誕生日の幸せ



寒い季節に生まれて良かったと思うことがある。

一つは、誕生日に貰うプレゼントがどれも柔らかく、温かい素材の物が多いこと。

二つめに、温かい飲み物と食べ物で祝って貰えること。

そして何より人のぬくもりを心地良く嬉しく感じられることがぼくは嬉しくてたまらない。



「なあ、本当にこんなんでいいの?」


キッチンに立つ進藤は不満そうな顔でぼくを見ながら言った。


「こんなん…コーヒーくらい、いつだっていれてやってるじゃん」

「いいんだよ、それで。疲れて帰って来た棋聖様に手ずからいれて貰えるんだから、こんな贅沢な
ことは無いだろう?」



もちろんそれだけでは無い。進藤はぼくよりも少し早く帰って、夕食の仕度もしてくれていた。


「リクエストにお答えして、進藤ヒカル特製カレーと、進藤ヒカル特製サラダ。パンと前菜はデパ地
下で買って来たけど、別にこっちも作ったって良かったんだ」


「いいよ、まだこの先クリスマスもバレンタインもホワイトデーもあるのに、誕生日で全力を尽くされ
たら後が続かないから」


「って、全部おれに作らせるの決定かよ」


口を尖らせて言いながらも進藤は本気で怒ってはいない。

最初は暇な時に真似事のように始めた料理だったけれど、今は結構な腕前になっていて『作って
食べさせること』を楽しむようになっていたからだ。


特にぼくに「美味しい」と言わせることが快感らしく、こうして二人で会う時にはせっせと腕を振るっ
てくれるので、ぼくは楽をさせて貰っている。



「別にぼくが作ってもいいけれど、キミが好きなガツンと腹にたまるような料理は出来ないし、それ
に実際キミの方が上手いしね」



この間作ってくれた鳥ハムも美味しかったよと言ったら、ぱあっと嬉しそうな顔になった。


「だろ? だろ? あれは浸けておく塩水にコツがあってさ」


隠し味にこれを入れるだの、アレをどうするだのと得意げに話し始めるのを可愛いなあと思いな
がらながめる。



「…で、メシの準備は出来てて、冷蔵庫にはケーキがホールで入ってて、あったかいコーヒーもい
れてやって、後は何がお望みですか? お誕生日様」



カフェスタイルのエプロンをするりと外すと、進藤はぼくの前に立って腰に手をあてながら尋ねて
来た。



「何しろ誕生日だからな。メシの前にベッドに転がして、足のつま先から頭のてっぺんまで、よだれ
垂らすくらい気持ちよくしてやってもいいけど」


「いや、いいよ、遠慮する。それより隣に来て座って貰おうかな」


座っていたソファの隣をポンと叩くと進藤はちぇっと、つまらなさそうな顔をして、それでもいそいそ
とやって来た。



「それで?」

「そのままでいい。何もしてくれなくてもそれで充分気持ち良いから」


スプリングが柔らかめのソファは、隣り合って座ると体が沈んでもたれるようになる。

そのぴたりとくっついた体の半分が温かくて心地良いのだ。


「…キミは相変わらず体温が高めだよね」


伝わって来る肌のぬくもりに、うっとりと言ったら進藤が笑った。


「そりゃあね、まだまだひよっこのお子様ですから」

「その割に随分えげつないこともする」

「おまえ、いつも切羽詰まった顔で色っぽく腰をすりつけて来るじゃん。そんなことされたらえげつな
くもなるって」



あけすけな会話をしながら彼の手に手を重ねたら、返されてぎゅっと指で握られた。


「今日は四回かなぁ」

「冗談、明日も手合いがあるのに」

「イケるだろ? だったら三回」

「二回…いや、一回で充分だ」

「嘘つき」


くすくすと笑いを噛み殺しながら進藤がぼくの耳を甘く噛む。


「そんなんで満足出来ないだろ。じゃあ1.5回」

「なんだその半端な数は」

「おまえ二回イカせて、おれは一回でいいってこと」


精々ご奉仕させてもらいマスとふざけた口調で言いながら、空いた方の手をもう腰に回し始めたので、
ぴしりと軽く叩かせて貰った。



「痛ぇ」

「有り難い申し出だけど、まだ後でいいよ」

「食った後?」

「それもそうだけど、それよりももうしばらくこのままで居たい」

「何にもしないで?」

「うん。何にもしないでこのままキミとこうしていたいんだ」


ぼくが言ったら進藤は心持ち目を見開いて、でもすぐにくしゃっとぼくの大好きな笑顔で笑った。


「いいぜ? おまえの気が済むまで、いつまででも」

「ありがとう」


ソファの前にあるテレビは点けていない。音楽も何もかけていない。しんと静かな部屋の中で、ただ進
藤と寄り添い、手を繋ぎながら時間を過ごす。それだけのことがなんて幸せなんだろう。



「…感謝しなくちゃ」


体中に満ちた気持ちに思わず言葉が口からこぼれた。


「ん?」

「冬生まれで良かった。春でも夏でも秋でも無く、寒い冬に生んで貰って本当に良かったって、今そう
思っていたんだ」



「なんだよ、それ。感謝するならおれにもしろよ」


拗ねたように進藤が言うのに笑って返す。


「そうだね、もちろんキミにも感謝してる。キミが居なかったらこんなに幸せを感じることも無かったから」


温かい部屋、目の前に置かれた温かいコーヒー、そして何よりもキミの体のぬくもりがぼくをこの世で一
番幸せな人間にしてくれる。



12月14日。

壁にかかったカレンダーの日付を眺めながら、ぼくは冬生まれの幸せをしみじみと噛みしめたのだった。




※26歳のお誕生日おめでとー!でも実際アキラはヒカルと出会う前まではあんまり誕生日とか生まれ月のこととか考えたことが
無かったのではないかと思います。祝って貰うことは嬉しいけれど、どこかちょっと他人事みたいな所があったんじゃないかなって。


好きな人が出来てその人に祝って貰って、初めて嬉しいなあと感じるようになったのだと思う。よかったね。
2012.12.14 しょうこ


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