進藤ヒカル誕生祭5参加作品





surprise!





その日、塔矢は手合い日で、おれもまた別な所で対局があった。

だから特別なことはしない、日を改めてメシでも食いに行こうとそういう約束になっていたの
に、対局が終わって携帯を見たら塔矢からメールが届いていた。


『誕生日おめでとう』

朝、既に言われている祝いの言葉が最初にあって、それから続いて次の行に一言。

『今すぐ窓の下を見てごらん』

なんだろうと思いつつ、窓から下を眺めたら、見上げている塔矢と目が合って遠目にもにっ
こりと笑ったのがわかった。


「って! …なんで!」

あいつの手合いは棋院であって、おれの対局は名古屋であった。

だからどう考えてもこんな時間にあいつがここに居るはずは無いのに、でも確かに見下ろし
た道路に塔矢は立っているのだった。




「おまえ、なんで!」

ほとんど駆け下りるようにして下まで下りて、立っている塔矢の肩を掴んだら塔矢はおれを
見ておかしそうに笑って、「やっぱり驚いた」とひとこと言った。


「驚くよ、そりゃあ」

おまえ、手合いはどうしたんだと尋ねたら笑ったまま「サボった」ととんでも無いことを言う。

「嘘だろう?」
「嘘だよ」


あっさりと言われて、からかわれたのかと肩を落としたら、その落とした肩の上にそっと顔を
伏せて塔矢は言った。


「嘘だけど、でも手合いは無かった」
「え?」
「今日はね、元々手合い日なんかじゃ無かったんだよ」



本当は今日、確かに予定が入っていたらしい。それが少し前に相手側の都合で手合い日が
別の日に変わり、でも既に発表されているそれを塔矢はわざと訂正しないで欲しいと棋院側
に頼んだらしいのだ。


「信じらんねぇ、予定表にもそう書いてあったし、ネットでもそうなってたじゃん!」
「うん、だからわざとそのままにしておいて貰ったんだ」


相手の人と棋院に掛け合い、どうしてそんな面倒臭いことをしたかと言うと、他ならない今日
がおれの誕生日だからだというのだった。


「もしぼくの予定が空いたと知ったらキミはきっと自分も都合をつけようとする。でも折角この
日のために集中して気持ちを高めて来たのを無駄にして欲しく無かったから」


だからわざと言わなかったのだと。

「だからって…よく相手も棋院も承知したよな」
「そこはそれ、ぼくも色々使える手札を持っているからね」


もう二度とは出来ないと思うけれど、今回ばかりは無理を通させて貰ったと邪気の無い声で
塔矢は怖いことを言う。


「…………信じられねえ」
「それにね、きっとキミはぼくを見たらびっくりする。その顔を見たいというのももちろんあっ
た」


離れた場所に居るはずの自分がすぐ側に居ると知ったら一体どんな顔をするだろうかと、
それを何日も前から楽しみにしていたと言うのだ。


「おまえ、それ…趣味悪い。おれマジびっくりしたんだから」
「いいじゃないか、会えたんだから」
「それにしたってさ―」
「勝ったのか?」


唐突に言われて鼻白む。

「勝ったよ。知らねーの?」
「知らない。中には入らずにずっとここに居たからね」


窓を見上げながらキミがどんな風に打っているだろうかとじりじりしながら待っていたのだと
塔矢は言う。


「ずっと? おまえ何時からここに立ってんの?」
「さあ…聞いてもキミに教えるつもりは無いけれど、そうだね、出会ってから今までの回想が
出来てしまうくらいかな」
「っておまえ、どんだけ!」


昼、打ち掛けで外に出た時には居なかった。

でもその後からずっと居たとしたら数時間は立ちっぱなしで居たということで、真冬では無い
からいいものの、触る肩はひんやりと冷たい。


「おまえさあ、マジこんなことやってたら風邪引くぜ?」
「それよりも何か言うことは無いのか?」
「え?」
「今日、キミの誕生日にお祝いが言いたくてぼくはここまでやって来た。そんな恋人に会えて
キミは嬉しくも何とも無いのか?」
「そんなん!」


嬉しいに決まってるじゃんと言ったら塔矢は更に嬉しそうに満面の笑みで微笑んだ。

「よろしい。もし嬉しく無いと言ったらそのまま帰るつもりだった」
「そんなこと言うわけねーだろう」
「どうだか。キミは時々天の邪鬼だから」


そしてまだ混乱しているおれの腕にそっと腕を絡めると少しだけ甘えるような声で言ったの
だった。


「キミが今日これから中部総本部の人達と約束があるのかどうかぼくは知らない。でもぼく
は駅の近くにホテルも予約したし、そこの最上階のレストランも予約した」


明日まで丸1日、キミはぼくを独占出来ることになっているのだけれどどうすると言われてお
れはカッと赤く頬が染まるのを覚えた。


「なんか…今日のおまえ変」
「誕生日仕様なんだ」


1年に1回の大切なキミの誕生日だから、ぼくもいつものぼくでは無いよと言われてドキリと
した。


「…で、何か予定はあるのか?」
「無い! 無い! 無い! 無い! 元々終わったら速攻で帰るつもりだったし」
「そうか、だったら良かった」


一つだけ準備し損ねたものがある。キミのためのバースデーケーキをまだ買っていないから
これからそれを二人で買いに行こうと言われてうんうんと大きく頷いた。



「じゃ、ちょっと待ってて、おれすぐに荷物持って戻って来るから」
「大丈夫、今までずっと待ったんだから少しくらいゆっくりでも構わないから」
「いや、一分…30秒で戻って来るから!」


そしてダッシュで建物の中に走り込み、エレベーターを待つのももどかしくて階段を駆け上が
った。


そして先程メールを貰ってのぞき込んだ窓から下をのぞき込むと同じようにして塔矢がまた
おれを見ているのがわかった。


ひらひらと手を振って、戻ろうとした時にまたメールに着信があった。

(なんだ?)

メールには短く一言。

『プレゼントは気に入って貰えたか?』

(プレゼント?)

何か貰ったかなとやり取りを思い返しつつ、階段を駆け下りる。

「お待たせ、なあ…プレゼントって…」

言いかけて唐突に気がついた。

そうか、こうしてサプライズでおれを尋ねて来てくれた塔矢自身がおれへの誕生日プレゼン
トなのだとやっとこの瞬間に解ったのだった。


「何?」
「いや、なんでも無い」


でも最高のプレゼントをありがとうと、道端にも関わらずぎゅっと塔矢を抱きしめたら、いつ
もなら怒っておれを殴りつけるはずの塔矢は何もせず、ただ静かにおれを抱きしめ返すと
「どう致しまして」と愛情の籠もった声でおれに返してくれたのだった。






「進藤ヒカル誕生祭5」開催おめでとうございます♪

今年もヒカルのお誕生日を皆様と一緒にお祝いすることが出来てとても嬉しいです。
主催者様素敵な企画をありがとうございます。


サイト内には他にも色々ありますので、(ヒカアキ)よろしければそちらも見てみてやってください。
2009.9. しょうこ