こんな七夕
「逆七夕だ」
そう言って進藤はにっこりと笑った。
「逆も何も」
ぼく達は元々織り姫でも彦星でもなんでも無いと言いかけるのをそっと両手で頬を挟まれて
口づけられる。
「良かったよな、おれ達は一年に一度しか会えないんじゃなくて」
今日これから別れるけど、またすぐに会える。天の川なんかに引き裂かれなくて良かったと
にこにこと言われて文句をつける気が失せた。
「…気をつけて」
「うん、おまえもな」
七月七日、天に住む二人が年に一度の逢瀬を許されるこの日、ぼく達はそれぞれ遠方に
対局に出かける。
「キミ、誘われると前日でも飲みに行ってしまうから今日くらいは控えて」
「おまえこそ、向こうのお偉いさんに呼ばれると、疲れていてもほいほい出向いて接待受け
ちゃうじゃんか」
おまえが無理してでも相手するのはおれだけでいいんだからと、まったくもって身勝手極ま
りないことを言うので溜息が出た。
「キミだって、もう少しぼくに思いやりを持って接してくれたっていいんだよ?」
「おれは充分におまえのこと、大事にしているつもりだぜ?」
していなかったかと真顔で言われて苦笑する。
「いや…されているな」
こんなに大切にしてくれるのは、親以外ではたぶんキミだけだと言うと満足そうな笑顔にな
る。
「だろ?」
自信満々、確信に満ちたこの笑顔が好きだとしみじみと思う。
時に無礼と言われることもある、気持ちに嘘をつかない正直さが心から愛しいとそう思っ
た。
「帰って来たら七夕が終わってしまうね」
「当たり前じゃん。今日がそうだぜ」
「でもまだ七夕飾りも何もしていない」
キミはそういうのが好きだったじゃないかとぼくが言ったら、進藤はもう一度ぼくの頬を両
手で挟んで愛しそうに言った。
「だから、今年はおれらが『七夕みたい』だからいいんだよ」
なりきりプレイみたいなもんじゃんと、解ったような解らないような理屈をこねる。
「…それじゃ精々失望しないように牽牛には頑張って貰わないと」
「お、自分のこと織女って認めるんだ?」
「キミが毎年そう言い張るから折れてあげたんだよ」
それに機を織るキミなんて想像もつかないからねと言ったら少しだけ拗ねた風情になった。
「どうせおれは不器用ですよ」
「でも料理は結構上手だし、掃除もする」
「なんだよフォローかよ」
「ゴミ捨ても風呂掃除も嫌な顔をしないし、何より夜の作法に長けている」
「おま……」
自分ではよく言うくせに、ぼくに言われると進藤はすぐに熟れたように真っ赤になる。
「だからぼくはキミのことが大好きだよ」
キミに恥じないように勝ってくるからキミも絶対勝てと言ったら進藤はぼくを抱きしめた。
「ああ、ほんと…」
おれ人間で良かったと、こんな可愛いこと言う恋人を帰って来てすぐに抱きしめられな
いような天の住人で無くて本当に良かったと繰り返し言う。
「ぼくも人間で良かったよ」
毎日こうしてキミに温かい手で抱きしめて貰える。嫌という程愛の言葉を囁いて、降るよ
うなキスをして貰える。
「一年に一度しか会えないような間柄で無くて良かった」
でも怠けていると七夕の二人のようになりかねないから、天罰が落ちないように頑張ろう
と、笑い合い、キスをして二人揃って玄関を出た。
揃ってくぐる駅の改札。
進藤は上りへ、ぼくは下りへ、左右に分れるその瞬間、ぼくが振り返って彼を見ると、彼
もまた振り返り、にっこりと笑ってぼくの顔を見詰めていたので、ぼくは嬉しくなって彼に
大きく手を振ったのだった。
※願い事はもう叶っているから短冊に書いて吊すことは無いんですよ。幸せに、ただ幸せに毎日を送ることが出来ればいい。
でももしかしたらそれが世界一我が儘な願い事かもしれないですね。 2010.7.7 しょうこ