くされ縁
「なんでおれ達こんなことしてんだろうな?」
目の前で、カップの天ぷら蕎麦をすすりながら進藤が言った。
テーブルには他にビールとチューハイと日本酒があって、早い話が飲みながら年を越している
わけなのだ。
「こんなしょぼい蕎麦食ってさぁ、面白くもないテレビ見て、しかも目の前に居るのは和谷だし」
「和谷だしって、おまえがおれを呼んだんじゃないかよ」
何か少しでも面白い番組はやっていないかと、チャンネルを変えていたおれは諦めてリモコンを
テーブルに置いた。
「寂しいから来いっておれを呼びつけて、しょぼい蕎麦食わせて、面白くもないテレビ見て、一緒
に無理矢理年越しさせてんのはおまえだろ」
「それはそうなんだけどさぁ」
だって仕方無いじゃん、塔矢、実家に帰っちゃったんだからと、まだ酔いもそんなに回っていない
だろうに鬱陶しいことこの上無い。
「塔矢先生が帰って来て、それだけならいいけど、なんか二人とも風邪ひいたらしくって」
寝込んでいると連絡があって看病に行ってしまったらしい。
「だったら仕方無いじゃん。おまえも亭主ならうじうじ言って無いで、どーんと太っ腹な所見せて、
気持ち良く看病させてやれよ」
「解ってるって! だから一瞬たりとも嫌な顔なんかしなかったって!」
でも寂しい。塔矢が居ない年末年始なんておれにとっては地球最後の日と同じくらい寂しくて侘
びしいものなんだと、大きく溜息をついて蕎麦をすする。
「別に一生行ってるわけじゃねーだろう。どうせ二、三日で帰って来るんだろう?」
「それでも正月終わっちゃうじゃん」
塔矢のいない正月なんか…以下同文。
まあ一緒に暮らしている恋人が居ない年越しは、確かに侘びしく物足りないものなんだろうとは
思う。
進藤はこれで結構甘えたがりだし、寂しがりだってのも長い付き合いで良く解っている。
「…でもこんな始末悪いとは思わなかったなぁ」
ぼそっと呟いたのを聞きとがめてじろりと睨む。
「なんだよう、おまえは元々一人で過ごす予定だったんじゃん」
一人もんにこの寂しさが解るかと言われて、はいはいと適当に流した。
「まあその通りだし? 今現在付き合っているヤツもいないし?」
それでも酔っぱらいの愚痴を聞きながら年越ししてやっているんだから少しは有り難がれと言った
ら、今度はいきなり申し訳なさそうな顔になった。
「そうだよなあ、おまえなんか一緒に年越す恋人もいないんだもんなあ」
「申し訳ないと思う場所が違うだろっ!」
さっきからもうずっとこんな調子。
進藤がぐだぐだとこぼすのにおれが答えて、そしてだらだらと飲んだり食ったり。
「大体さぁ、塔矢も冷たいよな。いくらおれが平気って言ったって電話の一つもかけて寄越してくれ
ればいいじゃん!」
実際はそんなの気にすんなと自分で言ったに違い無いのに、進藤はくだを巻いて、どんとテーブル
を叩いた。
するとまるで計ったかのように、側に置いてあった携帯が鳴った。
ぱっと顔が輝いて、同時にしっしっとおれを追い払う仕草をするのを見て、この野郎と思いつつ、大
人しくベランダに出て待つことにする。
「…あーあ、クソ寒い」
息が白く凍るような外気を吸いながら、ふと中を振り返ると、さっきまでの鬱々とした顔が嘘のよう
に進藤が嬉しそうに笑いながら話している。
誰と聞くまでも無い、相手は塔矢だ。
「ちゃんと愛されてんじゃん」
男同士で付き合っていて、しかも相手が塔矢だって聞いた時にはかなり驚いたものだけれど、意外
にも自分的にはしっくりときた。
ああ、あいつらならそうかもなあと。
むしろそうで無いのが不思議なくらい引き合うものがあるのを進藤の側で見ていたから、思いがけ
ず抵抗なく納得出来てしまったのだった。
『でもさあ、それでもフツー、ダチがホモだって知ったら引くもんじゃねえ』
あっそう、へー、まあ解ったと返事をした時、進藤は告白されたおれよりもずっと驚いた顔をしてい
たと思う。
『フツーは引くって、そんで気持ちワルイとか思ったりするもんだって』
『いや別に、元々おまえら異常だったし』
それにおまえ別にホモじゃないんだろうと尋ねたら進藤はきょとんとした顔になって、それから真顔
で『うん』と言った。
『塔矢だけ、あいつだけがおれ、好きなん』
『だったらそんなふうにホモだからとか、自分から人に線引くようなこと言うのはやめろよ』
もし万一ホモだったとしてもそれは個人の自由だし、それと打つのは関係ねーしと言ったら進藤は
更に驚いた顔をして、それから泣きそうな顔で『そうだな』と言った。
和谷が馬鹿で助かったとも。
そしてそれからずっと今でも変わらずにダチとして付き合っている。
その間に進藤と塔矢は一緒に住むようになって、事実上は夫婦だけれど、二人の間のことを知っ
ているのはおれを含めてまだほんの少しだ。
「…うん、そう。和谷と飲んでるから全然平気とか言ってんだろうなあいつ」
本当は全然平気なんかじゃないくせに、塔矢に心配かけまいと無理して明るく言うんだろう。
「でも塔矢も馬鹿じゃないから結構早くに帰って来るんだろうな」
まだ病気が治りきっていない親を置いて、それでも進藤の元に帰って来てしまうんだろうと思った
ら、なんだか切ない気持ちになった。
「ほんと…罰当たりな馬鹿夫婦」
けれど馬鹿になれるくらい人を好きになれるってことに正直おれは憧れる。
今でも塔矢は嫌いだし、こんなふうに付き合わされるのは迷惑だと思うことも多いけど、それでも
進藤がおれを頼ってくれることは案外嬉しい。
「…まあこれからも付き合ってやるさ」
おれに大事な人が出来るまで。
否、出来てもきっと付き合ってしまうんだろうなと思いつつ、ガラス越しに電話を終えたらしい進藤
が打って変わって上機嫌に手招きするのに頷いて、おれは凍えた背中を丸めながら、蕎麦の続
きを食うために、温かい部屋に入ったのだった。
※ひでー男、進藤ヒカル。でもきっとたぶん一生こう。もし万一この後、アキラが急に戻って来られるような事態になれば、
ヒカルは平気で和谷を追い出します。でも和谷もいちゃつきカップルなんぞ見たく無いので喜んで帰ります。
親友だよね。
2010.12.31 しょうこ