鬼は外
眠っていたらぱらぱらと頭の上に豆を落とされた。 「鬼は外」 福はうちと囁くような小さな声がする。 (進藤だ…) 豆まきをしようと約束して、けれど帰りを待っているうちにソファでうっかり うたた寝をしてしまった。 だからと言って人を鬼にするのはあんまりだろうと目の前に転がった豆の 粒を見詰めながら思う。 「鬼は外…、でもこいつん中の囲碁の鬼だけはそのままで」 悪いことだけこいつから出ていけと、続けて囁かれた言葉に目を見開く。 「福はうち、たくさんの…たくさんの福がこいつに訪れますように」 ひそやかな雨のような小さな軽い豆の粒。 けれどその一粒一粒には彼の想いがこめられている。 「鬼は外、福はうち」 こんだけ撒けば充分かなと独り言のように呟いて、そっとぼくから離れて 行く。 その足音を聞きながら、ぼくは手を伸ばし、床に落ちた豆を拾い集めた。 きっとぼくを包むため、取りに行ったのだろう毛布を持って彼が現われた らぼくも彼に豆を振りかけるために。 愛する人が禍を免れ、少しでも多くの幸いに恵まれるように、ぼくは眠った ふりをしたままぎゅっと豆を握りしめ、小さな声でひっそりと幸せな気持ち で微笑みながら「鬼は外」と呟いたのだった。 |