傲慢にして我が儘
基本、焦らすのは好きだけれど焦らされるのは大嫌いな進藤は、誕生日やクリスマス、
バレンタインには朝から非道く落着かなくなる。
「なあ、今日は何日だっけ?」
日にちの確認から始まって遠回しにほのめかしながら、それでもぼくが無視していると
やがて我慢しきれなくなって「マジで今日が何の日か覚えてないのかよ?」おまえの愛
ってそんなものなのかと突っかかってくるので始末が悪い。
子どもだ…といつも思う。
そしてそれはそういうはっきりとした行事ごとだけでは無く、曖昧な、例えば彼のためだ
けに存在するわけでは無い行事でも同じことで、10月31日の今日、彼は臆面も無くぼ
くに聞いてきたのだった。
「なあ、今日って何の日か知ってる?」
それでも多少は学習しているのかいつもよりずっと前振りが短い。
「…出雲ぜんざいの日と天才の日だったっけ?」
「知らねーよ、そんなの! それよりもっとメジャーなのがあるじゃん」
街の中に溢れるかぼちゃを見て気がつかないのかと言われてわざと首を傾げて見せ
る。
「かぼちゃ…何か新種のかぼちゃが出来た記念の日だっけ?」
「ちげーよ!ハロウィン!今日はハロウィンに決まってるじゃん」
本当はさり気なく切り出したかったのだろうにやはり我慢が出来なくて進藤は結局自分
からズバリと言ってしまった。
「……で、そのハロウィンがなんだって?」
「何ってその……」
元々日本の行事では無い。
けれどそのくせ、いつの間にかちゃっかりクリスマス並に日本に根付きつつあるこのイ
ベントを進藤はぼくと楽しみたいらしいのだ。
「確か、あれだよね? 子ども達が仮装して近所を回ってお菓子をねだるって言う」
「そうそう、それ!」
『Trick or Treat!』
いくらぼくが疎くても、ハロウィンくらい知っている。
「で、キミはそれをやりたいわけなのか?」
この東京で、いい年をした大人のキミがそんなことをしたらそれはただの恐喝になるので
は無いかと言ってやったら進藤は途端に拗ねたように口を尖らせた。
「恐喝って、そういうお前の発想がおれは怖いよ。大体いつおれが通りすがりに人を脅か
すなんて言ったよ」
もっとこう…ほら、恋人同士でだって楽しめるもんなんじゃねーのか? とほのめかすように
進藤はぼくを見た。
「お菓子をくれなければ…悪戯をする……と?」
キミがぼくに? それともぼくがキミに? と目を眇めるようにして言ってやったら、進藤はカッ
と真っ赤に頬を染めた。
「違う! 違う、違う、違う、違う!」
違わないけど、そんな生々しいものじゃなくってと、あたふたと言い訳する様がぼくは内心愛
しくてたまらなかった。
毎年毎年、同じことを繰り返しているのに、どうして彼はこうもあっさりぼくにかき乱されてしま
うのだろう。
「じゃあ一体どういう……」
「だから! もっとこう可愛らしく、お菓子の代わりにキスしてくれるとか、キスさせてくれるとか
そういう…」
言いながら進藤は自分で恥ずかしくなってしまったらしい。その耳までを真っ赤に染めると茹
でたような顔で黙り込んでしまった。
「進藤?」
「あーっ、もう、本当におまえってクソ意地悪い!」
なのにどうしてこんなにもクソ意地の悪い性格の悪いおまえなんかが好きなんだろうと、悔しく
てたまらないように言うのでとうとう我慢しきれなくなってぼくも笑ってしまった。
「なんだよ、そんなにおかしいかよ」
「おかしいよ。だってぼくもこんなふうに単純で、怒りっぽくて子どもみたいなキミのことが好き
で好きでたまらないんだから」
再びむっと唇が尖らされるのを見つめながらぼくは彼に向かって微笑んだ。
「…進藤」
「なんだよ?」
「Trick or Treat」
「え?」
「お菓子をくれなきゃ悪戯するぞ…だっけ?」
「それがなんだよ!」
「ふて腐れてないで言えばいいのに」
そして口を開いて舌を出して見せた。
舌の上には頬の内側に隠していた小さな甘い飴玉が一つ。
彼がちゃんと見たのを確かめてからぼくはそれを引っ込めた。
「おまえ、それ…」
「欲しければ言えばいいんだ」
Trick or―Treat。
お菓子をくれなければ悪戯するぞと、そうぼくにはっきりと言えばいい。
「言ったらキミにあげてもいいよ」
お菓子とぼく、どちらがいい? と尋ね終わる前に進藤は飛びかかるようにしてぼくを強く
抱きしめた。
「進―」
驚いて見開いた目を閉じる暇も無い。
「両方!」
お菓子もおまえも両方欲しい。両方おれの物に決まってるじゃんと傲慢極まりないことを言
いながら、彼は深く唇を重ねると、乱暴なキスとその舌で、欲しくてたまらなかった物をどち
らも手に入れたのだった。
※えーと、誘い受け? 一応聞いてはいますが最初から両方あげるつもりだったとそういうことです。
2009.10.31 しょうこ