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「恋彩宴」参加作品




恋色



元々母親似の肌は、生っ白く決して日に焼けるということが無かった。

夏場、厳しい日差しの下に何時間居ても赤く腫れ上がるだけで黒くはならず、だから
それが学生の頃は密かなコンプレックスであったりした。

打ち解けない性格のせいもあるが、影でオカマだなんだの言われるのは正直辟易し
ていたし、何より健康的に焼けているクラスメイト達の肌に憧れずにはいれらなかっ
たからだ。

日の光の温かさの色。

香ばしい、夏の日差しの香りのするような、そんな肌になってみたいといつも心の奥
底でそう思っていた。



「なあ、おまえってさ、色すごく白いよな」


だから碁会所で打っていて進藤にふいに言われた時も、ああまたかとしか思わなか
った。

彼もまたぼくの色の白さを馬鹿にして、からかってくるのだと密かに溜息をついたりし
た。


「そうだよ、母もそうだけれど、どんなに日を浴びても赤くなるだけで焼けないんだ」

「へえ…そうだよな、おまえ顔も明子さん似だもんな」

「女顔ってことだろう? でも別に好きでこう生まれたわけでは―」


言いかけるのに被せるように言う。


「良かったな」

「……え?」


噛み合わない言葉に驚いて顔を上げると、盤の向こうの進藤はぼくを見てにこにこと
笑っていた。

「いいじゃん焼けない方が。おれ、夏になるとすぐ焼けちゃって、皮が剥けて大変な
んだよ。あれって結構鬱陶しいし焼けないならその方が絶対いいって」

「………そう」

「うん。それに顔のコト。別に女顔ってことじゃないだろ。そんなおっかない顔した女な
んていないし、ただ単にキレイな顔ってだけでさ」


顔の美醜だって持って生まれた才能の内なんだし、母親似のキレイな顔で良かった
じゃんと言われて更にぼくは驚いた。


「それは…どうも」

「別にニンゲン顔だけじゃないけどさ、おれおまえの顔が好きだから、おまえがその
顔で生まれて来てくれて嬉しいな」


彼としては全く他意は無く、思ったままを言ったに過ぎないのだろうけれど、ぼくはそ
の言葉で体が熱くなるような気がした。


(進藤が好き―ぼくの顔を好き)


今までずっとコンプレックスでしか無かったこの顔と生っ白い肌を好きだと言ってくれ
たことは、ぼくにとって驚きでとても嬉しいことだった。


「ありがとう」

「え?」

「そんなことを言われたのは初めてだ」


キミは変わっているなと言ったら何故か笑われた。


「おまえさ、きっと今まで逆のことばかり言われて来たんだろう」

「え?……ああ、まあ」

「それって絶対妬まれたんだぜ」

「ええ?」

「オトコでもオンナでもさ、みんな本当はおまえのことキレイだって思っていて羨ましく
思っていたんだって」

「まさか」

「絶対」


そう言って進藤はいきなりぼくの右手を掴むと、袖を肘の所までまくりあげた。


「何をす―」

「ほら」


勝ち誇ったように言ってぼくを見る。


「こんなにキレイなもん見せつけられたら、誰だってちょっと意地の悪い気持ちになる
って」


ぼくの腕の内側はほんのりとピンク色に染まり、皮膚の下から透かすようにしてまだ
らに色が散っていた。


「これは…体温が上がるとよくこうなるんだ」

「うん。でもまるで桜の花びらでも散らしたみたいじゃん?」


おれ、こんなキレイな肌したヤツ見たこと無いとしみじみと言われて思わず腕を引っ
込めた。


「キミは…変だ」

「うん、確かにおれちょっと変かもな」


変なことを言ってるって自覚はあるからと笑って言う。


「でもおまえがキレイだってことは本当だからそれは自信持っていいと思うぜ?」


せっかくこんなキレイに生まれて来たんだからと、なのにそこまで褒めておいて進藤
は何故か不思議なことも言ったのだった。


「んー…でもやっぱ、あんまり人には見せるなよな」

「え?」

「顔はともかく、なるべく人に肌は見せるな」


こんなキレイんもんおれ以外のヤツらに見せたら危険だから、絶対に夏場になっても
あまり薄着はしないでと。


「…キミの言うことは訳が分からない」

「いいんだよわかんなくても、いつかきっとわかると思うから」

だからそれまではなるべく人と一緒に風呂にも入らないでくれと言われて、ぼくは更
に訳がわからなくなってしまった。

結局彼はぼくのことをどう思っているのか?

顔立ちや肌を褒めておいて人に見せるなと言うのは、実は本音では男らしくないと思
っているからでは無いのかと色々考えてしまったりもした。

軟弱な青白い肌は人を不快にするから見せつけるなと言うことでは無いのかと、聞い
ても彼は答えないのでかなり長い間ぼくは悶々と過ごすことになった。






「そんなの、他のヤツに見せたくないからに決まってるじゃん」


会話から何年も経ち、すっかりと大人の顔立ちになった彼はぼくの肩に顎を乗せな
がら拗ねたような口調で言った。


「こんなキレイなのにおまえ全然自覚無いし、無いくせに自分の容姿に変にコンプレ
ックス持ってるし」


昔からなんかどこか明後日の方向いてんだよなと言われて、あんまりな言いぐさに
苦笑してしまった。


「だって、色が白いとか母親似の顔とか、小さい頃はからかわれる材料でしか無かっ
たからね」


穏やかに空調が効く部屋の中で、ベッドに座り、ゆっくりと指をかけ首のネクタイを外
す。


「オカマだのなんだのずっと言われていたら、それは気にしない方がおかしいとは思
わないか?」

「だーかーらー、それが逆だって言ってんの。みんなおまえがキレイだから嫉妬してク
ソ意地悪いこと言っていたのに決まってるじゃん」


ガキってそういう所あるんだよなと言われて、じゃあキミもそうだったのか? と尋ね
て見る。


「キミもぼくに嫉妬して、それで人に見せるなって言った?」

「違ーう。嫉妬なんかしないって。おれは父親似の焼けやすい地黒な肌で満足してん
だから!」


でもおまえのこの肌はおれのもんだから、絶対に他人に見せたくないってそう思った
のだと言われてこそばゆくなる。


「あんな昔から?」


初めて彼とこの話をした時、ぼく達はまだ十代だった。


「あんな昔からだよ」


ずっとずっとお前のこと好きだったんだからと、何故か憤慨したように言われて胸の
奥から幸せがわき起こる。


「ぼくはてっきりキミがぼくを慰めようとしてあんなことを言ったのかと思った」


その割にあまり成功していないとも思ったが。


「慰めようとはしたよ、妙に凹んでるみたいだったし。自分のこと全然わかって無いみ
たいだったし」


でも途中でそれが危険だとわかってやめたのだと言われて苦笑した。


「そのおかげで何年も悩むはめになってしまった」


あの奇妙な付け加えられた言葉。

やっぱりあまり人には見せるなと、人とはなるべく風呂に入るなと言われて良い意味
に取る人間が果たしているものだろうか?


「ごめん、おまえ結構無防備だし、もし自覚してそれで誰かにキレイだって言われた
ら…」


そいつのこと好きになっちゃうかもしれないと思ってあんなことを言ったのだと言わ
れて更に苦笑してしまった。


「そんなこと…心配することなんか無かったのに」

「なんで? おまえ知らなかったと思うけど、おまえと仲良くなりたいってヤツ結構いた
んだぜ?」

「でもぼくにはそんな気持ちは無かったから」

「そうなんだ?」

「ぼくがずっと『仲良くなりたい』と思っていたのはキミだけだし、綺麗だと思って貰えて
嬉しかったのもキミだけだし」


背後から甘えるように載せられていた彼の顎がぐいとぼくの肩に食い込む。


「へー、初耳」

「当たり前だ、今初めて言ったんだから」


ぐいぐいと食い込む彼の顎に顔を顰めながらそう付け足す。


「それに温泉とかならともかく、キミ以外の誰かに肌を見せるようなことをするつもり
は無かった」


そっかと言って進藤は食い込んでいた顎を持ち上げると、今度はすりっとぼくの頬に
自分の頬をすり寄せた。


「…犬」

「そう、おれ犬だよ」


おまえのことが好きで好きでたまらない犬と言った後、進藤はぼくの頬をべろりと舐
めて、そのまま首筋に舌を這わせた。


「…しかも躾のなっていない犬だな」

「おまえがちゃんと躾ないのが悪いんじゃん」


ぞくりとする感触に身を震わせながら、シャツのボタンを外すぼくの指を背後から進
藤の指が邪魔そうに追い払う。


「何をする―」

「躾のなってない犬だからさ、『待て』が出来ないんだよ」


そう言って呆れる程素早くシャツのボタンを全て外すと、それからシャツの下に指を
忍び込ませて来た。


「本当は…」

「ん?」

「本当は今でも見られるのは恥ずかしい」

「なんで?」


首筋に舌を這わせながら、進藤は両手でぼくの胸をまさぐると、そのままぐいと大きく
シャツの前を広げた。


「だってあまりにも白いから」


本当はキミみたいな肌になりたかったんだと言うのに、くすりと鼻先が笑う。


「ダメ。おれは今のこのおまえの肌が好きだから」


明子サン似のキレイな顔も、鬼みたいに怖い性格も、でもそれでいておれに滅茶苦
茶甘い所も全部ひっくるめて好きだからと。

そのどれ1つが欠けてもおまえでは無い。おまえの全部が好きなんだと言われてわき
起こる甘い気持ちに背中が震えた。


「ぼくも―」


ぼくもキミが好きだと囁いた時に、彼の手が勢いよくぼくのシャツを引き下げた。

するりと肩を落ち、露わになる背中。その背に彼は両手を当てて、それから溜息のよ
うにぽつりと言った。


「おれの―」

「ん」

「おれのこと好きって言ってる肌」

「…うん」


ぼくには見えないその背には彼に恋する花びらがどれだけ散っていることだろうか?


「こんなキレイな肌見たこと無い」


すりっと頬を寄せ。それからちゅとキスをする。

紅い色を辿っているのか、それからしばらく背中一面に細かいキスが雨のように降っ
た。


「愛してる」


最初に呟いたのは彼かぼくか。


「大好き」

「好き」


キミのことが。

おまえのことが。

大好きだよと囁く声が吐く息と混ざり、部屋中に波のように響きわたる。

誰も邪魔の入らない二人だけの世界。


「キレイだ…ホント」


おまえの肌、すごくキレイと力強く抱きしめる彼の腕に更に熱く背中が染まるのを感じ
ながら、ぼくは溢れそうな喜びに耐えきれず、子どものように無邪気に幸福な笑い声
をあげたのだった。








「恋彩宴」開催おめでとうございます♪

お祭りに参加させていただくのがいつもとても楽しみです(^^)
主催者様本当にありがとうございます。


今回のテーマは「色」ということでしたのでちょっとだけ大きな括りでの「色」で書かせて頂きました。
「アキラの肌の色」とヒカルを好きだと思って移り変わる「感情の色」
全てを含めて「恋の色」です。
読んで少しでも気に入っていただけたなら嬉しいです。


2009.5.17 しょうこ

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