HAlloween!



朝目覚めた瞬間からぞくぞくと嫌な寒気が背筋を走り、そのくせ体の内側は妙に熱くてたまらない。

喉は痛いし咳は出るし、頭は少し動かそうものならガンガンする。

「三十八度六分…」

計る前から解っていたけれど、実際に体温計で熱があるのを確認して、アキラはふうっと大きな息
を吐いた。


どうりで昨夜から体が怠いと思っていた。関節が痛かったのもその前日までの遠方での立ち仕事
のせいではなくて風邪の前兆だったというわけだ。


「ざまをみろ」

開くのも億劫な瞼を薄く開けながら、アキラは進藤ヒカルの顔を思いだしていた。

(仕事の時は嫌だって言うのをきかないから罰が当たる)

その遠方での仕事はヒカルと一緒で、当然のように同室になったその夜に、ヒカルはアキラをこれ
また当然のように激しく求めた。


アキラは仕事とプライベートを一緒にするのが嫌いな質で、翌日に影響が出るからと拒んだものの
結局は流されてしまった。


(まあ、流されてしまうぼくもぼくだけれど)

それでも一度頑として『したい』モードになってしまったヒカルを拒むのは、受け入れるより消耗する。

そのせいもあって、折角の良い部屋を一つのベッドで窮屈に眠るはめになったのだが、今にして考
えればその時に冷えたのも良く無かったような気がする。


「なんだ、じゃあやっぱりキミのせいなんじゃないか」

暖房をつけたくなるほど寒い夜に汗が流れる程激しく求め合った。その後にろくに布団もかけずに
寝るからこんなことになってしまったのだと、半分は自分のせいであることを認めつつ、アキラはや
っぱりヒカルを責めずにはいられない。


枕元に置いておいた携帯電話を取り上げると億劫でたまらない指を動かしてなんとかメールした。

『発熱した。嘘じゃない。キミのせいなんだから今日は来るな』

10月31日。

日本人のくせにハロウィンをやりたがるヒカルは、毎年アキラに悪戯か甘いものかどちらかをくれと
律儀に言いにやって来る。


『Trick or Treat』

にっこりと邪気の無い顔で迫って言った後、『で、どっちくれんの? お菓子? それとも』

お菓子より甘いおまえかと。

アキラはいつも一応形ばかりお菓子を用意して、でも結局は自分をくれてやることになる。ヒカルは
甘党だし、お菓子も本当に喜ぶけれど、それが目的で無いことは恋人である以上良く解っていたか
らだ。


(でもそれも今年はダメだ)

大体9月はヒカルの誕生日で、それを理由に絞り尽くすように求められ、(もちろん何も無い時でも求
められる)10月はハロウィンではヒカルにとって良いばかりだ。


アキラにとって悪いというわけでは無いけれど、なんとなくいつも腑に落ちない思いをするのでアキラ
は思いがけず意趣返し出来たような気持ちで小さく笑った。


「精々残念がればいいよ」

そして返事をされるのも面倒なので携帯の電源を切るとそのまますうと眠りに就いた。


仕事が無かったのは幸運だった。

いや、もともとハロウィンでヒカルと過ごすことが前提だったから空けていたわけだけれど、人に迷惑
をかけることなく、手合いに支障をきたすことなく休んでいられるのはほっとする。


うつらうつらとどれくらい眠ったことか、ふと気配に気がついて目を開けると、そこにはヒカルの顔があ
った。


「キミ―」

どうしてと言いかけて激しく咳込むのを宥めるように手で制される。

「マジ、熱高いのな。汗かいて湿ってたから勝手にパジャマ着替えさせた」

それと一応一通り用意してきたから、欲しいもんがあったら言ってと言われてぐっと詰まる。

「薬は? 飲んだ?」
「いや…胃に何も入れていないからもう少したってからと思って」
「なんだやっぱり何も食って無いんだ。だったらいいもんあるから」


すっと立ちかけるのをズボンの裾をぐっと掴む。

「なんで居るんだ、風邪だから今日はダメだと言っただろう」

今度は咳込むことなくちゃんと言えた。

「メールなら見たよ。だから来たんじゃん」
「来るなってぼくは言ったんだ。それをどうしてわざわざ来る」


来たってこんな有様なんだから、悪戯もお菓子もキミにはあげられないんだからなと睨み付けたら、一
瞬非道く傷ついた顔をされた。


「…おまえん中のおれってそこまで鬼畜な自己中なのかよ」

心配だから来たの。おまえ一人だし、具合悪くなっても一人じゃどうにもならないこともあるしと、恋人な
んだから当たり前だろうとヒカルは言って鍵を見せた。


「だからおまえだって、おれに合い鍵くれたんだろう?」

お互いが一人暮らしを始めた時、今ヒカルが言ったのとほぼ同じようなことを言って自分から申し出て鍵
を交換しあったことをアキラはゆっくりと思いだしていた。


自己管理の出来ないヒカルのことだから、どうせいつか寝込むようなことがあるだろう。そんな時に看病
にも来られないのは嫌だからと、あの時アキラは自分のことは完全に棚の上に上げていた。


でも今現実には、ヒカルが一人で寝込んでいるアキラのために鍵を使ってやって来ている。

「あれは―」
「どうせ自分は大丈夫って思っていたんだろう。おれのが大ざっぱだし、だらしないし」


でもこういうことだってあるんだからさと言ってヒカルはアキラの額に手を置いた。

「もう来ちゃったんだし帰れなんて言うなよな。いくらおれだって…熱のあるおまえに菓子ねだったり、えっ
ちしたいなんて言ったりしないんだから」
「…ごめん」


アキラは素直に謝った。

考えてみればヒカルはそこまで無神経な人間では無かった。熱のある自分に無理強いをするはずも無
かったのだ。それなのに自分はなんと非道い言い草をしてしまったことか。


「…ごめん」
「いいよ、解れば」


それより病人なんだからおれに大人しく看病されてと言って、再び立ち上がるとすぐに何やら持って戻っ
て来た。


「とにかくちょっとでもなんか腹に入れて薬飲んだ方がいいと思うからさ」

プリンなら食える? と尋ねられてアキラはこくりと頷いた。

「良かった。じゃ、取りあえず食ってみて」

スプーンで運ばれたそれをアキラはひとくち口に含んだ。そして僅かばかり目を見開く。

故意か、それとも時節柄店にそれしか無かったのだろうか? アキラの口の中に落とされたプリンは、
ほんのりとかぼちゃの味がした。


「なに?」

目を凝らしても、じっと自分を見詰めるヒカルの瞳に邪気は無い。

(きっと気がついていないんだろうな)

たぶんメールを見て慌てて駆けつけ、近所の店でろくに見もせず買ったんだろう。

もうひとくちと差し出されたプリンを口に含みながら、アキラは汗の浮いた顔で可笑しそうに笑った。

「…キミの方から貰うのは初めてだ」
「え? 何?」


やはり解っていなかったらしいヒカルはきょとんとした顔でアキラを見る。

Trick or Treat

まったくろくでもない行事が定着しつつあると苦々しくしか思ってはいなかったけれど。

「…悪戯か、お菓子か。お菓子は今貰ってしまったから、熱が下がったらたっぷりと悪戯をさせて貰おう
かな」


たまには自分が貰うのもいい。

何しろよくよく考えてみれば、ぼくがこんな目に遭っているのはキミのせいだと思うからとアキラに言われ、
それでもまだ解らずにいるヒカルの顔を呆れたように引き寄せると、アキラはかぼちゃプリンの味の残る
唇と舌で、濃厚に貪るようなキスをしてようやくヒカルに解らせたのだった。



※普段のアキラならまず絶対こういうことはしません。だって風邪がうつるから。
今回は「キミのせいなんだから風邪くらいうつされても文句無いだろう」的な気分でいます。悪戯の一部かも(笑)
2011.10.31 しょうこ