Spring has come



毎年二月になると、進藤に無理矢理甘いものを飲まされる。

打ち掛けの時はもちろん、出先でのお昼の時にも用意周到先回りして、彼はぼくに絶対に
普通の飲み物を飲ませない。


「キミ…どうしていつもこの時期になるとぼくに嫌がらせばかりするんだ」

何がそんなに気に入らないのだと言ってみたこともあるのだけれど、「別に」と柳に風なので
埒があかない。


「別におれ、嫌がらせなんかしてないぜ?」
「でも、ぼくにお茶やコーヒーを飲ませてくれないじゃないか」
「そんなん、家でいくらでも飲めるだろ」


頭思い切り使っているんだから、甘いもん飲んだ方がいいぜと悪びれなく笑うので、ぼくもあ
まり強力に嫌と言えない。


そもそも二月が過ぎるとぴたりと終わってしまう類のものなので、目くじらをたてるのも大人げ
ないのではないかと思ってしまうのだ。



その日、ぼくと進藤は千葉の碁サークルに指導碁に行っていた。

芦原さんからの紹介で、ぜひにと言われて行ったのだった。

子ども達や年配の方と一通り打ち、さてお昼という時に通された部屋で用意されたお弁当を
食べようとしたら、進藤がいきなり添えられたお茶のペットボトルを取り上げて、買って来たら
しいココアの缶と替えたのだった。


「進藤…」
「いいじゃん。今日寒いし、温かいもんの方が絶対美味しいって」
「だからってちらし寿司にココアは合わないにも程がある」
「それでもさ、折角買って来たんだから飲めよココア」


にこにこと、どうしてこの男は毎年こうやってぼくに嫌がらせをするのだろう。

「あれ、お茶がありませんでしたか」

少ししてやって来た碁サークルの会員が、ぼくの手元にあるココアを見て眉を顰めた。

「すみません。お茶を…と言ったのですが手違いがあったようで…」

申し訳無さそうに新たに買いに行こうとするのを慌てて止める。

「いいんです。お茶はちゃんとありました。そのお茶がココアに化けているのは、進藤の悪戯
なので」


どうか気になさらないでくださいと言うとやっとほっとした顔になった。

「そうですか、良かった。でも、どうしてココアなんか?」
「頭を使うから脳の疲労回復にって親切にも用意してくれているみたいですよ」


進藤が何か言う前に嫌味たっぷりに言ってやったらさすがにばつの悪い顔になった。

「おれは別に…」
「ああ、でもちょうどいいですね。明日はバレンタインですし」


一足早いチョコレートっていうことでと、取りなすように言われた言葉にぼくの手が止まった。

「え?」
「明日、二月十四日、バレンタインデーじゃないですか。先生方きっとたくさん貰うんでしょうね
え」


羨ましい限りですと、でもぼくはもう碁サークルの人の言うことを聞いていなかった。

代わりに隣に居る進藤の顔をじっと見詰める。

そういえば、二月に入るなり始まる『嫌がらせ』は月半ばで終わっていたのでは無かったか。

毎年毎年、判で押したように始まって終わるそれはもしかして――。

「キミ…今までお汁粉を買ってくれたことはあったっけ?」
「ねーよ!」
「缶のポタージュや、お味噌汁も無かったよね」
「そんなん、買うわけ無いだろう」


ココアじゃ無ければ意味が無い。チョコレート味のもので無ければ全く意味が無いんだからと
言いながら進藤の頬はゆっくりと赤く染まって行く。


「缶のおでんも―」
「おまえ、理解したのになぶり殺しか?」


天然ぶるのもいい加減にしろと言われて思わず笑った。

「そうか…そうだったのか」

遠回しすぎて気がつきもしなかった。

「だったら来月はぼくがキミに『嫌がらせ』をしてもいいわけなのかな」
「してくれんの?」
「来月は…飴だよね。確かミルキーのドリンク缶を見たことがあるよ」


無くても何か探して来る。

そしてキミがしたように、強引に無理矢理に飲ませてやると言ったら進藤は恐る恐るというよう
にぼくを見て、それから思い切ったように言った。


「それって――OKってこと?」
「さあ、どうだろう」


少なくとも他人も居るこの場所で答える義務はぼくには無い。

でも、気がつかなかった年月の分だけ、甘くて甘くて、甘すぎるようなものを彼に渡さなければ
いけないと、探しに行く楽しみを思い胸が弾んだのだった。



※例えばこれがココアでは無くチョコだったとしても、アキラは「なんの嫌がらせだ?」と考えるのだと思うんですよ。
ヒカルのことだからチロルとか毎日一個ずつ渡したりするんですが鈍いアキラは解らない。ポッキーとか手を替え品を替え、
渡し続けて気付いて貰えなくても取りあえずヒカル的には満足。そう考えると結構いじらしいかもしれないです。
2011.2.14 しょうこ