和尚が二人でお正月
「塔矢、塔矢」
呼ばれて顔をあげると、進藤がじっとぼくを見詰めて言った。
「隣の家に囲いが出来たってね。へー」
「…それは一体どういうつもりで」
「いや、おまえに合わせて古典的なギャグにしてみたんだけど」
どうだ? 笑えない? と聞かれて「笑えるか」と返した。
「ぼくに合わせたとか…一体キミはぼくをなんだと思って―」
「朴念仁のクソ真面目」
そしておれの一番大切な人とさらりと恥ずかしくなるようなことを言う。
「その大切な人に随分だな」
「だっておまえに笑って欲しかったから」
笑って? と言って進藤はぼくに苦笑のような笑顔を向けた。
「そんなこと…いきなり言われたって」
「なあ、頼むから笑ってよ」
おまえがそんな顔してるとすごく辛いからと言われて、初めて自分が思い詰めたような怖い顔を
していたことに気がついた。
「これは別に」
「わかってる。おれのせいだろ?」
毎年毎年、この時期になるとおれはいつもおかしくなる。おかしくなって内にこもって、ひたすら
暗いものを体の中に溜め込んでいくんだと。
「その暗い物をおまえは半分引き受けちゃうんだよな」
そして随分しんどいはずなのにいつも平気な顔をしていると進藤は言った。
「別にぼくはそんなつもりは無いし」
「だったら無自覚でそうしてんだよ。だって、おまえってそういうヤツだもん」
予定も何もぶっちぎって、誰に何を言われてもその日をおれのためだけに無理矢理空けてくれ
るんだと。
「ぼくはそこまで優しく無いよ」
「…優しいよ。そしてバカだ」
おれの分まで暗いものを引き受けて辛い顔してる大馬鹿だと非道いことをごくごく真面目な顔で
言う。
「甘えてんのはわかってんだ。悪いなとも思ってる。もしおまえが居なかったら、おれ、きっと引き
ずられてしまったと思うもん」
どこへとは聞けない。でもそれがどういうことかは言われなくても解る。
「キミが苦しいのは嫌なんだ」
「うん」
「キミが一人で抱え込んでいるのを見るのも辛い。結局ぼくは自分のためにこうしているのかも
しれないね」
「違うだろ。バカ」
ぺちりと額を軽く叩かれてムッとする。
「バカ扱いはどうかと思う」
「だってバカだもん」
もうどーしようも無いバカだよなと、言う進藤の声はたまらなく優しい。
「なあ、どうしておれのためにそこまでしてくれんの?」
「好きだから―」
キミが好きだからだよと言ったら進藤はその目を大きく見開いた。
「やっぱりバカじゃん。おれみたいなヤツ好きだなんて本当にものすごいバカだと思う」
でもありがとうなと、ことんとぼくに寄りかかる。
「…和尚さんが二人で、おしょうがつー」
「キミはやっぱりぼくのことをバカにしているんじゃないのか?」
「違うって、さっきも言ったじゃん。おまえに笑って欲しいだけ」
でもおまえって流行りもんは知らないし、下手なこと言ってもすべるの確実だし、だから古典で行
くことにしたのだと。
「いくらぼくだってそこまで非道くは…」
「そっか、じゃあもう少しレベルアップしようか?」
隣の客はよく柿食う客だと言われて思わず笑ってしまった。
「進藤、それは笑い話では無く、早口言葉だ」
「でもおまえ笑ったじゃん。おれのバカ話でちゃんと笑ってくれたじゃん」
良かったとしみじみと言った。
「おれ、おまえのおかげで笑えるようになったんだ。だからおまえにも笑って欲しい」
寒い時期が終わり、ちらほら花が咲くようになって空は一気に晴れ渡る。
風は温かくなって、日差しも心地良くなって、一年で一番いい季節のはずなのに、空の青さはい
つでも深く胸を抉る。
「…笑えるよ、無理矢理笑い話なんかしてくれなくても」
「そう?」
「キミが辛く無いのなら、少しでも痛みを感じ無いのなら、ぼくも辛く無いし、とても嬉しい」
それだけでぼくは笑えるからと言ったら進藤に抱きしめられた。
「青巻紙、赤巻紙、黄巻紙―」
「キミね、いい加減にしないと」
「笑えよ、おれがシアワセならおまえ笑えるんだろ」
おれは今この瞬間、世界で一番シアワセだと思う。おまえがいるからシアワセだと言われ、嬉し
くてぼくは微笑みたくて、でも胸に溢れてきた気持ちに思わず泣いてしまったのだった。
※タイトル大顰蹙。でもこのタイトルしか浮かばなかったからー。
ヒカルは本気で「塔矢に合わせるならこれくらいかな?」と思っています。大変失礼な男です。
2011.5.5 しょうこ