grooming
「本当にこんなんでいいの?」 でもなあ、なんかなあと手招きして呼んだのに、進藤はいつまでもぶつぶつと言っている。 「ぼくがいいと言っているんだからいいんだ。つべこべ言わずにさっさと来い」 リビングに置かれた大きめのソファ。その左端に座って隣をポンと叩くと、進藤はまだ何 か呟きながら渋々と座った。 「でもやっぱり―」 「四の五の言わずに横になれ。いつまでも文句を言っているとやってやらないぞ」 半ば脅すように睨み付けたらうへえという顔になって、それから急いで隣に座ると、やっ とゆっくり寝そべってぼくの膝に頭を乗せた。 「…で、おれはどうすりゃいいの?」 「別に。大人しくしていてくれればいい」 なんなら居眠りでもしてくれていいよと言ったら進藤は諦めたように、大きな溜息を一つ ついた。 「…まったく。おまえって本当に言い出したら聞かないよなぁ」 「うるさい。祝ってもらう本人がこれでいいと言うんだから大人しく聞け」 「はいはい。解りました」 そしてようやく静かになった。 夕食後の一時、ぼくはケーキを食べた後に、お祝いとして物を貰うのでは無く、膝枕をさ せて欲しいと彼に頼み込んだのだ。 『はぁ? なにそれ、逆だろ』 おれが誕生日にして貰うんだったらいいけど、それじゃおれが嬉しいだけじゃんと、進藤 は最初に聞いた時、頓狂な声をあげた。 『だったらむしろおれがやってやるって言うか、おれがするよ、膝枕』 『いや、ぼくがキミにしたいんだ』 だからされるのでは意味が無いと言い張って、粘って粘って言い負かした。 『とにかく、他に欲しい物は無いし、ぼくはこれしか望む物が無いんだから文句を言わずに 言うことを聞け!』 ぴしゃりと言ったそれを後になって、進藤は雷のようだったと言っていたが、それはしつこい 彼が悪い。 「……で、どう?」 寝そべってしばらくして進藤が言う」 「うん、なかなかいい。楽しいよ」 「…そうか、よく分かんないけど」 不承不承。 確かに彼には解らないかもしれない。でもぼくはどうしても一度心ゆくまで『自分から』彼に 膝枕をしてみたかったのだ。 いつもは半ば強引におねだりのように割り込まれて仕方無くやってやるといった形になる ので、まだもう少ししていてもいいと思っても彼の方が遠慮して退いてしまう。 退かなくてもぼくの方が許していると取られるのに耐えられなくて退かしてしまう。 けれど本当は一度でいい、思い切り気が済むまで彼に膝枕をしてみたいと思っていたの だ。 (髪がふわふわで気持ちがいい) 進藤の髪は猫っ毛という程では無いが見た目より柔らかく触っていて手触りがいい。 前髪と耳の上の毛と、後ろ頭。指で梳くと、されている当人も気持ちがいいらしく開いてい た目が自然に閉じた。 「んー…天国」 「そうか、良かったな」 「うん、マジ満足」 もし彼が猫ならばごろごろと喉を鳴らす音が聞こえてきそうな顔だった。 (膝の上が温かくて気持ちいい) 抱き合う時などに思っていたことだけれど、進藤はいつも体温がほんの少しぼくより高い。 ガキってことだろうといつだったか拗ねていたけれど、そういうわけでは無くて肌の温かさ はそのまま、彼の心の温かさなのではないかとぼく自身は思っている。 (もっとも、そんなこと言ってなんかやらないけれど) 静かな部屋、静かな時間。 邪魔されたく無かったので、電話も玄関チャイムも全て電源を切ってしまった。 「そこまでやるか?」 呆れたように言われたけれど、せっかくのお祝いをぼくは心ゆくまで味わいたかった。 (普段こんなふうにぼくからはしてあげられないから) 誕生日のお祝いという口実は人付き合いの下手なぼくにとって実にいい口実になった。 「なあ、足…痺れない?」 「いや、全然」 「そうか」 そしてまた少しして思い出したように聞いてくる。 「なあ、疲れない? 我慢してるんだったらおれもういいんだけど」 「疲れてなんかいない。キミは贈り物なんだからいい加減観念して大人しくしていろ」 「へいへい」 指で髪を梳いてぱらりと落とす。 髪に触れるついでに頬や首筋にも遠慮無く触るとくすぐったそうに肩が揺れた。 「おれ…マジでちょっと眠いかも」 「いいよ寝て」 実際彼は棋戦が立て込み相当疲れているはずなのだ。 「キミが寝てくれたらぼくは思う存分キミに触れて嬉しいから」 遠慮無くさっさと眠ってしまってくれと言ったらさすがに少しムッとした顔になったけれど、 少し撫でたらすぐに溶けた。 「…じゃあ」 ごめんなと言うか言わないかで、すうともう眠りに落ちている。 同時にぐっと膝にかかる重みが増えたので、なんだ力を入れていたのかと、悪いとは思い つつ、思わずぼくは笑ってしまった。 「…本当はいつでもこうしてあげられたらいいんだけど」 たぶんぼくにはそんなことは一生出来ない。 「ごめんね、でも…」 愛しているよと囁いたら、進藤は眉を寄せてそれから「うん」と呟いた。 それはあまりに小さくて、ぼくの言葉に返事をしたのか、単なる寝言だったのかどうか解ら なかった。 でも彼がとても幸せそうな顔をしていたのでぼくもまた、それ以上に幸せな気持ちになって それから彼が目覚めるまで、心ゆくまで愛撫し続けることが出来たのだった。 |