安上がりな彼
「ホワイトデーなのにごめん」 いつもこの日を欠かしたことは無かったのに、今年は直前に予定外の仕事が入ったりして 進藤にプレゼントを用意することが出来なかった。 「本当はキミにあげたいものがあったのだけれど…」 いつも通る道で見かけた春のコート。フォーマルな着こなしはあまり好きでは無い彼だけれ ど、このコートはきっと似合うと思ったので当日に行って買う予定だった。 (その当日って言うのがいけなかったのかもしれない) でもぼくがいつも通る道は彼もまたいつも通る道なので、無くなったら気付かれてしまうと思 ったのだ。 なのでギリギリまで買わずにいてそれで驚かせてやろうと思ったのが裏目に出て、今日大急 ぎで駆けつけたその店はとっくにシャッターが閉まってしまっていた。 「ごめん、進藤。キミはちゃんとしてくれたのに」 バレンタインデーには、こそばゆく申し訳なくなるくらい、進藤はぼくをたくさんの贈り物で贈り 物責めにした。それだけで無く、普段は行かないような店に予約して外食して、もちろん夜も 優しかった。 なのに――。 「ごめん、本当に…」 「ん? 何が?」 けれどてっきり拗ねるかふてくされるかと思った進藤は、意外なことに全く怒らなかったのだっ た。 「何がってキミにホワイトデーのお返しが出来ないことだよ」 「貰ってるじゃん、たくさん」 だからいつまでも気にしなくていいってと言うのに、それでもぼくは気にせずにはいられない。 「だって、一ヶ月前、キミはあんなに良くしてくれたのに」 「おまえだって今おれにすっごく良くしてくれてるじゃん」 プレゼントも無し、食事も無し、しかもホワイトデーギリギリに帰って来たというのに進藤は幸 せそうに笑ってぼくの顔を見上げている。 「こんなシアワセなことして貰ってんのに、これ以上なんておれ欲張らないよ」 なんだったら来年からもお返しはこれでいいからと言うのに、なんて安上がりなと苦笑してしま った。 「本当にこれでキミはいいのか?」 「いいよ?」 「これがお返しでキミは怒っていない?」 「だっておれのリクエストだし」 にっこり笑ってぼくの膝を撫でる。 『何もいらないし、何もしてくれなくていいから、だからちょっとだけ膝枕をしてくれない?』 あまりにも欲の無い、それが進藤がぼくに求めたホワイトデーのお返しだった。 「…本当にキミは無欲だな」 「そんなこと無い、ものすごい強欲だって」 にこにこと機嫌良く笑い、目を閉じる。 そんな彼を見詰めながら、ぼくは相変わらず心苦しいままだったけれど、確かに今までどん な物をあげた時よりも彼が幸せそうな顔をしているので、きっとこれでいいのだと自分に言い 聞かせたのだった。 |