男雛二人



仕事で京都に行った時、合間に行った観光で西陣織の会館を見学した。

「ここは平安時代の衣装を着ることが出来るんですよ」

案内してくれた人が言った瞬間のおれは、自覚は無かったけれど、随分食いつきが良かったらしい。

くすっと笑って塔矢が「やってみたら」と言った。

「いいよ別に」
「そうだ、折角だからお二人で着てみたらいかがですか?」


熱心に勧められて断りきれず、結局塔矢と二人、平安装束を着るはめになった。

それぞれ別の場所に連れて行かれ、あっという間に着せられる。


「進藤?」

少しして、奥の部屋から塔矢がやって来て、でも一瞬、その姿にドキリとした。

(佐為の服に似てる)

平安時代の衣装なのだから当たり前と言えば当たり前なのだが、塔矢の姿は佐為を思い出させ、そ
れが胸の奥をちくりと刺した。


「どうした?」
「や、別に。それにしてもおまえそういうの似合うな」


普通の服より似合うんじゃないかと言ったら苦笑したように笑われた。

「何を言ってるんだ、キミだって良く似合っているじゃないか」


着替えさせられた場所には鏡は無く、だから自分の姿は解らなかったのだけれど、連れられて二人
揃って大きな鏡の前に立った時に驚いた。


「あ―」

おれも―おれの服も佐為によく似ていたからだ。

「キミの衣装は黒なんだね。髪の色が映えてよく似合う」
「おまえの青もよく似合ってるじゃん」


こんなふうにもしかして、別れることが無ければ並んで立つこともあっただろうか。

(ここに連れて来てやったら喜んだかもしれないなあ)

『ヒカル、よく似合っているじゃないですか』
『私達、お揃いですね』


佐為がはしゃいで言う声が耳に聞こえるようだった。

「進藤」
「ん?」
「もしも」


鏡を見ながら塔矢が言う。

「もしも平安時代に生まれていたら、ぼく達はこんなふうだったんだろうか」
「そうかな? おれよく解らないけど、仕事によっても違うんじゃねーの?」


「碁打ちだよ。他の職業になんか就くわけがない」
「何それ確定?」


笑いながら尋ねると、塔矢は「うん」と小さく笑った。

それからしばらくじっと鏡の中のおれを見て、再び小さく呟くように言う。

「平安時代に生まれていても、キミはぼくと打っただろうか?」
「打つよ。決まってるじゃん。でもどっちかって言うと、おまえの方がおれのことなんか相手にしてくれ
なさそうだけど」


おまえきっと、お貴族様に生まれてそうだもんなと言うのを、塔矢はさらりと流した。

「打つよ、ぼくは」

ぼくはいつでもキミと打つ。いつ生まれても、いつ出会ってもいつでもぼくはキミと打ちたいと言う、そ
の声音にはっとする。


「塔―」
「キミはどうかな? ぼくよりも強い人がいたら、その人とばかり打つんじゃないか」
「…そんなこと」


ねーよとはすぐに言えなくて、言えないおれに塔矢が笑う。

「正直だな」
「違うって」


もしも、もしも、もしも、本当に平安時代に生まれていたら…佐為が生きていた時代に生まれていた
ら、佐為と塔矢と三人で打ちたい。そう思ったからだ。


飽くことなく、いつまでも盤を囲んで打てたなら、それはどんなに幸せだろうか。

けれどすぐにそれは違うと思った。

(今のおれだからそう思うんだ)

佐為を失った自分だからこそ思うことで、そうで無かったらまた違っていたかもしれない。

(でも、それでも)

出会ったら塔矢に絶対惹かれる。

愛さずにはいられない。強い‐縁(えにし)‐。

それだけは間違い無いとそう思う。


「おれはただ…」
「いいよ別に」


言いかけた言葉を塔矢が止める。

「キミが今側に居る、一緒に同じ時間を生きている。それだけでぼくは幸せだから」
「バ―」


バカだなあ、おまえ本当にバカだなあと言いたくて、でも言えなかった。

「おれだってそんなの幸せだって」

おまえが居て、一緒に居られて、同じ時間を生きられる。そんなの絶対幸せに決まっていると言っ
たら塔矢は目を見開いた。


「ありがとう」

でも変な日本語だと笑い、それからそっとおれに触れた。

「愛している」

誰にも聞こえ無い程小さな声で塔矢は確かにおれに言った。

「誰にも渡せないくらい、キミのことを愛しているよ」




「それじゃ記念写真撮りましょうか?」

会館の人に促されて、そのまま二人で写真を撮る。

「まるでお雛様に逃げられた男雛二人って感じだね」
「そんなこと言うんだったら、おまえは十二単を着れば良かったじゃん」
「嫌だよ」


ぼくは男だからと笑う塔矢におれも笑う。

「別に男雛二人でもいいんじゃねえ?」


絢爛な金屏風と緋毛氈。

並んで写るおれ達は、着慣れない平安装束に少しだけ窮屈そうな面持ちで、でも間違い無く、幸
せに笑い合っていた。



※今年はひな祭りに更新出来なかったので今頃ですが。
この話は素敵なお雛様を下さったyさんに^^
2011.3.21