Happy day happy night


いつものように二人きりで過ごし、いつものように進藤が作ってくれた夕食を食べた。

その後はこれもまたいつものように買って来てくれたバースデーケーキを食べて、さ
て一息という時に、ふいに進藤が「外に行くから仕度して」と言った。


「出かけるのか?」

どちらの誕生日でも家でゆっくり過ごすのが常なので、訝しく思って尋ねると進藤はニ
ッと笑って「うん、まあ」と言葉を濁した。


「おまえにあげたいもんがあるからさ」

だから黙って着いて来いよと、行く先は言わないものの、進藤のサプライズ好きは知っ
ているので何か誕生日に相応しい「びっくり」を用意してあるんだなと思った。



「…で、どれくらい歩くんだ?」
「んー、駅まで歩いてそれから電車にも乗るから財布忘れ無いで」
「そんな遠くまで行くのか?」
「いや、そんなにでも無いよ」


幾ら尋ねても進藤はにこにこと笑ったままはぐらかし続けるので、諦めて仕度し、それ
から二人で外に出た。


12月に入ってから冬らしくない温かい日もあったけれど、誕生日直前くらいからぐっと
空気は冷たくなった。



「冬だね」

当たり前の事を思わず呟くように言うと進藤もまた「そうだな」と呟くように返した。

黙々と二人で夜の街を歩き、また黙々と電車に乗ってしばらく揺られる。

沈黙してしまうのはいつもは饒舌な進藤が無口だからで、その空気の居心地の悪さに
思わず顔を見詰めてしまう。


(一体どこに行くんだろう)

最初に予想していたのは、新宿や銀座や原宿など、クリスマスを控えてイルミネーショ
ンで輝いている街だった。


けれど進藤がぼくを連れて降りたのは驚いたことに彼の地元で、進藤は慣れた足取り
で道を歩くと、あっという間に実家の前に着いた。


そして夜にも関わらず平気で玄関のチャイムを押すので、ぼくが慌てふためいている
と、すぐに彼のお母さんが出て来て進藤に何かを手渡した。


「はい、これ」

もうちゃんとしてあるからと、それからぼくの方を向いて深々と頭を下げた。

「夜分すみません」
「ヒカルのこと、よろしくお願いしますね」


同時に発した言葉は噛み合わず、不協和音になって夜空に響く。

「まあ、挨拶とか、そーゆーのはまた後でいいからさ」

さっさと行こうぜと進藤はまだ玄関先に佇むお母さんを残して、ぼくの手を掴むように
握ると歩き出した。


「キミ…一体」
「まあ、いいからいいから」


そして歩くこと数分、ぼく達は役所の夜間窓口の前に居た。

「うん。十時十五分。まだまだ全然余裕だな」

そしてさっきお母さんから渡された封筒をぼくに突きつけるようにして渡すとぼそっと
言った。


「おれの分はもう書いてあるから、おまえの分を書いて」
「え?」
「だから、おれの書くべき所はみんな書いたから、おまえの書くべき所を書いてって
ば」


何が何やら解らないので取りあえず手渡された封筒の中身を引き出して見てみる。
そして息を飲んだ。


「これ―」

入っていたのは養子縁組の届け出だった。

「…塔矢先生には鼻血が出る程殴られたし、うちの親にも思い切り泣かれたけど」

でも時間をかけて解って貰った。だから後はおまえの意志次第だからと言われてゆっ
くりと書類の下に目を走らせる。


一番下、証人の欄にはぼくの父と彼のお父さんの名前が署名捺印されていた。


「どうして…こんな」

こんな大切なことを全く知らされずに進められた、それに腹が立ったし、両親に知ら
れたということにも肌が震えた。


一体どんな気持ちで彼のご両親とぼくの両親はこの書類を見たのだろうかと、そし
てどんな気持ちで許してくれたのだろうかと考えて、それからまた進藤に戻る。


「どうしてキミはこんなことをしたんだ」

愛し合うだけなら表立って何もしなくてもいい。親友同士と偽って同居して添い遂げ
る道だってあったのだ。


「だっておまえ誕生日じゃん?」

ぼくの問いに進藤は訳の解らないことを言う。

「誕生日だからって、こんな―」
「誕生日だから、おまえに凄くいいもんやりたかったんだってば」


長い付き合いで大体物はあげ尽くしてしまった。それに何よりいい加減、物では無い
もっと大切な物を贈りたかったのだと進藤は言った。


「おれをやるよ」
「え?」
「一生分のおれをおまえにやる。おれの命、全部おまえのものだから、もし貰う気が
あるんなら死ぬまで…いや、死んでもかな。おれのことおまえが好きにしていい」


おれと嫌って程打てるぞと、それが一番いい餌であるかの如く笑われて思わず殴り
そうになった。


「そんなことでぼくが釣られるとでも―」
「じゃあ、いらない?」


いらないなら別にいい。別にちゃんと普通のプレゼントも用意してあるからと言われ
てぐっと詰まった。


「まあ別に、これで断られてもクリスマスもバレンタインもあるからいいんだけどさ」

でも出来るならばおれは、おまえの生まれた日におれをおまえに贈りたかったんだ
と真顔で言われて顔が染まった。


「そんないきなり、くれるって言われたって…」
「欲しく無い?」
「欲しい!」


即座に返事をしたら笑われた。

「だったら素直に貰っとけよ」

今ならおまけにサービス券も付いて来るからと、実にいい顔で言って笑う。

「サービス券って何?」
「マッサージ券と買い物券と掃除洗濯券と念入りにえっちしてあげる券」
「いるか!」


今度は遠慮なくブッ叩いて、でもすぐに正気に戻る。

ぼくが彼の戸籍に入る。

それは法的に婚姻の認められないこの国に於いてぼく達の出来る唯一の「結婚」
の形で、つまりぼくは今日、彼と結婚することになるのだと今更ながら思い至った。


「まあ、少なくともこれで、どっちに何があっても蚊帳の外になることは無い」

おまえに何かあっても、おれに何かあっても離ればなれにされることは無くなるんだ
と言う進藤の言葉はしみじみと深く、彼が如何にそれを恐れていたのかがよく解った。


「でも、もちろんおまえが嫌なら断ってくれていい」
「嫌…じゃない」


何かの際に側にいることも許されない。ぼくにとってもそれが一番恐れていたことだっ
たから。


「…ありがとう。遠慮無く…キミを貰うことにするよ」
「マジ? やった!」


そして目尻の涙を拭う。そのしぐさで彼が実は一番ぼくの返事を恐れていたというこ
とも解ってしまった。



『養子、塔矢アキラ』

窓口で名前を書き、生年月日を書き、両親の名前を書きながら、ぼくは胸の奥が熱
くなるのを感じた。


(ありがとう、お父さん、お母さん)

そしてごめんなさい。

育ててもらったその恩をこんな形で裏切るのが心苦しかった。そしてそれにも関わら
ず許してくれたことが嬉しかった。


「アキラは頑固で言い出したら聞かないって塔矢先生言ってたぞ」
「…そう」
「でも手のかからない『良い子』で、ずっと長い間『自慢の息子』だったって」
「…そう」
「だから幸せにしてやってくれって言われた」
「……そ」


ぐっと涙がこみ上げる。それを押し殺してぼくは書類を最後まで丁寧に書いた。

そして父の用意してくれていた謄本を添えて窓口に提出する。

職員は明らかに怪訝そうな顔をしてぼく達を見詰めていたけれど深く追求しては来
なかった。


「それでは確かにお預かりしました」

婚姻届けでは無いので、おめでとうございますとは言われなかったけれど、代わり
に進藤が「おめでとう」とぼくに言った。


「馬鹿、何が―」
「だっておまえ誕生日じゃん」


だからおめでとうだとしれっと言ってそして更に付け加える。

「…おれを貰ってくれてありがとうな」
「キミを人に渡すくらいならぼくは死ぬよ」


それくらいキミが欲しかったからと言うぼくの言葉に進藤はただ黙って笑っている。

「さて、それじゃ帰りにちょっとだけおれんちに寄って、それから家に帰るか」

なあ奥さんと、それだけは許せなくて殴ったけれど、でもぼくは幸せだった。

24年生きて来て、今日が一番幸せだと思いながら、進藤と二人手を繋ぎ、ゆっくり
と静かな夜の街を歩く。



欲しくて、欲しくて、欲しくて。

もしかしたら世界中の人が欲しいと思うかもしれないものを貰ってしまった。

それに何を返せるのかは解らないけれど、命をかけて大切にしようと、ぼくはしっか
りと絡めた指の感触を確かめながら心の中で誓ったのだった。




※おめでとうアキラ、貰っちゃえヒカルを!
他の届けと同じように養子縁組も夜間でちゃんと受け付けて貰えるらしいです。
2010.12.14 しょうこ

素材はこちらからお借りしました。