新しい年




何か遠くで鳴っていると思い、それからそれは結婚式の鐘の音だと思った。

(そっか、今日はおれと塔矢の結婚式だもんな)

ぼんやりとそう思い、1秒後に慌てて思い直す。

(って、そんなことあるわけないじゃん)

でも教会の鐘の音はいつまでたっても鳴りやまず、何か変だと思った時に思い切りくしゃみを
して目が覚めた。


くしゅっと、むずがゆい鼻を押さえて目を開くとそこは見慣れないけばけばしい色彩の部屋の
中で、くしゃみが出たのは自分が布団をめくりあげて裸のままで片腕を出して寝ていたからだ
とわかった。


「…寒っ…おれ、暖房入れなかったかな?」

そもそも暖房は部屋に入った時から入っていたはずで、でも風呂に入ったり抱き合ったりして
いるうちに汗をかいたのかもしれなかった。


「汗………とっ」

(塔矢っ)

はっと気が付いて傍らを見ると、俯せで薄い掛け布団に埋もれるようにして塔矢がすうすう寝
息をたてていた。


「そうだよ……そうじゃん」

クリスマスに初めてそういうことになって、それからほんの数日が待てなくて家族に嘘をついて
大晦日に抜けだした。


そして少しのつもりでラブホテルに入って、それから抱き合った後はもうろくに覚えて無かった。

「まずっ――あれから何時間たったんだ?」

ホテルに入ったのは夕方だった。家族には夕食までには帰ると言って出て来たのは塔矢も同
じはずで、でも今はたぶんそれをとっくに越える時間になっているだろうと思った。


「マズイよ、マズイ。これ…たぶん除夜の鐘だよな…」

夢の中で聞いた結婚式の鐘の音は分厚いガラス窓の向こうから、それでもちゃんと響いて来
たどこか近くにあるだろう寺の鐘の音で、つまりはもうすぐ年を越してしまうということになるの
だ。


「休憩……じゃないよな、もうこれ、宿泊になってるよな」

ヤバイ、マジでどうしようと思いながら塔矢を揺り起こす。

「塔矢、起きろよ、ヤバイって。もう12時近くになってるぞ、これ」

けれど余程無理をさせてしまったらしい、塔矢はしばらく揺さぶっても目も開けなくて、鐘の音を
無意識に十数えたくらいでやっと「…うん」と薄目を開けた。


「進…藤?」

「そうだよ、おれだよ、おれ達すっかり眠っちゃったんだってば」

今、外では除夜の鐘が鳴っていて、きっと家ではおれんちでもおまえんちでも親が心配しまくっ
ているぜと言う言葉に、でも塔矢は何故かちっとも焦らなかった。


「いいじゃないか別に―」

「別にって、ええっ?」

「もうどうせ、今から帰っても怒られるのは同じなんだし、だったらこのままキミとここで過ごして
いるほうがいい」


「って、ええええっ?」

普段の塔矢だったら絶対に死んでも言わないようなことだった。

「だって、いいのかよ、おまえ品行方正の若先生だろう?」

「いいんだ、もう『いい子』は返上する」

会いたくて、その気持ちを抑えられなくて、大掃除も何もかもすっぽかしてキミに抱かれに来た。
その時点でぼくはもう品行方正でもなんでもなくなってしまったんだからと、うっすらと微笑む顔
は可愛い。


「でも――」

「大丈夫、さっきフロントから電話がかかって来たけれど、ちゃんと泊まりだって言っておいたか
ら」


朝までゆっくりしていられるよと、そして後はまたすうと寝息になった。

「ちょっ―おまえ眠いだけだろう絶対っ!」

明日になって目が覚めて、正気に戻ったならきっと今言ったことも忘れて真っ青になるのに決ま
っているのに。


「知らねーぞ、おれ」

(なんて、おれも死ぬ程怒られそうだけど―)

それでも不思議と連絡を入れようとか、無理にでも塔矢を起こして家に帰ろうとかは思わなかっ
た。


「だって外はきっと寒いし…」

傍らに眠る塔矢の息が手にかかる。

「もう除夜の鐘も鳴り終わっちまうし…」

温かいその息は触れるおれの肌をぬくもらせて、心の奥まで熱くさせた。

「怒られたって、殴られたって、そんなこともうどうでもいいや」

二人で居る、この瞬間を壊すことの方がもっと怖い。

「塔矢、明日帰る前に初詣に行こうな」

「……ん」

そしてどこか開いてるファミレスで朝飯食って、それからちゅーして別れるんだ。

「なんか、最高っ」

ゆっくりと、滑るようにしてベッドにもぐる。

塔矢の顔のすぐ側に、寝顔を見詰めるように横たわりそれからゆっくり目を閉じる。

ご…んと重く鈍い鐘の音は二、三度鳴ってそれから止んだ。

(新年だ)

薄がけの下、すり寄ると塔矢も無意識におれの方にすり寄った。

肌と肌が直に触れあう。

その温かさに愛しさが募る。

「塔矢…大好き」

古い年を一緒に終えて、新しい年をおまえと迎えた。

生まれて初めて大好きな相手と二人きりで過ごした年末年始。

今年は絶対いい年になると思いながら目を瞑ったおれは、塔矢とゆるく抱き合いながら満ち足
りた幸せな気分で寝入ったのだった。



※悪い子元年。いや、それでいいんですよ。親不孝万歳。ヒカルはともかく若先生はずっといいこで生きて来たと思うので
むしろそれを壊した方がいいんでは無いかと思います。2009.1.1 しょうこ