進藤ヒカル誕生祭参加作品





countdown




塔矢の家に泊りに行った時、夜中にふと気配で目覚めて薄く目を開けたら、すぐ側にあいつの顔
があった。

じっとおれをのぞき込むようにして見詰め、額にこぼれた前髪を指で掬う。

そしてぽつりと「ひゃくろくじゅうきゅう」と呟いた。

169、なんだそれはと思ったけれど翌朝目が覚めてもなんだか聞き難く、おれは結局そのままに
してしまったのだった。


次に気がついたのは二ヶ月ほど後のことで、やはり前と同じように唐突に目覚めたら、すぐ側に
塔矢が居て、おれを見詰めながらぽつりと呟いたのだ。

「ひゃくきゅう」

思わず飛び起きて今のはなんだと尋ねたくなったけれど、その後塔矢の手がいい子いい子とお
れの頭を撫で始めたので勿体無くて動くことなど出来なかった。

それどころか起きていたと知られるのもきまりが悪いような気がして、おれはもやもやとしつつも
その時も黙って流してしまった。



おれと塔矢は一応恋人同士であったけれどマメに会っているわけじゃない。会えない時は平気で
何週間も間が空くし、会っても泊らずにそのまま別れることの方が多い。

だから間は飛び飛びになったけれど、それからも気がつけば塔矢は夜中におれの隣でそっと数
を数えている。

「ななじゅうなな」

「ごじゅうに」

「さんじゅういち」

そこだけを取り上げるとまるで怪談話のようだが、呟く時の塔矢の声はいつもとても優しくて、とろ
けそうに甘いものを含んでいたので、おれはたまらなく幸せな気分になった。


なあ、なんで数を数えてんの?

そう喉元まで出かかったことも何度かあるけれど、結局は聞かずに終わってしまった。

尋ねることで、塔矢がぴたりとその行為を止めてしまうような、そんな予感があったからだ。

それが一体なんなのか朧気ながらに解って来たのは夏も終わりに近づいた頃で、この頃は比較
的マメに会うことが出来ていた。


「にじゅうさん」

ぽつりと言われた数を胸の中で繰り返し、それからなんとなくああもう8月も終わりだなと思った時
に閃いた。

(もしかして)

ひいふうみと声を出さずに数えると、間違い無く塔矢のそれは9月のある1日に向けて数えられて
いた。

9月20日、おれの誕生日に――。



そして9月に入ってからは数の他にひとことも追加されるようになった。

「じゅうはち。…大好きだよ、進藤」

面と向かっては絶対言わない嬉しい言葉に、足の先から頭の先まで痺れが走ったような気持ちに
なった。

「じゅうに、キミが居るだけでぼくは幸せだ」

会うたびに囁かれる優しい愛の言葉。

おれはもう嬉しくて、その言葉が聞きたいがためにどんなに都合がつかなくても強引に塔矢と会っ
て夜を過ごすようになっていた。


「きゅう、キミの体もキミの声もキミの心もみんなぼくは大好きだ」

「ろく、キミに出会えて良かった」

こんなに幸せで、幸せ過ぎて、おれ誕生日に死ぬんじゃないかと不安になるくらい、塔矢は言葉
の出し惜しみをしなかった。


「よん、キミがいなくなったらぼくは生きていけないかもしれない」

「に、愛してる」

そしていよいよ誕生日当日、おれの前にきちんと座った塔矢はおれの耳に顔を近づけると今まで
で一番甘い声で「生まれて来てくれてありがとう」と言ったのだった。


「これがキミへの気持ちの全てだ。…喜んで貰えるかどうかは解らないけれど」

「嬉しいよ! 嬉しいに決まってるって」

思わず寝たふりをやめて目の前に居る塔矢の手をはっしと掴む。

「おれも好きだよ、愛してるよ」

そして次に少々気まずく付け足した。

「あー…、その…寝たふりして聞いててごめん」

「知ってたよ」

怒るかと思いきや塔矢は可笑しそうに笑っておれに言った。

「キミ、狸寝入りが下手くそだからね。途中から起きてるって気がついていた」

そうで無くてもこんなに会う日を増やしたら、どんなに鈍くても解るものだよと言われて頬が刷いた
ように赤く染まる。

「…それでも言うの、止めなかったんだ?」

「だってそれがキミが望んでいる贈り物なんだって解ったから。…もう一度言うよ? お誕生日お
めでとう、キミがこの世に居てくれて、生まれて来てくれてぼくは世界で一番幸せだ」

美人の真顔は破壊力が半端無い。

おれはみるみる耳まで真っ赤になって、それでも辛うじてお礼の言葉を言うことだけは忘れ無か
った。

「塔矢の卑怯者! こんな恥ずかしいことしやがって。おまえの誕生日にはこの百倍は恥ずかし
いことしてやるからな!」

ほとんど負け惜しみのようなその言葉に塔矢は一瞬目をぱちくりさせて、それからいきなり弾ける
ように笑った。

「いいよ、期待してる」

「おう―」

任せとけとおれは言って、それから改めて一年前から続けられていたらしい塔矢の愛のささやき
を最初から最後まで全て漏れなくその口から直接聞かせて貰ったのだった。




「進藤ヒカル誕生祭8」開催おめでとうございます♪

今年も素敵な企画をありがとうございます。
ヒカルも、もう26歳なんですね。さぞや大人っぽく…なったかな?
でもきっと、北斗杯では着られている感が強かったスーツもしっくり似合う男前に育ったことでしょう。
アキラと二人、日々タイトルを取ったり取られたりしているでしょうか?
お誕生日おめでとう。生まれて来てくれてありがとうと今年もあなたに言いたいです。


サイト内には他にも色々ありますので、(ヒカアキ)よろしければそちらも見てみてやってください。
2012.9.20 しょうこ


素材はこちらからお借りしました。