White oath
「なんにも買えなかった」
ごめんなと、夜遅く帰って来た進藤は、ぼくに向かって頭を下げた。
「別に、無理して買って来なくてもぼくは構わなかったのに」
三月十四日、世間一般に言うホワイトデーの今日、彼は前日からの泊りの仕事で、今帰って来た
所なのだ。
「そもそも男同士なんだし、こういう行事をきっちりやることはないんじゃないか」
「でもおれはやりたかったんだって」
そもそも男同士なんて言うおまえは、おれのためにちゃんと一ヶ月前にチョコを贈ってくれた。だか
らそれに気持ちを返したかったのだと言われて微笑んでしまった。
「物で貰わなくてもキミにはいつもたくさん貰っている」
「それでもさぁ」
かなり本気で落ち込んでいる彼に、ふと気がついて尋ねてみる。
「進藤、それ、その花束はどうしたんだ?」
泊りの荷物とコートの他に何故か小さなブーケを持っている。
「ああ、これは向こうで帰りがけに貰って…」
「綺麗じゃないか。だったらぼくはそれでいいよ」
そのブーケをホワイトデーのプレゼントとしてくれればいいと言っても進藤は微妙な顔をしている。
「でもこれ、おれが買ったもんじゃないし」
どうしても納得出来ないという顔でしばし眉を寄せていた彼は、急にぱっと明るい顔になってブー
ケに巻かれていたリボンを外した。
すべすべとした光沢のある美しい白いリボン。
それを彼はぼくの左手の小指に結ぶと、苦労して自分の左手の小指にも結わえ付けた。
「…こんなもんしかあげられないけど」
なんだろうと、きょとんと見つめているのに照れ臭そうに笑って言う。
「赤い糸ってあったじゃん? でもおれらは男同士だから白いリボンてことで」
おれの運命の相手はおまえだよと、だからおれの全てをおまえにあげると言われて泣きそうにな
った。
まったくこういう不意打ちは困る。
「随分安上がりだけど…」
「あ、言ったな!」
「でも何を貰うより嬉しいよ、ありがとう」
だからどうかぼくの全ても貰って欲しいと返したら、彼は嬉しそうに笑って、リボンで結ばれたぼくの
小指にちゅとキスをしたのだった。
※こんな時ですが。こんな時だからこそ。2011.3.14 しょうこ