しているよ」


汗ばんだ額に手を当ててそっと微笑む。

「キミは不本意だと思うけれどね。ぼくは今日一日、キミの側に居られてとても楽しか
った。朝からずっとキミの顔を眺めて過ごして、汗をかいていたら拭いてあげて…」


覚えていないかもしれないけれど、何度か水も飲ませてあげたんだよと言ったら進藤
は拗ねたような顔で「知らねえ」と言った。


「キミはずっととろとろ眠っていて、息が苦しそうでそれは可哀想だったけれど、熱で
弱っているせいか普段より素直で可愛かった」
「可愛いって…」
「ありがとう、大好きってぼくは今日何回もキミに言って貰った。薬を飲ませようとした
ら飲めないって言って、それから」
「わーっ、なんだか知らないけど言うな!」


飲ませてくれとキミは言ったんだと、微笑みながら言ったら進藤は熱とは違う赤さで顔
をどす黒い程に赤く染めた。


「知らねえっ、そんなこと言わねえっ、絶対に絶対にそんなこと言うわけねーじゃん」
「言ったよ。だからちゃんと言われた通り飲ませてあげたんだ」


口移しでねと言ったら進藤はぐうと呻きともなんとも言えない声をあげた。

「…なんだよ、それ。そんなの知らねーよ。大体おまえ普段だったら絶対にそんなこと
やってくれないくせに、どうしておれの正体が無い時にそんなことやってんだよ」
「誕生日だから」


にっこりと言ったら進藤は絶句した。

「今日はぼくの誕生日だ。だから普段しないようなこと、普段キミがさせてくれないよう
なことを色々させて貰うことにしたんだ」


楽しかったよと言ったら進藤の顔は更に真っ赤に耳の後ろまで染まってしまった。

「おまえ…最低っ」
「そうかな。ちょっと前までは眠りながら、ぼくの手を握って離さないで、嬉しいことをた
くさん言ってくれたけれど」
「何を?」
「…教えない。教えたらきっとキミはもう二度とぼくを具合の悪い時に側に寄らせなくす
るからね」



言ったのは言葉。

『ずっと側に居て』
『本当はおれ、おまえが離れて行っちゃうんじゃないかっていつもすげえコワイんだ』
『おまえはおれのこと、おれがおまえを思っている半分でも思ってくれてるのかな』


そして、触れたのは手。
熱で熱い指先はぼくの手をしっかりと握って愛しそうに何度も頬ずりした。


『おまえの手、気持ちイイ。この手で触って貰うだけでおれ、死にそうなくらい気持ち
がイイんだ』


してくれよと言ったことまで教えたら彼はたぶん悶死するだろうから、絶対に教えて
なんかやらないけれど、ぼくはそれも叶えてやった。


熱い言葉を聞きながら、熱い肌を指で愛する。それは映画を観てホテルで食事をし
て一泊するよりもぼくには幸せで楽しかった。


「キミを一日独り占め出来てぼくにとっては最高に幸せな誕生日だったよ」
「おっ、お粥っ…」


顔を真っ赤に染めたまま、黙りこくっていた進藤が突然言った。

「え?」
「腹減ったからお粥が食いたいんだよっ!」


まるで怒鳴りつけるかのような激しい物言いに少し驚いて、でも顔を見たら進藤は
その逆の今にも泣き出しそうな子どものような顔をしていた。


「お前言ったじゃん。おれを見てるのが楽しかったって。色々するのが楽しかったっ
て。だからもっと楽しくさせてやるって言ってるんだよ」


こうなったらもう徹底的に面倒見てもらうから、有難くプレゼントを受け取りやがれ
と言われて笑ってしまった。


「わかった。今、最高に美味しいお粥をキミのために作って来てあげるよ」
「それからポカリ。喉渇いたから」
「いいよ、他に何かある?」
「それと…」


一旦口ごもってから、進藤はおずおずとぼくの顔色を窺いながら言った。

「…ケーキ」
「ええっ?」
「やっぱりケーキを買って来て欲しい! 熱が下がって食えるようになったらすぐにお
まえと食べたいから」


ローソクもちゃんと年の数だけ貰って来いよなと畳みかけるように言われて呆気にと
られた。


「なんだよ、やっぱダメなのかよ」
「いや――いいよ」


病み上がりの口でもクリームとスポンジは全然美味しくは感じられないだろうに。

「後で…そうだね。キミがぼくの作ったお粥を食べて、大人しく一眠りしてくれたらその
間に買って来てあげてもいいかな」
「いいかな…じゃなくて、買ってくんの!」



ハッピーバースデー。

自分のためにケーキを買うのは恥ずかしいけれど、幸せなプレゼントを貰った代わり
に、彼のためにケーキを買うならば、それはとても嬉しい。


「そっ、それからワインと」
「却下」
「ケンタでチキンと」
「クリスマスじゃないんだから…」
「じゃ、じゃあアイスクリーム。ハーゲンダッツの新作のがいい」
「甘いものばかりになってしまうじゃないか」


折角色々計画を立てて、なのにそれが全てダメになってしまった彼はとても可哀想だ
と思うけれど、でもやはり、ぼくにとって今日は良い誕生日だったとそう思う。


「甘くていいんだよっ、おまえの誕生日なんだから!」
「そんなの関係無いだろう」
「あるっ、無くてもあるんだよっ!」



12月14日。

彼にとっては最低で、ぼくにとっては最高なこの年の誕生日は、ぼく達の間で忘れら
れない永遠に大切な思い出の一つになったのだった。






誕生祭開催が嬉しくて、どうしてももう一つ書きたくてこんなギリギリにまた投稿させて頂きました。
主催者様すみませんでした(汗)
塔矢アキラに栄光あれ!