愚者の贈り物




親しく話すようになって初めてのクリスマス、ふと思いついてぼくは進藤に欲しい物は無
いかと尋ねた。


「ん? 何で? もしかして何かくれんの?」

「もうすぐクリスマスだし、キミの誕生日には何もあげなかったから」

そんなに高い物はあげられないけれど、もしぼくがあげられるような物で欲しい物があ
れば教えて欲しいと言ったら、進藤は少し考えてそれから「靴下」とひとこと言った。


「靴下? いいよ。キミの趣味がわからないから気に入るかどうかわからないけれど」

温かそうな物を選んで来るよと言ったらすぐに首を横に振られてしまった。

「いや、新しいのじゃなくて、出来たらおまえの履き古したヤツでいいんだけど」
「ぼくの履き古し?」


おかしなことを言うと、その不審が顔に出ていたのだろう、進藤は苦笑すると「吊すんだ
よ」と言った。


「吊す?」
「アレだろ。クリスマスって靴下を下げておくとサンタがプレゼントくれるんだろう」


あれをまだ一度もやった事がないからやってみたいのだと、それでぼくの靴下が欲しい
のだと言う。


「それなら自分のでもいいじゃないか」
「嫌だよ、自分の履き古しなんて」


それに…と付け足して進藤はぼくを見た。

「おまえのじゃないと御利益無いと思うから」
「御利益って…」


サンタクロースは神様でも何でも無いよと言いかけて、でも彼が思いがけず真面目なの
で浮かんだ笑いを引っ込めた。


「だったら片方だけでいいんだよね?」
「ああ。だからもう捨てるようなのでいいよ」
「わかった。そんなものでいいならクリスマスイブにそれをキミにプレゼントするよ」


そしてふと思いつき、その代わりキミもぼくにキミの履き古しの靴下をくれないかと言っ
たら非道くびっくりされてしまった。


「なんで!?」
「ぼくもキミと同じでね、枕元に靴下を吊すって言うことをまだやったことが無い」


だからやってみたいのだと言ったら進藤はそれでもまだ躊躇うようにぼくを見た。

「おれの履き古しなんかボロいし、臭いかもしんないし」
「構わないよ、それにぼくもたぶん」


キミの履き古しで無いと『御利益』が無いと思うからと言ったら不承不承頷いた。

「そんなに言うならいいけどさ」

でも、おまえの御利益って何? 欲しい物に関係あるのかよと聞かれてうっすらと笑う。

「…キミこそ、クリスマスにサンタクロースに頼んでまで欲しいものってなんなんだ?」
「そんなの! 教えられるわけ無いじゃん」


何故か真っ赤に頬を染め、横を向く進藤にぼくは笑った。

「じゃあぼくも内緒だ」

だけどちゃんと靴下はあげるからキミもぼくに靴下を片方持って来てくれと、ぼく達は
約束して別れたのだった。



そしてクリスマスイブ、ぼくは約束通り履き古し…とまではいかないが、何回か履いて
それで手合いに出たこともある比較的綺麗な靴下を彼に贈った。


彼もまた片方だけの靴下を思いがけず綺麗にラッピングしてぼくに手渡してくれた。

「これで成立だね」
「何が?」
「プレゼント交換」


キミとこんなふうにクリスマスにプレゼントのやり取りが出来るようになるとは思わなか
ったと言ったら、彼は目を見開いて言った。


「そんなん、おれもだよ」

けれどすぐ後に付け足す。

「でも…ずっと出来たらと思ってた」

おまえとこんなふうに話したり、色々したかったと言われて知らずぼくの頬は染まった。

「ありがとう、そんなふうに思って貰えていたなんて嬉しいな」
「そんなことよりも、おまえいつかその靴下の中に何を欲しいと思っているのかちゃん
とおれに教えろよな」
「キミが教えてくれたらね」


いつか――と。


あれから何年たっただろうか。

二人で暮らすようになった今も進藤はその時あげたぼくの靴下をクリスマスイブに律
儀にベッドの縁に吊す。


「それ…今年もまた吊すんだ?」
「おまえだって吊してるじゃん」


拗ねたように言われてぼくは苦笑した。実はぼくもまた、ベッドサイドの壁に昔彼に貰
った靴下を小さな子どもがするように鋲で止めて吊していたからだ。


「こんな大人になって、まだこんなことをして、きっと馬鹿だと思われるだろうな」
「誰に?」
「サンタクロース」
「思わないだろ」


進藤は素っ気なく言って、ベッドに寝そべるぼくのすぐ隣に座った。

「どうして? そもそもサンタクロースは子どもにしかプレゼントをくれないものじゃな
いか」
「うん、そうだけどさ」


言って進藤はぼくの腰に手を置いた。

「貰ったのはちゃんと『子ども』の時だったし、単にそれを継続しているだけだし」
「ろくでも無い…」
「ろくでなしなのはおまえも一緒じゃん」


良い子の若先生が大人になるずっと前に、おれとえっちなことしちゃったんだからと言
われて思わずぺちりと頭を叩く。


「そういうことを言うと靴下を返して貰うぞ」
「嫌だよ。どのみちもう履けやしないし」


さっきも言ったように欲しかった物はもうとうに貰ってしまったのだからとにっこりと、無
邪気なように、でもしっかりと大人の顔で笑う。


「でもなあ、まさか本当に欲しい物を貰えるなんて思わなかった」

サンタクロース様々だと言われて苦笑した。

「靴下の『御利益』だろう」
「そうだな、お互いに欲しい物を手に入れたんだもんな」


きしっときしむベッドの音にそっと目を閉じると、閉じた瞼の上に優しくそっとキスをされ
た。


そのまま鼻筋を辿り、頬をかすめる唇に、くすぐったくて笑い声をあげる。

(幸せだ)

たまらなく幸せだとそう思う。

もう十年以上も前、まだ子どもだったぼく達が無邪気に贈り合った片方だけの互いの
靴下。


それに託された願い事が、二人とも『靴下の持ち主を自分の物に出来ますように』だ
ったことは、体を重ねるようになってから打ち明けるように話して初めて知った。


『なんだ、キミも同じことを考えていたのか』
『おまえだって、あんな真面目そうな顔をしてそんな生々しいこと考えていたのかよ』
『そうだよ、考えていた。だってずっとキミのことが欲しかったから―』




サンタクロースが本当に居るのかなんてぼくは知らない。

靴下を下げたから互いに望んだ物が手に入ったのかなんてそんなこともわからない。

でもあの日彼がぼくに靴下を欲しいと言わなければこんなふうになってはいなかった
ようなそんな気がする。



「なあ、なんかもう止められないからこのままヤッちゃっていい?」

しばらくぼくの顔にキスの雨を降らせた後、進藤が耳元に囁くようにして言った。

「ケーキよりもチキンよりも先にプレゼントが欲しいのか」
「悪いかよ」
「いや―」


目を閉じたまま幸せに酔いながらぼくは答える。

「ぼくもプレゼントが先の方がいい」

何年も何年も靴下の中には同じ贈り物が入っている。

ぼくにとっては彼。

彼にとってはぼく。

けれどそれは永遠に飽くことの無い、世界で一番欲張りな幸福に満ちたプレゼントだ
った。









※メリクリ!なんとなく同じようなタイトルか、まったく同じタイトルで以前に話を書いたことがあったような気がしますが
内容が違うからいいや!ということで。2009.12.24 しょうこ