春に来る鬼




カーペットの上に落ちている豆を見つけ、何気無く拾い上げて口に運ぶ。

ぽりっと噛んで飲み込んで、それからふと思い出した。

「…そういえば夕べ、鬼の夢を見たな」

夢というか、夢うつつというか、ふと目覚めたらベッドの側に白装束の鬼が佇んでいて、静かな
声で聞かれたのだ。


『その男の命と自分の命、どちらがより大切か』

その男と指されたのは背を向けるようにして眠る進藤で、躊躇無く返していた。

「そんなもの、進藤の命に決まってる」
『だったら―』


だったら命を差し出せと、続けて言われたのだっけとぼんやりと思う。

『その男の寿命は今日で尽きる。もし助けたいと思うならば己の寿命を差し出せ』


気がつくと回りには数え切れない程の蝋燭が立っていて、ゆらゆらと炎を揺らしていた。

ああ、これが命の蝋燭というやつなのかとさしたる疑問も無く思い、立ち上がって探した。

どれも同じように見えるその中で自分の蝋燭だと思うものはすぐに見つかり、その傍らに今に
も消えそうになっている残り少ない蝋燭も見つけた。


(ああ、これが彼の蝋燭なんだ)

可哀想に消えかかっているじゃないかと、自分の蝋燭を蝋燭立てから取り上げて、すげ替えよ
うとした時、思いがけず鬼に止められた。


『そんなことをしたらあなたが死にますよ』
「解ってる。でも進藤が死ぬくらいだったらぼくが死んだ方がずっといい」


彼はまだまだ生き続けて、これから先、彼にしか届かない高みを目指すのだからと言ったぼく
の言葉に、何故か鬼は笑ったような気がした。


『困りましたねぇ…』
「何が?」
『ヒカルにも同じようなことを言われてしまったものですから』


これではどちらも連れては行けない、分け合って生きて行くのがいいでしょうと、ぼくの見てい
る目の前で鬼は蝋燭を半分に折った。そして折った片方を彼の燭台に乗せたのだった。


ぽっと新たに灯った炎は温かく、ああ進藤の色だと静かに思った。

『どのくらいあるか解りませんが、それでも元が充分長い。心を残さないくらいの時間は得ら
れましょう』


どうか二人で幸せにと、鬼には似つかわしくない言葉を残して白装束は視界から消え、気が
つけばぼくはベッドに横になっていた。


背中には進藤が眠る呼吸の音が響いていて、ああ、生きている、良かったと思った。

夢でも夢で無かったとしても、進藤の命を守れたと、そのことがとても嬉しかった。




「…おまえ馬鹿じゃねーの?」

ぼんやりと豆を食んでいると、同じように足元から豆粒を拾い上げた進藤が、不機嫌そうな
顔で言った。


「何が?」
「別に何がってわけじゃないけど、でもおまえって本当に馬鹿で馬鹿で馬鹿で、どうしようも
無い大馬鹿野郎だと思う」
「そうかな」
「そうだよ!」


彼が怒っているように見えるのは、もしかしてぼくの寿命を縮めてしまったと思っているから
なのだろうか?


「それでもぼくは…また同じように尋ねられたとしたら、今度は全部そっくり渡すと思う」
「だったらおれは全力で拒否る」
「―ただの夢だよ」


キミは桑原先生よりも誰よりも、ずっと長生きするんだからと言った言葉に、進藤は非道く
複雑な顔をした。


「おまえもだろ。おまえも皺くちゃになるまで長生きするんだよ」
「ああ…うん、そうだね」


努力するよと微笑んで言ったら、進藤はむうっと頬を膨らませ、それこそ鬼のように顔を染
めると、「約束しろ!」と怒鳴ったのだった。




※前にも同じようなネタで書いたかも。そうだったらすみません。躊躇無くヒカルに蝋燭を渡そうとしてしまうアキラですが
ヒカルはヒカルで、アキラの分の蝋燭を自分の物とすげ替えるかと尋ねられて断っています。「あいつが生きた方がいい」
そういう人達です。
2011.2.3 しょうこ