短冊
「キミに会いたい時にはどうすればいいんだろう?」
大まじめな顔で言われて少し慌てた。
「どうすればって…」
その頃にはまだ携帯を持っていなくて、でも相手の家に電話をするのも気恥ずかしい。そんな距離
感だった。
「碁会所で待ち合わせるのはいいけれど、それだと会えない時も多いんじゃないか」
「んー、まあそうだよな」
塔矢の所の碁会所に行って会えたらラッキーというのは、手合い数が増えて来た最近では少し難し
くなって来ている。
「折角来てくれたキミに空振りさせるのも申し訳無いし」
「それはおまえだって同じだろ」
例えば手合いの後、もしかしてと寄ってみる。研究会の後、メシでもと誘われるのを断って顔を出す。
それは大したことが無いようでも、あるのと無いのとでは随分手間が違うのだ。
それに、もし待たせているとしたらと焦る気持ちにもなり、なのに行ってみたら居ないというのは確か
に落胆も大きい。
「それじゃあ、もし会えそうだって時には一階のホワイトボードに何か目印つけとくってのは?」
「目印?」
「そ。何日の何時ってメモに書いて貼っておけばいいんじゃん」
「そんな個人的なことで使ってもいいのかな」
「名前書かなきゃ誰だかわかんないし」
もしホワイトボードでダメそうだったら他の場所に変えてもいいしと、言い出したおれの方は半分冗談
のつもりだったけれど、塔矢は良い案だと思ったらしく「じゃあそうしようか」と笑ったのだった。
『×月×日14時〜19時』
最初にメモを貼ったのは塔矢の方で、見つけた時ドキリと胸が鳴ったのが解った。
(こんなメモにも几帳面な字でやんの)
きっちりと書かれた綺麗な字に塔矢の面影を見て嬉しくなる。
『×月○日、17時〜20時』
二度目のメモはおれからで、見てくれたかなと思って帰りがけに見たら、メモの端に小さく花丸印が書
いてあった。
うわ!
目立たないようにほんの小さくだったけれど、こんなに心臓が跳ね上がったことは無い。
「おまえ、どうしてこんな時だけ可愛いんだよ」
いつもこれくらい可愛くしてろとついメモに向かって呟いてしまった。
それからも何度もメモを貼っては貼り返すを繰り返すうち、やはり個人的なメモをやり取りしているのが
バレてしまってそのやり方はやめた。
後にお互い携帯を持つようになったので、待ち合わせるのにそんな苦労をすることは無くなったのだけ
れど、たまにふと、メモ書きのようなものが貼られているとドキリとする時がある。
「…何、にやついているんだ」
隣を歩いていた塔矢が眉を寄せておれを見る。
「んー、ちょっと七夕みたいだったかなって思って」
「何が?」
「メモ。あれってちょっと願い事の短冊みたいじゃ無かったか?」
会えたら嬉しい。会えたらいいなと、待ち合わせの日時を書き込む時に確かに気持ちがこもっていたか
ら。
「ああ…うん、そうだね」
あの頃のああいうことって楽しかったよねと言って塔矢は笑った。
噛みしめるような笑みだった。
「それじゃ、また久しぶりにメモでも貼ってみる?」
「一緒に暮らしているのに?」
「いいじゃん。家のホワイトボードに何月何日何時って書いて」
それでたまには待ち合わせてデートしようぜと言ったら塔矢は目を丸くした。
「…一緒に暮らしているのに?」
同じセリフを二度言った。
「一緒に暮らしているからだよ!」
今でも充分シアワセだけど、たまには変化もつけなきゃなと、飽きられたら大変だからと言ったおれの言
葉に塔矢は更に大きく目を見開いて、それからいきなり弾けるように笑った。
「いいよ、わかった。それじゃ今度やってみよう」
ぼくもキミに飽きられたら困るからと可愛くて困るような顔で言う。
『7月7日19時××駅改札』
それからすぐに貼られたのは塔矢からのメモで、おれ達はまるで一年ぶりに会う恋人同士のようにわく
わくとした気持ちで、待ち合わせて外で会ったのだった。
※進藤家は中学を卒業するまで子どもに携帯は不要という考えで、塔矢家は留守がちなので持たせたいけれど、
やはり子どもに携帯は贅沢との考えで持たせなかった派。二人とも自分の稼ぎで契約しました。
2011.7.7 しょうこ