柏餅



子どもの日が近かったこともあって、取材の時、お茶と一緒に柏餅が出た。

甘い物は嫌いでは無いはずなのに、進藤は一瞬眉を寄せ、なんとも言えない表情をしたので、
ぼくは思わず手を出して彼の目の前にあった柏餅を取り上げてしまった。


「塔矢?」

進藤はもちろん、出してくれた雑誌社の人も驚いた顔をした。

「ぼくが食べる」

そして文句を言う間も与えずに彼の分、そして自分の分も一気に葉を取って食べてしまった。

正直、甘いものは得意では無く、柏餅もそんなに好きでは無かった。だから一気に複数食べて
随分気持ちが悪くなったけれど、そんなことは言えなかったので「美味しかった」「ごちそうさま」
と短く言って後は黙っていた。


「……って、おまえ意外と食い意地はってんだなあ」

ぽかんとした顔の後、いきなり進藤は弾けたように笑い出して、その顔からあの奇妙な表情は消
し飛んだ。


「そうか、そんなに好きだったのか…うん」

それじゃこれから一緒の時はおれの分も全部食わしちゃるからと言った進藤にぼくは曖昧に返事
をした。


そして、こういう話は伝わるものらしい。ぼくが人の物まで食べてしまう程に信じられない柏餅好き
という噂はぱっと広まって、以来どこに行っても5月は柏餅が出てくるようになってしまった。


進藤はといえば「よかったな」と笑い転げて自分の分もぼくにくれ、ぼくは内心閉口しながらも柏餅
を口に運んだ。





「塔矢、おみやげ」

なに? と尋ねると「おまえのだーい好きなもの」と進藤が機嫌良く帰ってくるなりぼくに言った。

「大好きなものって…」

カレンダーを振り返って「あっ」と思う。

「柏餅か」
「そ、おまえ大好きだろう。何しろおれの分まで――」
「うるさい黙れ」


放って置くと本当にこっちの癇癪が破裂するまで言っているのでびしりと言う。

「はいはい、じゃあおれはお茶でもいれよっかなあ」

柏餅にはやっぱり日本茶がいいよなあと、暢気な声で言って台所に向かう。

「そんなこと着替えてからにしろ」
「いいよ、早くおまえに食わしてやりたいし」


違うと今更言えなくなってしまっているので、ぼくはややげんなりした気持ちで目の前の和菓子屋
の包みをじっと見詰めた。


「はい、お茶」

きっとぼくにだけ食べさせて自分は違うものを食べるんだろう。

「じゃあ、いただこうかな」

見詰めていても仕方ない。諦めて包みを開け始めた時、進藤がふいにぽつりと言った。

「ありがとうな」

そしてそのままにっこりと笑ってぼくの手から包みをひったくると、自分で器用に開けてしまった。

「味噌餡と小豆あん、どっちがいい?」
「え…あっ、味噌餡」
「うん。じゃあおれは小豆あんね」


驚いているぼくの目の前で進藤は柏餅を取り上げると何の躊躇も無く葉を取って口に運んだ。

「ん、美味い」

さすがおまえがおれからひったくって食べるほどだよなと、いい加減聞き飽きたその言葉にぼく
は「黙れ」と言うことも忘れていた。


「…食わないの?」
「食べるよ」


キミが買って来てくれたものだからとぼくも続いて味噌餡の柏餅を手に取ると食べた。

ああ、そうか、キミの中で傷は少しは癒えたのかと思いながらゆっくりと噛みしめる。

相変わらず甘くて、ぼくの好みの味では無いけれど、ぼくはこの日から柏餅が少しだけ好きにな
ったのだった。




※なんてことはない日常…かな。日常になったことが良かったというか、こうして少しずつ痛みが薄れて行くのだったら良いなと思います。
2012.0505 しょうこ